駅前ダンジョン『群れの王』
宇礼儀いこあ
第1話 忘れ物の傘
週末、定時あがりでの帰宅。手に傘を持って歩く。そんなの俺だけだよなぁ~と再確認。少し恥ずかしい。
なんのことはない。前日、朝から雨が降ってて傘をさして出社した。しかし帰りには晴れていたため、傘を忘れて帰ってしまった。今日は忘れずに持ち帰ってきた。よく晴れてたから、誰も傘なんて持っちゃいない。俺だけだ。
電車を乗り換えて、自宅最寄り駅までひと区間の移動。少しばかりの暇つぶしに車内の広告に目を向けた。
『ダンジョン探索者募集』
(ふぅーん。新しいラノベの宣伝かな?)
ちょっとダサい感じ。公務員系の求人広告っぽさが出てる。良く出来ている。
公官庁の広告はわざとダサめに作るものらしい。格好良くデザインできないとかじゃなく、公官庁のだって信じて貰えないとかが理由だそうな。
この程良いダサさは、当然、狙ったものだろう。だから良く出来ていると思ったわけだ。剣士や魔法使い、モンスターのイラスト。ファンタジー作品だな。服装からして現代ファンタジーものだろうか?
しげしげと眺める間もなく、最寄り駅に到着。ホームの階段を上って改札階へ。そこから再び階段を下りていく。
「ここにも……?」
ダンジョン探索者募集。下り階段の途中、視線の正面にくる大きめの広告。さすがに違和感がある。とりあえず、ラノベの宣伝をやる位置じゃない。駅の規模的にも、ちょっと考えにくい。なんだろ? どういう……? 広告費の無駄遣いだろうか。
階段途中で立ち止まると後ろの人の迷惑だ。そのまま流れで階段を下る。出版社がどこかわからなかった。ダンジョン庁とやらの設定らしい。近頃はめっきりテレビを見なくなってたから、その間に新設されたとか? ……まさか。家に戻ったらネットで調べてみようとそこそこ強めに思った。買い物に行ったら忘れちゃいそうだけど。
(……は?)
階段が終わって、駅前ロータリーへ。数メートルで足を止めた。緑色の子供が、半裸? しかも手に刃物らしきを握っている。なにそれ? 見た目はまんまゴブリンだ。それがまた困惑の度合いを増幅させる。
(いや、意味がわからん。意味がわからん。意味がわか……)
こっちに向かってくるコース。しかし、足を止めた俺の横から、おばちゃ……、女性が歩いてきて『間に入って』しまう。まだ気が付いていない。これ、マズいのでは?と思ったけど、アクションもリアクションも起こせなかった。
女性と駆け寄るゴブリンらしきが重なる。位置的に見えない。刃物を振り下ろしたのか? 本当に? くぐもった呻き声。腰砕けに座り込む女性。突然の凶行だが、周囲が気付いている様子はない。何故って、派手さはどこにもなかったからだ。日常に魔物が存在する景色……。
(コレは、なんだ? ゴブリン!? これ、どうすんの……?)
意味が、わからない。ダンジョン探索者募集? ゴブリン? ここって異世界だったの……? いつ移動した? そもそもコレが子供のやってるコスプレの可能性は? いや、ちゃんとゴブリンだったとして、そもそもゴブリンって殺してもいいものなのだろうか?
再び刃物を振り上げるゴブリンらしき。大口を開けて笑っている。しゃがみ込んだ女性に追撃するつもりだ。このままだと殺されてしまう。痛みからか、悲鳴すら出せずにいるおばちゃん。もう、時間が、ない。
考えるのを止め、体が動くのに任せる。……ままよ!
「オオッ!」
体よ、動け!とばかりに吠えていた。持っていた傘を、ヤツの口に向けて思い切り突き込む。
生命体はそんな簡単に死んだりしない。ノドの奥を突き破る気持ちで、強引に、力任せに、もっと!と体重を掛けた。
手応えのようなものがあり、ゴブリンの動きが止まる。まだ安心はできない。体ごと押し込む。仰向けに倒れるゴブリンらしきの、ノドを突き破るべく、傘に体重をかけた。
「死んだ? 死んだのか? ……うわっ!?」
慌てるあまりフラグっぽいセリフを言ってしまっていた。
ゴブリンから黒い煙のようなもの、もっと粒状だか雲状だかの『黒』が吹き上がる。こっちに向かってきた。とっさに腕で振り払おうとするも、腕に巻き付きように纏わりついてくる。死の呪いなのか……?
『…………』
頭の中でノイズ。あまりの激痛に、頭を抱え、ひざから崩れ落ちていた。目の中でバチバチと電気が走った気がした。
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