第2話 俺たち夏休みなのに金欠!?

 夏休み真っ盛り。


 むせ返るような湿気と、朝からじりじり照りつける日差しは容赦ない。

 何もしなくても汗がにじんでくるし、扇風機の風はぬるいだけ。


 俺はうんざりと長いため息を吐いた。


 エアコンを使えれば天国だが、電気代が頭をチラついて、一日中回す余裕なんてない。

 夜寝る時用のために節約しないとな。


 というわけで、昼間は汗だくコース確定。

 ……我が家の家計の状況がまるわかりだ。


 リビングのテーブルの上には、レシートと家計簿が散乱している。


 何度計算しなおしても、赤い数字がこちらを見つめてくる。

 電卓を叩いてはため息をつき、頭を抱えている自分が情けなくなってくる。


「……お兄ちゃん、どうするの?」


 隣に座る妹の聖が、不安そうに声をかけてきた。

 

 長い黒髪を白いシュシュで高めの位置でまとめている。

 透け感のある半袖ブラウスからのぞく華奢な腕は、夏の日差しにも負けない涼しげだというのに、その表情は深刻そのものだ。


「今考えてる……」


 両親が海外のダンジョンへ渡って三ヶ月以上――高校入学まで仕送りがあったものの、ある日を境にプツリと止まった。


 連絡すら途絶えたままなので、気がかりなことが山盛りだが、とりあえずは家計をどうにか立て直さないといけないのは変わらない。


 俺ら兄妹はまだ高校一年生で、まとまった金なんて持っていない。

 初めての夏休みなのに遊びに行く余裕もなく、貯金を切り崩して何とか生活してきたが、その底もつきそう。


「あぁ、もうどうすっかなぁ……仕送りが止まってるから、お金がないんし。いよいよバイトをするしかないのか……?」


 電卓を手にしたまま、俺はお手上げ状態でぼやく。


 アルバイトをしたところで、時給とシフトに限度があるし、長時間入りすぎると学校の勉強に影響が出る。


 夏休みが終われば日中は行けなくなるし。

 妹には、せっかくの夏休み、もっと友達と遊びに行ってもらいたいし……。

 俺にはそんな友達はいないが……。


 そんなグルグルした考えに、自然と声が沈んでしまう。


 目の前に座っている聖は手帳を開いて何かを調べている。


 彼女なりにバイトの求人や生活費のやりくりを考えてくれているようだ。

 しっかり者の妹に負担をかけているのは申し訳ない。


 兄である俺がこんな暗い顔をしていては余計ダメだ。

 なんとかこの苦境から抜け出す方法を考えないと。


「バイトだけじゃ足りないなら、やっぱり探索者になるしかないよ」


 聖の強気な宣言に、思わず二度見してしまう。


 探索者――ダンジョンに潜り、モンスターを倒して報酬を得る職業。


 現代では立派なビジネスとして確立されているが、常に危険と隣り合わせ。

 魔石を売ればその日中に小遣い稼ぎができるのも魅力だが、命の保証はない。


「でも……危険だろ。怪我だけならともかく、最悪の場合だってあるんだぞ?」


 本音を言えば、聖をそんな危険な場所に連れて行きたくない。


 まだ高校生になったばかりで、普通は部活やら友達付き合いを楽しむ時期だし、両親がいれば当然止めるだろう。いや、同じ職業だからこそ賛成するのか?


 だが、我が家の財布事情が聖の宣言にノーとは言わせてくれない。


「大丈夫だってば。私、怪我しても治療とか頑張るし……それに、お父さんとお母さんから教わった護身術あるでしょ? お兄ちゃんだって、人並み以上に動けるんだから」


 楽天的というよりは、もう“背水の陣”といった感じで、聖はまっすぐこちらを見る。


 昔から、両親が留守がちなときは「俺が妹を守らなきゃ」と変に責任感を背負ってきたから、聖にこうして頼られると弱い。

 だけど、危険は危険なんだよなぁ……。


「……わかった。とりあえず、調べてみようか。まずは、ライセンスが必要なんだよな? 申請費用は……いくらくらいなんだ?」


 自分の財布に入れてあった1万札に指先が触れた途端、心臓がぎゅっと痛む。


 そんな大金をライセンス取得に費やしてしまって、本当に大丈夫か? そのお金は生活費に回さなくても大丈夫か?しかし、探索者になるためには避けて通れない。

 堂々巡りに陥りそうだ。


「登録料は1万円、撮影料と書類料で合計1万五千円くらいかな。探索に必要なものは最初のうちはレンタルもできるみたい。私、お小遣い貯めてるから出せるよ。お兄ちゃんは?」


 事前に調べてくれていたのか、聖がさっとノートを開いて金額を教えてくれる。


「……聖、お前探索者になりたかったのか……」


 準備万端でニッコニコの聖を前に俺は頭を抱えてしまう。

 だが、稼げるかもしれないという夢のある職業に惹かれてしまうのも事実。

 危険な仕事ではあるが……。 


 でも、背に腹は変えられない。

 ここでグダグダしてても変わらないのは確かか。


 机の上の家計簿を見れば、生活費の残りはいよいよ限界。

 両親はいつ帰ってくるか分からないし、帰ってきたところで仕送りが再開される確証もない。

 もう俺たちだけでなんとかするしかない。


「ハァ……ありがとう、聖。じゃあ、頑張ろうか。俺もそろそろ腹をくくるわ」


 俺が思い切って口にすると、聖はほっとしたように微笑んだ。


 彼女だって不安はあるだろうが、今は“行くしかない”って気合がひしひし伝わってくる。


 夏休みの残りをバイトでカバーできる程度では焼け石に水だってわかっている以上、今後の生活費を稼ぐためにダンジョンへ潜るしかない。

 危険な道だと分かっているけれど、お金が底をつきそうな現実には勝てないのだ……!


 そうと決まれば行動は早い。


 身支度を済ませ、俺たちはすぐに家を出た。


 うだるような暑さの中、蝉の声が甲高く響く。

 玄関の扉を閉め、道路に出るとコンクリートからモワっとした熱気がどっと顔に押し寄せてくる。


 それでも、聖はどこか決意を宿した瞳で先を歩き出す。

 兄としては、できる限りサポートしてやりたい。


 その思いだけは、昔から変わらない。


「みなとみらいの探索者協会、今日も受付してるんだよな?」


「大丈夫、大丈夫。こないだ調べたんだけど、基本的に朝から夜までやってるって」


 聖がさっと携帯で地図を確認。

 俺は汗を拭いつつ、ちょっと少し緊張気味に足を進める。


 両親の足跡をなぞるように、俺たちは探索者への道を選ぼうとしている。

 それが正解なのかは、わからないけど、このまま立ち止まっていれば家計だけじゃなく精神も限界を迎えるだけ。


 二人で思い切って飛び込むしかないだろう。


 今の俺たちには前へ進むしかない。


 生活費を稼ぐためのダンジョン攻略――現実は甘くないだろうが、何もしないよりはマシだ。 

 

 こうして、不安と覚悟が入り混じった思いを胸に、俺たちは探索者協会を目指すのだった。 

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