神隠異聞

小野塚 

第1話 太白星の憂鬱

都会の雑踏は、まるで端から休む事を

知らない様に規則正しく流れていた。

日本最大の駅舎である東京駅。丸の内

界隈の風景は、全くと言っていい程に

変わらない。


何の抵抗もなく、俺はいつの間にか

その一部となっていた。



あの感動的な北の大地【猫魔岬】での

幕引きから一転、再び 丸の内界隈 が

俺のテリトリーとなったものの、それも

次の 勤務店 が決まる迄の、単なる

に過ぎないのだ。

「……。」ぼんやりと眺める窓の外には

高層ビル群が、所狭しと高さを競って

何処までも続いている。



俺同様に支店を閉めた  は

一旦、本丸ほんてんに集められていた。


とはいえ、特にやる事もないのだ。



中長期をかけた『店舗削減計画』は

今も全国で着々と進められている。

統合に次ぐ統合で膨れ上がった銀行

全体のスリムアップを主眼に据えた

この計画は、同時に長きに渡った

国の マイナス金利政策 に対抗する

の一つでもあった。

つまりは、余分な店や経費を減らす

銀行の 体力 の温存。預かり程の

融資需要がなかったのも重い足枷と

なっていたのだ。


ところが、だ。


この マイナス金利の脱却 は

銀行、特にメガバンクの財布の

運営方針のを緩めた。勿論、金利が

上がるのは銀行にも客にも

良い様には見える。銀行は客が預けた

金の利鞘で稼げるから、知恵や労力を

掛けずに収益は上がって行く。

一方、客にとっても預けた分の利息は

上がるから  にでもしておけば

それで当面は安心だ。


…とか思ってたら、大間違いだぞ?


日本の政府が目論むインフレ目標と

世界基準。日米間の為替相場は

既に1ドル160円の大台を目前にして

いる。日本企業の株価は相変わらず

高水準を維持しているが、その一方で

実質賃金は毎年連続の低下を辿る。


つまり、目には見えない所で誰もが

皆  を刻々と計上して

いるって訳だ。


上辺だけの数字の、何と虚しい事か。

全く実態が伴っていない  を

以ってとかいう事自体が

ナンセンスなのだ。あっという間に

新興国にもGDPを追い抜かれた

この 先進国くに は、一体何処へと

向かうやら。



わたの原 八十島やそしまかけて こぎ出ぬと

人には告げよ 海人あまのつり舟



「…?!」いきなり俺の横で男が

和歌らしきものをサラリと詠じた。

ぼんやり窓の外を見ていたから全然

気付いてなかったが、いつの間にか

俺の隣には如何にも紳士然とした

男が立っていた。


「北海道勤務は、お疲れ様でしたね。

流石は スーパースター だ。あの

北の地を攻略したとなれば、もう何も

怖いモノはない。」「…はぁ。」

自分でもバカみたいな受け応えだとは

思ったが。このヒトもには

違いない。只、俺よりはずっと年上に

見える。いや、それ以上に。


「何で、私の事を?」「いや、失礼。

いきなりでしたね。でも君の事を

知らない者は、にはいない。」

「…いえ…まあ。」年末の頭取主催の

忘年会 という名の鹿か。

俺は同期の田坂の顔を思い浮かべて

溜息をつく。


「私は『狼妖峠のらゃしとうげ出張所』を閉めて来た

笠原陽彦かさはら はるひこと申します。宜しく。」


「え…今、何て…?」いきなりスゲェ

きた!しかも固有名詞だ。


「笠原陽彦。」「いや、そうじゃなくて

それって一体、何処の店なんですか?」

「ああ…『狼妖峠のらゃしとうげ出張所』の事?」

マジかよ…。ウチの銀行どんだけ妙な

店抱えてんだよ…ガチで怖えぇ!


「兵庫県ですよ。六甲山の須磨寄りに

ある。須磨支店の出張所という括りに

なるんだが、何せ人があまり住んで

ないから。大体、立地も峠だしね。」

「それは…大変でしたね。」「ええ。」

笠原陽彦と名乗った男はそう言うと

俺に悪戯っぽく微笑んだ。



彼は『狼妖峠のらゃしとうげ出張所』の所長を最後に

メガバンクを去るのだという。

銀行の 実質定年 は早い。その後は

悲喜交々だが、多くは 関連企業 に

再雇用されるのだ。それは、拠点長

経験者にも例外なく降り掛かる。

因みに彼はもう既に人材派遣会社に

再雇用が決まっていた。


大体に於いて。人生って何というか

…間が悪いよな。折角、面白そうな

人と知り合えたのに。



「そんな面白そうな出張所、絶対に

一筋縄じゃ行かなかったでしょう?」

「まあね。でも藤崎君はこれから更に

面白い経験が出来る筈だ。何せあの

『猫魔岬支店』を無事に閉めて来た

上に、地域にもを渡して

来る事が出来たんだから。」

「それは…まあ。」


確かに、前任地の【猫魔岬】では

支店が無くなった代わりに、日本

最大手不動産会社の元会長が新規で

立ち上げた 理想のまち創り の

拠点として活気付いている。


「…きっと次は中央になる。そして

一筋縄では行かない様な重要な店を

任されるんだろうね。しかも何かしら

の。」


「そりゃ、願ったり叶ったりです!」






俺はこの時、まさかこの自分の

お気楽発言を後悔するとは、夢にも

思っていなかった。








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