真夜中ラジオ

かにりよ

第1話 不定期な電波

 十二月。受験生にはクリスマスもない。温かい飲み物を横に置いて、勉強しようと私は机の前に座る。勉強を始める前にラジオのスイッチをいれることにした。


 レトロなデザインに心惹かれて、別に必要でもないのにラジオを買った。自分の部屋に置いて、乾電池を淹れて、つまみを回して電波を探す。AMはうっすら雑音が入るし、CMが入るし、何だか面倒な話をするから、FM一択だった。おしゃれな音楽と軽い話で丁度いいと思って、私はつまみを回した。自分の地域のFMは三局しかないし九十ヘルツ付近だけど、なぜか、七十ヘルツあたりから回してみた。ただの気まぐれだ。


 八十ヘルツのあたりで、音が聞こえ始める。


「え?」と驚いて耳を澄ませながらチューニングをした。


 ぼそぼそと喋る男の人の声が聞こえる。


『ではここで一曲』と言って突然、音楽が流れた。


 その音楽は最近の曲じゃないし、聞いたことがない音楽だった。女性歌手が綺麗な日本語で、クリスマスの日の失恋を歌っている。恋人の心変わりを気づいた彼女は責めることなく、さよならを告げる。初雪が二人が乗った車に落ちて行く様がとても情緒的で、その場面がありありと浮かんできた。


「はぁ」と私はため息を吐く。


 いつか私もそんな恋をするんだろう、と期待で胸を膨らませた。それが例え、辛い恋であったとしても、私にとっては希望だった。


『曲はEPOで十二月のエイプリルフールです。今晩は。大崎です。えー、いつまでやるのか…分からないですが。来週するのか分からないですが…。ミニFMなんでどれだけのリスナーがいるのか、ほぼいないのか…分からないですけど。次の曲行きます』とやる気のないぼそぼそした声で話す。


 はやりの曲ではない。でもずっと聞いていたいと思うような選曲をするので、私はその時間、耳を傾けた。私の知らない素敵な曲をひたすら流し続けて、番組は一時間で終わった。その後は何も聞こえない。


 来週も同じ時間でするかもしれないし、しないかもしれないと言っていたから、分からないけれど、私は来週もラジオを聞こうと決めて、受験勉強を始めた。春には希望する学校の高校生になりたい。


 既存のFM局に合わせると、今流行っている曲が流れる。日本語なのに聞き取れないこともある。さっき聞いていた曲と全然違っていて、私は少し不思議な時間旅行をした気分になった。



 翌朝は日曜日だったので、遅くまで勉強していたから、朝遅めに起きた。私はリビングに行くと、お母さんにダイニングにおにぎりと卵焼きを置いていると言われた。味

噌汁は鍋にあるらしい。軽く温めると器に入れて、遅い朝ごはんを食べる。


ふみ、あんまり遅くまで勉強しないのよ?」とお母さんに言われた。


「うん。…でも夜の方が集中できて…。不思議だけど」


「静かだしね」


「あ、昨日ね」と言いかけて、遊んでいたと誤解されるからミニFM局のことは言わないことにした。


「昨日、どうしたの?」


「あ、ううん。えっと、EPOっていう女性歌手知ってる?」と私は聞いた。


「知ってるわよ。シンガーソングライターでCMソングとかたくさん作ってて」とお母さんは言う。


「そう…なんだ」


「何? 聞きたいの?」


「昨日、買ったラジオつけたら流れてていい曲だなぁって」と私は言うとお母さんはにっこり笑った。


「私も好きだったのよ。懐かしい」


 私はお母さんが音楽を聴くなんて思ってもなかった。お母さんは韓国ドラマを見て、涙を流す人間だと思ってた。


「音楽とか聴くんだ…」


「聞くわよー。昔はカセットテープに音楽、入れたり、ポータブルCDとかMDとか」


「何、それ」と私は聞く。


「スマホのない時代の産物よ」とお母さんは言った。


「ふうん」


 私はスマホがない時代が想像つかない。どうして過ごしていたんだろう。


「不便に思うかもしれないけど、それなりに良い時代だったの」


 おにぎりを口に入れながら、私はその時代がどんな時代だったのか興味が出てきた。あんな素敵な詩を歌う時代。


「ねえ、お母さんはお父さんと結婚する前に誰かと付き合ってた?」と訊くと、驚いたような顔をする。


『内緒』と言われると思っていたけれど、意外と素直に頷かれた。


「聞いていい?」


 少し悩んだように首を傾げて


「少し脚色するわよ」と言った。


「どうして?」


「思い出はどうしても美しくなるから。でも美しくないものだってあるの。そこに粉砂糖をふりかけるわね」


 どういうことか分からずに、でも私は少しどきどきしながら、お母さんの、そしてあの時代の恋人たちの話を聞いてみることにした。

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