生ける屍
苫澤正樹
一
その時、
「あの子よ、あの子」
「よし、分かった。ちょっと待ってろ」
こんな山奥をまだあどけなさの残る十五の娘が一人歩きする無謀をしているのだ、元より賊や妖が現れてなぶられ死ぬ目に遭うのも覚悟の上のことである。
だがなぜ赤い大袋をかついだ筋骨隆々の鬼が、見舞先の娘と一緒に現れたというのだ。あの娘――山田の刀自売は余りに病重く、数日のうちに死ぬや死なずやのありさまだと聞いていたのに。
「嬢ちゃん、お前さんが
問われて反射的にこくりとうなずくと、鬼は袋から一尺もありそうな長いのみを取り出した。
「わけあってこれからお前さんの命をもらう。別に怨みがあるじゃないが、どうか勘弁してくれ。……なあに、こののみで一発だ。打ってもほとんど痛みはないから安心しろ」
「御託並べてないで早くやって、逃げちゃうでしょ!そもそも頼んだのは誰よ!」
「わ、分かってるっての」
自分をなだめるように言う鬼に、山田の刀自売がいらつきながら言った。
(あの子はいつもああだったわね、わがままで癇癪持ちで……)
物騒なことを言われているのに、ぼんやりとそんなことを思ってしまう。鬼の手許ののみが異様にぎらぎらと光るのにさえ現実味を感じなかった。
「ともかく鵜足の刀自売、私の代わりに死になさい。あんたみたいな暗くて頭の悪いのと無理矢理仲よしこよしにさせられて、目ざわりだったらありゃしない」
山田の刀自売が高飛車に吐き棄てるが、刀自売はどこかあきらめたような顔で何も言わぬ。
「その澄ました顔が気に入らないって何度言えば!せめて泣いて命乞いでも……」
「ああもう、御託を並べてるのはどっちだ!余り長引かせると閻魔様がいぶかしむ、やるぞ!」
地団駄を踏みかけるのをあわててさえぎると、鬼は刀自売の額の真ん中にのみの刃を向ける。
そしてそのまま一気に柄の尻をたたき、頭の奥まで届けとばかりに一気に額を割り裂いたものだ。
「………!」
痛みも血の流れる気配もなく、ただ烈しい衝撃に脳を揺さぶられて刀自売は倒れる。
「やった、これで生き返れる!邪魔なやつもいなくなってせいせい!」
眼の前が暗くなる中、山田の刀自売がうれしそうに叫ぶ声だけが遠く聞こえた。
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