第2話

「ジェイデン殿下は何も分かっていないのです!レーナ様がどれだけこの国にとって……っ!おい、レーナ様を引き留めろっ」


「俺はエイブリーと結婚するっ!」


「いけません!」



そんな言葉を聞き流しながらレーナが背を向けて扉まで歩いていくと、周囲にいた騎士達が宰相の命令でレーナの足を止めようと立ちはだかるが、レーナは手を前に出して、自分を覆う膜を作って、そのまま歩いていく。

それだけで騎士達は弾き飛ばされていくので、聖女の力はなかなかに便利である。


そして先程からジェイデンが結婚したいと愛を叫んでいるエイブリーというのはこの国の伯爵令嬢で『聖女』として共に働いている少女である。

いつもニコニコと可愛らしい小動物のような可愛らしい見た目と思わず目がいってしまう豊満な胸。

喋り方もまったりとして癒し系な彼女をジェイデンはとても気に入っているようで、よく引き合いに出されていた。


ともあれ今はレーナと呼ばれているが元の名前は岡 玲奈(おか れいな)二十五歳である。

取引先に向かう途中で突如現れた不思議な魔法陣に一瞬にして吸い込まれるようにして呼び出……拉致られた。

社会の荒波にもまれて、やさぐれた普通の会社員である。

理不尽な残業は当たり前、それに加えて鬼上司に仕事を押し付けられる環境最悪なブラック企業で働いていたのだが……。



「ようこそ、キディルート王国へ。歓迎します!聖女様」



見たことのない異国の服を着ている複数人の男達に囲まれながら呆然としていた。

そして自分が国を救う聖女として召喚されたことを告げられてレーナに差し出される手。

「あら、いい男」と思ったのは一瞬だけだ。


ジェイデンはレーナを見て顔を歪めた後に「こんな子供が聖女な訳がない」と、暴言が飛んできたのであった。

確かに今ならばその言葉の理由がわかる。

この国の聖女は皆、貴族の令嬢から選ばれていることも多く若くて美しい。

それが基準で選ばれているのかと思うくらいだが、実際は『聖女』という称号が欲しい令嬢ばかりで、平民出身や貴族の中でも身分が低い聖女達が働いていて手柄を横取りしているのである。


(この国の聖女システムは……腐ってやがる)


レーナは直感的にそう思った。

しかしこの時はそんなに嫌なら別のやつを召喚すればいいじゃんと心の中で毒吐きながら考えていた。


脱げたヒールを拾い上げたレーナはキョロキョロと辺りを見回す。

どうやらカバンは魔法陣には吸い込まれなかったようだ。


(遅延と言い訳するしか。いや、病人を助けたと言った方が……)


頭の中はどう言い訳するかでいっぱいだった。

どうでもいいから遅刻だけは避けたいと、レーナは声を上げる。

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