第21話・謁見

 東の国そう呼んだのは、西の国だ。われわれは自国を東の国とは呼ばない、オーギュスター公国と呼ぶ。西の国も同じだろう、出自はラグ王国と呼ぶ。


 厄介なのは南の国、アシュフォード王国だ。オーギュスター・スンは代々続いてきたアシュフォード家との因縁を自身の代で終わらせるべく、姫の婿として勇者バルス・テイトを迎えた。バルスについては、様々なうわさを越えた誹謗であり中傷を耳にした。だが、バルスは気持ちのいい人間だ。いや、エルフであるが。出自をエルフと申し出たのは意外だった。


 魔王ゾルグ討伐後、褒美を取らせると直々にバルスに言ったのを思い出した。バルスは

「なにもいりません。世界の平和が私の望むものですから」と言ってのけた。ますますオーギュスター王はバルスに心惹かれるのを感じた。姫を与えよう、翌日そのように家臣を通じて言い伝えたが、それも断ってきた。「姫君はモノではありません」と。


 欲のない男だ、聞いていた話とは違う。強欲で傲慢、無慈悲で殺戮者。命乞いする魔物を容赦する必要はないが、バルスの悪名は村人に対しても轟き、人間に対しても極悪非道と言われていた。噂レベルでは人外、魔人が転生したやら、悪魔の化身、魔王ゾルグと対立していた腹心、などありもしない酷い噂を耳にした。自分だけではない、大臣たち、宮廷魔術師たちもそのあたりの城に出入りする商人の耳にも届いていた。だがハッキリ言える、バルスは悪人ではないと。


 これがオーギュスター王が心からバルスを婿に迎え入れた動機だ。自ら、バルスに何度も願い出た。世界の平和維持のためには、権力は必要だ。こんどは、分裂したアーガマ地方、東西南北の国の調和と安定のために、という理由で何度も説得した。最初は渋々であったが、バルスは姫との交際を受け入れ、次第に互いが惹かれ合い恋に落ち、普通の恋人のように自然に結婚に至った。


 バルス・テイトは次期オーギュスター王となる人物であり、本来は姫が女王となるところを、姫も快くその役割をバルスに譲った。


 バルスが亡くなったのは一ヶ月前。突然死とされたが、侍医が言うには「他殺の可能性がある」と。元勇者だ、自分と違って武功に優れた男。確かに剣聖リヒトほどでないにしても、剣術いや槍術は肩を並べるものはおらず。天下無双の男だ。簡単に背後を取られることもない。しかも、勇者だけあって回復魔法にはある程度のたしなみがある。女神の祝福を受けているその身はそもそも毒性にも強く、万一毒を盛られても、自信の回復魔法で解毒は容易だ。


 バルスの死は当初国民には伏せられたが、人の口に戸は立てられぬもの。あっという間に西の国ラグ王国にまで広がり、ラクダ商人たちを通じて、懸念の南の国アシュフォード王国にも届いたのだろう。


 勇者の死後、次の勇者が現れるまでその骸は保存しなければならない。人間であれ、長寿エルフであれ、それが間のハーフエルフであれ、なんであれ、生きていた肉体は死ぬと機能を失い、腐り始める。それを防ぐために、姫の涙を一定量集め、希釈し、防腐の魔法の触媒とする。愛し合ったもの同士、どちらかの涙はその肉体を維持するための魔法触媒となりえるのだ。


 バルスの肉体が徐々に腐り始めることもなく、姫はバルスを確かに愛していたことが証明できた。この魔法触媒はある意味、他殺を疑われた恋人や夫婦たちがその潔白を証明するためにも効果的なのだ。


 オーギュスター王はバルスの骸を日に二回、朝起床後と夜就寝前に必ず確認する。その肉体は朽ちることはないと言っても、悪用される可能性はゼロではない。


 女神の祝福は、魂に宿るものではない。その肉体に宿るものなのだ。最近の宮廷魔術師の研究成果によると、脳のある領域に女神の祝福を焼き付ける領域があることがわかった。そこは回復魔法の源となる理力を生み出す場所でもあるらしい。また、魔法使いとしての魔力の強さ・大きさは理力の領域の隣、魔部と呼ばれる箇所のサイズで決まる。バルスはさほど大きい魔部ではないようだったが、密度が高いという報告があった。


 魔王ゾルグを直接倒したのは、剣聖リヒト。満身創痍のガル・ハンとルイ・ドゥマゲッティの回復にあたったバルスは、魔王ゾルグと対峙していない。魔王討伐は剣聖リヒトによるものが大きいが、差配は勇者バルスによるもの。その成果はパーティ全員のものだ。この事実もバルスが正直に、話してくれた。


 主幹宮廷魔術師のブレス・フィーリッヒが謁見を望んでいると聞いた。いつも慌てている男だ。ブレスが言うには、「剣聖リヒト、若い男、リザードマンが荷馬車でこちらに向かっている」と。御者はどうも女で、ニンジャと呼ばれるモノではないかという報告も添えてきた。

 そして耳を疑ったのは、三人とリザードマン一体のなかに、バルスの魂の波動が感じられるというものだった。バルスの骸が共鳴反応を起こしているというのが、調査の発端だったらしい。

 王の間は、隣の妃の座が空席だ。愛する妻を失って、婿のバルスを失った。姫からすると、母を、夫を失った。自分よりもその悲しみは深いとオーギュスター王は娘であり、姫であり、再び次期王女となったメイ・スンのことを案じた。隣の玉座は、今やメイの場所だ。


 風がすうぅっと通り抜ける。気持ちのいい風だ。「お父様」と聞こえる。メイだ。

「どうした、メイ」

「バルス様の魂を感じます」

 宮廷魔術師ブレスがそうでしょう!と言わんばかりの顔で、オーギュスター王の顔を伺う。

「ブレスよ。剣聖リヒト一行が城門に来たならば、失礼のないようにここにお連れしなさい。謁見を許可する。いや、会いたいのだ。のう、姫もそうだろうに」

「はい、私もバルス様に会いたく存じます」


 だが、バルスはもう誰かに転生したということなのか?転生というからには、生まれ堕ちるもの。最近誕生したものだ。御者は無理だ。産まれて一ヶ月程度では、剣聖リヒトも同じく。若い男もいるようだが、同様に転生は無理だ。この時点でバルスが転生しているとするなら、最大生後一ヶ月程度だからだ。ならば、可能性は、リザードマン。成体までの成長速度は、人間とは比べ物にならない。研究はされたことはないが、一年もあれば成体となると聞いたことがある。


「たとえ、どのような姿でもか?」

 オーギュスター王は姫に問うた。

「はい、たとえ、どのような異形のものであっても。会って、お話をしたいです」


 城門に剣聖リヒト一行がたどり着いたと報告が入った。オーギュスター王は久しぶりに、胸が高鳴った。誰に殺されたのか、バルスに聞きたい。そして、なぜリザードマンに転生したのか。三種ほど滅ぼしたと因縁がある魔物だとは知っているが、実はバルスが絶滅させた種族は数知れない。リザードマンにこだわる理由が見当たらないのだ。


 王の間に緊張が走る。剣聖リヒト一行が王の間に通された。


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