第20話・勇者
「メルフの魔法でさぁ、足止めして、俺がズバッと倒すって作戦だったろ」
戦闘に勝利したのはいいものの、傷だらけのライオットがメルフに不満をぶちまけた。
「だって、魔力切れしちゃったし」
「まぁ、勝ったからいいじゃん。それに、ウチら三人パーティーなんだよ」
セイレンが仲裁する。
「だからなんだよぉ。四人目、昨日までいただろ?」
ライオットが不服そうに言った。メルフにとってはどうでもいいことだった。三人パーティーの方が、配分される獲得金も多いし。だが気になっていた。昨日別れたあの男のことを。一週間ほど前、手負いのゴブリンを討伐しているなか、四人目の男がパーティーに参加したいと言ってきた。手間取るライオットに見かねていたセイレンは、誰でもよかったのだろう。剣ではなく槍、僧兵が持つような武器を携えたこの男に、戦闘参加を許可した。
男の名は、ペテル・ローグと言った。誰も知らない、ペテル・ローグと言えば、五百年前に活躍した魔導士。伝説とも言える人物だが、忘れ去られている。
自分ほどの魔導士マニアにとっては、忘れることなんてできない、とメルフは思った。
ペテルは手負いのゴブリンを瞬殺し、手間取っていたのがウソのように戦闘は終了した。
セイレンはペテルとライオットを二枚看板で前衛を任せ、後衛を僧侶と魔法使いというオーソドックスな陣形が実現でき、目をキラキラと輝かせていた。この男はどこかくさい、訳アリだ、そう思わざるを得ない。
魔導士というのは魔法使いのなかの称号のようなものだ。肩書というものだろうか、上位に位置する。魔法使いの世界は序列が厳しい。だからこそ、伝説の魔導士の名前は、保護され誰も名乗ることができない。この男は、伝説の魔導士、ペテル・ローグと名乗った。だが、明らかに戦士系である。ただ魔力も感じられる。魔法使いの魔力、女神の加護を受けた理力、もしかしたらこの男はあのお方なのか。だが、それはあり得ない。現世には一人だけ、そう、勇者は一人しか存在できない。
勇者は戦士系と言われるが、魔法使いの魔力で攻撃魔法を扱い、女神の加護を受けた理力で回復魔法を使う。そういった芸当ともいえるほどの技術を持つものは、魔法使いにも、僧侶にもいない。もちろん戦士にも。
だとしたら、いや、万一この男が勇者ならば、東の国の次期国王、勇者バルス・テイトであるはずだ。だが、あり得ない。勇者バルスは死んだと噂が流れていたからだ。
戦闘は前衛二枚看板が機能し、というよりペテルの活躍が大きかった。いつもは足止めにと求められる火炎系の魔法も、ペテルの合図で敵に浴びせ、大きなダメージを負わせた。
魔法使いは敵の命を奪った数だけ、その怨念を杖に吸収できる。戦士や僧侶ではそうはいかないらしい。特定の武器ならあり得るのだろうが。魔法使いの杖はそういった仕様になっている。だから、パーティーには魔法使いまたは魔法使いの杖が必要になる。戦闘終了後に、討伐した魔物の怨念が残留思念のように残り、抵抗力のない村人たちに襲い掛かるからだ。一般的にゴーストとも呼ばれている。
怨念を杖が吸収することで、魔力も高まり詠唱できる魔法の数も随分増えた。ペテルがもし偽名かもしれないとメルフは考えていた。実際にライオットもセイレンも、ペテルの存在を疑っていないようだった。誰でもいい、戦闘がこれほど快適ならば、とメルフも安易に考えていた。だがやっぱり気になる。この男の正体は誰なのか。
相当数の魔物を討伐した。村まで遠く、野営を余儀なくされた。
焚火の番をセイレンから代わったその時だった。セイレンの耳に見慣れない痣のような印を見つけた。焚火の紅さが顔に反射して、実際のところよくは見えないし、セイレンの耳元に顔を近づけるのも変だ。焚火の番は速やかに交代しないと、貴重な睡眠時間が減ってしまう。挨拶もほどほどに、セイレンと引継ぎをして、メルフは寝袋に入り込んだ。さっきまでセイレンが眠っていた寝袋だ。
眠りに落ちそうになった瞬間、母の顔が浮かんだ。母の耳にもそんな痣があったような。文字のような、そう古代文字のような。なんだっただろうか。授業で習ったはずなのに。思い出せない、もっと勉強しておけばとメルフが後悔しながら眠りに落ちそうになったとき、記憶がつながった。
「呪因」
だが、突然深い眠気がメルフを襲った。そして、その日の朝には、ペテルは消えていた。
呪因、いわゆる何かの言葉や行動をアクションにして、発動する高位魔法。宮廷魔術師たちがその権力闘争のなかで、身に着けた後発魔法と呼ばれるもの。戦闘で散っていった魔物や人間たち、杖に吸収されそこなった怨念たちに目をつけた宮廷魔術師・ラチャが開発したと言われている。その呪因のほとんどは眠りの呪いが百パーセントの確率で成立するというもの。眠りの魔法は成功率が低い。だから、呪いのカタチを取ったのだろう。
そしてそれは、目覚めたあと、最初に見た人間に確実に感染する。一度までだ。それ以上の伝播はない。最大二人を眠りに落とす、魔法として使いようによっては、強い権力の座を手に入れることだって可能だ。
セイレンとライオットにその話を伝えようとしたものの、メルフは躊躇してしまった。
ペテル・ローグがニセモノで、実は勇者バルス・テイトだとした場合、コレは明らかに東の国、オーギュスター公国の意思が働いている。だが、勇者バルスは死んでいる。
勇者バルスでないにしても、手練れの戦士がわざわざ、自分たちのような弱小パーティーに潜りこんで、セイレンに呪因を与える。そんなことに何の意味があるというのか。いや、それ自体大きな伏線かもしれない。
もう一つ気になることがある。セイレンもライオットもここのところ様子が変だ。自分が鈍感なフリを務めてきたが、この二人からは“エルフの匂い”がする。魔力のカタチがエルフの波形に似ているのだ。揺らぎに癖がある。そして、突然いなくなったペテルからも“エルフの匂い”がした。
エルフ同士の密談、なにか目的があるのか。いや、このペテルが勇者バルスとしたら、バルスはエルフだってことになる。違う、勇者バルスは死んでるんだって、と言い聞かせる。
エルフが勇者というのは、聖史において見たことも聞いたこともない、前代未聞だ。でも、勇者バルスは死んでいるはずだ。
勇者バルスは死んだとして、私たちのものに現れるには。考えろ、考えろ、考えろ。
メルフはある秘術を思い出した。聖体の骸だ。そうだ、その手がある。死亡後、魂が肉体のカタチをかたどり、一週間から十日間ほど実存できる。その秘術は、勇者と認められたものに、自動発動し、体内に組み込まれる。
不確定な情報すぎて、二人にペテルは勇者バルスかもしれないとは言えない。勇者バルスの骸は次の勇者が現れるまでは安置されるはずだ。なら、その目で確かめる必要がある。本当に勇者バルスは死んだのか。メルフは早々にこのパーティーから離れる必要があると考えた。
その矢先、戦闘でライオットが命を落としたのだ。ありえない。あの状況で死ぬなんてことがあるのか、いくらドジなライオットとはいえ。ぬかるみに足をとられて、手から離れた剣が宙を舞い、背中を突き刺す。そんな哀れな死に方。
幸いにもセイレンが
ライオットの名前を、ライオット・ウェルではなく、勇者バルスの苗字、テイトと敢えて言ってみた。セイレンは、ライオット・テイトという存在しない人物の名を蘇生魔法に組み込み、女神に祈った。
蘇生魔法のことはよくわからないが、詠唱できるのは世界に一人だけ。
ライオットは蘇生した。だが様子がおかしい。背中の傷は、
あの蘇生魔法は、もしかしたら、降霊術、そう
歴戦の魔導士ジェム、彼女のもとで修業をするという理由で、メルフはパーティー離脱をライオットやセイレンに申し出た。
ライオットとセイレン、バルスの魂を移動したリザードマン、三人に感づかれることもなかったのは、メルフの能力値が低かったこと、観察眼も拙いと“過小評価”されていたおかげだろう。あえて、自分の能力を出しすぎないことが幸いする。魔法学校で習った基礎理論が思わぬところで役だったと、メルフは思った。手の内を明かさないこと、魔法使いも僧侶もそういう点ではカードゲームに似ている。
メルフは二人が旅立ったあと、魔導士ジェムと元夫のガル・ハン、彼女たちの息子のゴード・スーに、バルスのことや蘇生なのか降霊なのかライオットに起こったこと、すべてつまびらかに相談した。三人は興味深く聞き、同じ見解を述べた。
ライオットとセイレンを信じなさい、と。
ジェムは諭すようにメルフに言った。
「勇者バルスが極悪人だということが捻じ曲げられた物語だと、あなたにもわかるはず。魔物は魔物、勇者はその責務において、討伐しただけ。殺戮者ではありません、命乞いする魔物が裏切る姿をあなたも知っているはず」
魔物は狡猾だ、そしてそれを束ねる魔王も。事実と物語、メルフは自身の観察眼の拙さを思い知った。
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