勇者よりダンジョン経営の方が儲かる件について

あした ハレ

プロローグ

薄暗いバーの中、ランタンの弱々しい光が揺れている。カウンターの隅では、古いジュークボックスが掠れた音楽を流していた。

「おいおい聞いたか!?今月の売上、先月より10パーセント低下したってよ!」

小太りのゴブリンが、バーのカウンターにジョッキを勢いよく置き、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「…やっぱりですか。彼に手伝ってもらっても少し経てばこうなるんじゃないかと思ってましたよ。」

ゴブリンの右隣でワインをたしなんでいる筋肉質のオークは冷静だった。

そのまた右隣、カウンターの上でジョッキに入っている酒を一生懸命飲んでいたスライムが口を開く。

「このままじゃ彼が来る前に逆戻りだよ……

何とかしないと。」

ゴブリン達はジョッキから手を離し、気難しそうな表情をしている。

沈黙が続かぬようゴブリンが口を開こうとしたその時、

ドォォン!

バーの外から、地響きのような、雷が落ちたような、大きな重低音が響いた。

「な、なんだぁ!?」

ゴブリン達は思わず立ち上がり、バーの外を凝視する。

「お、おいオーク。お前ちょっと見てきてくれよ。」

ゴブリンは身震いしてオークに言った。

「そういうあなたが行くべきかと。ゴブリンさん」

「お、俺は……その。ちょ、ちょっと飲みすぎちまってな。上手く歩けそうにない!」

オークは胡散臭そうにゴブリンをジーと見つめた。

ドォゴォォォーン!!

ゴブリン達が言い合っているとさらに大きな音が響いた。

「お、おい。オーク……」

「スライムさんお願いします。」

「ええ!?もしなんかあったら1番死ぬ可能性高いよ!!ゴブリン頼むよ」

「あっ!そうだ。おいバーテンダー!!ちょっと様子見てきてくれないか??」

ゴブリンは後ろを振り返り、カウンター席の方を見る。

……が、さっきまでゴブリン達に酒を振舞っていたバーテンダーのスケルトンの姿はそこにはもうなかった。

ゴブリンは落胆し、不服そうにバーの出入口に向かって歩き始めた。

ウエスタンドアを片手でおずおずと開け、バーの外へ出た。

陽はとっくに沈み、深夜の空に不気味な風が唸り、木々の影が奇妙に揺れている。ゴブリンは体を震わせながら、辺りをキョロキョロと見渡した。

「お……おーい。だ、誰かいるのかー?」

……なんの返事も帰ってこず、ただ遠くの虫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。

安堵したゴブリンは身を返し、バーの方へ戻ろうとした。

だが、その時。

ドォゴォォォォォオン!!!

今までで1番大きな音が鳴り、ゴブリンは振り返る。

すると、遠くから何かが飛んできているのが見えた。ゴブリンは目を細める。

「な、なんだぁ?コウモリか?あるいは、ヤタガラスか?」

遠くで何かが飛んでいる。

と思ったら、それは急に降下して猛スピードでこっちに向かってきている。

「お、おい!!ちょっと待て!!」

あまりの速さにゴブリンは逃げることが出来ず、それはもう10メートルにまで来た。

ゴブリンが目を見開くと、闇夜で見えなかったそれの正体が見えた。

それは、コウモリでもヤタガラスでもなかった。

「人型のモンスター……。てか人間か!?」

ドォン!!!

「ぐぇぇぇ!!」

ゴブリンと飛んできた人間は思い切りぶつかり、背後にあったウエスタンドアを突き破ってバーの中へ突っ込んだ。

中で待っていたオークとスライムは驚き、ゴブリンの方へ駆け寄った。

「おいっ!ゴブリン大丈夫か??」

「ゴブリンさん。何があったんです?」

ゴブリンは頭を抑えながらゆっくりと起き上がった。

「イタタタ……。なんかよー、人間が急に空から突っ込んできやがって。」

「え、人間?そ、それってもしかして……」

スライムは元々青い体をさらに青くさせた。

倒れている人間の方を見る。

すると黒い服を身にまとった少年は目を覚まし、透き通る青い目でスライム達の方を見た。

「あっ!!スライムにゴブリン、オークも!こんなとこで会うなんてね。」

ゴブリンは口を開けて驚いた。

「マ、マスター!?な、なんでここにいんだぁ?」

「もう勤務時間はとっくに過ぎてますよね。」

「そうなんだけどさ……。前に会議で話したあの件について、もう構想を練っててさ、ほんの少しだけどもう取り掛かってるんだよね。それでさっき……少し機械を壊してしまって勢いでここまでぶっ飛んじゃって。」

「それであんなデッケェ爆音が……」

「え!ていうか、もう取り掛かってるんですか??」

スライムはジェル状の体を一生懸命動かし、マスターに近づいて言った。

オークはうーんと考え込んで、傍にあった樽の椅子に腰を下ろした。

「ですが、少々早くはないでしょうか。我々はまだ構想自体よく知りませんし。」

マスターも樽の椅子に座り、ウンウンと頷く。

「構想については、明日みんなに話そうと思ってね。色々と準備が必要だったんだよ。」

頭を擦りながら話を聞いていたゴブリンは少し不服そうな表情をした。

「マスターさんよぉ……。熱心なのはいいが、ここ最近の売上はどうすんだよ。毎月毎月低下していく一方だぜ?」

「その件についてもいくつか対策案を考えた。その事も明日みんなに伝えたいと思う。」

「ならいいんだがよぉ……」

「まぁとりあえず明日に期待しといてくれ。この計画が成功したら、ただのダンジョンなんて呼ばせない。世界中の誰もが訪れたい夢の場所になるんだから。」

オークは再びワインを手に取った。 

「成功したら……ですか。」

ゴブリンは壁に寄りかかり、やれやれと頭を抱えている。

「しかし、上手くいくもんなんかぁ?

 "ダンジョンをテーマパーク化"するなんて。」

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