第2話 戦闘。銃にハッキングを添えて。
亜美花は、目の前にあった鉄製のドアを右足で勢いよく蹴り飛ばし中へと入った。
強烈な中段蹴りによって吹き飛んだドアが地面へと落ち、重く鈍い大きな音を立てた。中は思っていたより広く、学校の教室ほどはある。先ほど亜美花が通信をしていた部屋とは違い、ここには家具や食料などが乱雑に置かれており、生活感で溢れていた。
「な、なんだこのクソガキッ!?」
ドアの音で気付いた細身の男が声を荒げた。未来が言っていた細ガリの男で間違いないだろう。骨と皮だけではないかと思えるほどやつれた腕。その手には、中国製トカレフが握られている。唐突に少女が突入してきた事態に驚いたのか、両手の拳銃にはすぐに反応できてはいなかった。
「女じゃねえか、女! なあなあ、ちょいと痛めつけてから俺が楽しんでいいか? 最近女ともご無沙汰でヤレてねえんだよ」
細ガリの隣で、野太い声で男が活き活きと言った。口元は下品だが、身長が高く、筋骨隆々でまさに大男だ。顔にはいくつものタトゥーを入れており、堅気ではないことが伺える。大男の少し離れたところにも、狩猟用のショットガンが置いてあった。
未来が言っていた標的二人で間違いない。
確信した亜美花はすぐに、両手に構えていたファイブセブンの引き金を数回絞った。空気を切り裂く様な鋭い銃声。数発が一瞬で細ガリの頭を吹き飛ばした。赤い血と、脳内に埋め込まれていた機械の部品が辺りに散らばる。頭部を失った体はその場に倒れた。
一方大男は、ギリギリのタイミングで亜美花の射撃を避けていた。横に大きく跳躍することで弾丸を回避し、今はショットガンの近くまで移動している。再び回避行動を取りながら、自衛用の武器を素早く引っ掴む。素人の動きではないのは明らかだ。
亜美花はさらにファイブセブンの引き金を絞る。先ほどと同様に鋭い銃声。しかしまたもや跳躍により避けられた。
(戦闘用ソフトウェアを使っている!? ということはこの男、元軍人?)
さらに数回ファイブセブンを撃ちながら、脳内で亜美花はそう考えた。機械の体を手に入れるこのご時世であっても、弾丸を避けるなんて芸当、人間誰もができるわけではない。銃口の向きを予測して、行うべき回避運動の電気信号を自動的に身体に送るソフトウェアがインストールされている可能性が高かった。
「おい女ァ! 全然当たってないじゃないかァ!」
大男が叫んだ。ショットガンを構え、発砲。今度は亜美花が横に飛んで交わし、コンクリート製の柱を遮蔽物にして身を潜める。相手の獲物はポンプアクション式のショットガンだが、装弾数が多い。おそらくは違法改造されたものだ。
「俺はなァ、お国に仕える優秀な兵士だったんだッ! 戦場で脳みその一部分を弾丸で吹っ飛ばされてよぉ! 頭がイカれちまったッ! 傷病給付だけじゃ生活も満足にできやしねぇ! だからノートカムイに来て殺しの仕事を始めたら、あっという間に稼げるんだぜッ! ガハハハハッ! やっぱり暴力は最高だなぁッ!? えぇ!?」
男は狂ったように口走る。そのやかましい声を聞きながら、亜美花は打開策を考えている。相手の弾が切れるのを待つか、それとも一か八かで飛び出して攻撃するか。しかし後者はリスクが高い。そんな時だった——。
『先輩、もしかしてお困りではないですか?』
未来から通信が入った。
「未来ッ! そうなの、相手が弾丸の軌道を予測できる戦闘用ソフトウェアをインストールしている可能性があって……」
『それで先輩は遮蔽物に隠れて対策を考えていた、と。』
「——? そう、だけど……」
なぜこの場にいない未来が現在の状況をわかっているのか? 妙な違和感が一瞬頭をよぎった。しかし、今は命のやり取りの最中。余計なことを考えている暇はない。
『先輩、10秒だけその男の攻撃をしのげますか? 私が男の視界拡張デバイスから直接脳内にハッキングを仕掛けて、ソフトウェアの作動プログラムをバグらせます』
「10秒なら全然大丈夫よ、それで行きましょう」
戦況はこちらが不利だ。悠長なことをしている暇もない。
『では——先輩の目、お借りしますね。10秒間だけ、死なないでくださいね』
直後、亜美花の視界に『警告:視界ジャックの可能性あり』の文字が移る。未来が亜美花の視界拡張デバイスにハッキングし、同期させたのだ。次はここから、男の視界に入り込む。
次の瞬間。亜美花は全速力で物陰から飛び出した。そうすることで、相手が照準が合わせる隙を作らないようにする。大男が反応し、笑いながらショットガンを撃つ。銃声とともに亜美花のすぐ足元に穴が空いた。間一髪だった。
そのまま走りながら、視線を男の眼元に向ける。そこを捉えた瞬間、眼界に『ハッキング開始』の文字が表示された。未来が大男の脳内にハッキングを開始したのだ。
ショットガンの弾が切れた。苛立った大男はショットガンをこちらに投げつけてきた。それをなんなく交わしたその直後だった。
『今です先輩』
未来からの通信。それがハッキングが終わった合図であると瞬時に悟った亜美花は、ホルスターからファイブセブンを二丁抜いて両手に構える。大男に銃口を向けた直後、異変は起こった。
大男の全身が急に痙攣を起こし、その場で立ったまま壊れたおもちゃのようにピクピクと動いている。己の身に何が起こっている? 驚愕する大男の顔は引きつっていた。未来がハッキングして、ソフトウェアのプログラムにバグを作動させたため、銃口を認識したあとの動作がおかしくなっているのだ。
亜美花はこの隙を見逃さず、二丁のファイブセブンを連射した。左右から凄まじい銃声が鳴り響き、ファイブセブンが男の鎮魂歌を奏でる。弾丸によって大男の頭部は吹き飛び、体には無数の大穴が穿たれた。穴からは派手に鮮血。肉片と機械部品が辺り一帯に散らばる。
弾丸が切れて、ファイブセブンのスライドが後退したまま停止し、ホールドオープンの状態となった。ほぼ同時に大男の体も地に伏せた。
『お疲れ様です、先輩。 上手くいって良かったです』
未来の柔らかな声が、張り詰めていた緊張を徐々に落ち着かせてくれる。
「ありがとう、未来のおかげだよ。未来の助けがなかったらどうなっていたか」
『えへへ、先輩に褒めてもらえるなんてとても嬉しいです。この件の事後報告は、機関の方に私から報告しておくので、今日はゆっくり休んでください。先輩は戦闘で疲れていると思いますし』
「え、いいの? 何から何までいつもごめんね。それじゃ、今日はお言葉に甘えることにするね。——おやすみなさい、未来」
『おやすみなさい、亜美花先輩。ゆっくり体を休めてくださいね』
未来との通信が切れた。彼女のおかげで、上がっていた息も落ち着き、冷静な状態に戻りつつある。仕事は終わった、この後はまたいつもの日常に戻るだけだ。
「今日の晩御飯はラーメンにしよう。疲れたから味噌味の濃い目で」
そう呟きながら、亜美花は廃ビルを後にした。
武装JKは光の海で幸せになれるのか? 銀将 @ginsyou
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