親戚の何やってるか分からないおじさん ~災害指定魔術師、姪におもちゃを買いたい~

@syusyu101

第1話 親戚の何やってるか分からないおじさん

「おじさん、今年は帰って来れるって」

 浅葱あさぎいつきは、その言葉を聞いて少し小躍りした。

「やめなさいその小躍り」

 これが踊らないでいられるか。



 浅葱いつきは、正月が近づくとお年玉の皮算用をはじめる女子高生である。

 あんまり良くないとは思っているが、やめられない。

 しかし仕方ないのだ。

 パーマを効かせた栗色の髪を維持するのにも、数か月ごとに大量に供給される推しのアクスタを揃えるためにも、友人と出かける服を買うのにも、金はかかるのだ。

 その点、おじさんは良いおじさんであった。

 いっぱいお年玉をくれる。



 正月、秋田の実家。

 おじさんが来るといつも鴉が鳴くので、その日も、おじさんが来たのだとすぐに分かった。


「おじさん!」

「いつきちゃん、また大きくなったね」


 玄関先で肩にのった雪を払う、おじさん。

 その姿は、おととしの正月に見たのとまったく同じ面だった。

 考えてみれば、その面は、いつきの記憶にある十数年で一度も変わっていないかもしれない。


 後ろから見れば女の人にも見える、長く黒い髪。

 雪を肩に載せた、黒いロングコート。

 年齢のよく分からない面をしていて、最近老け始めた父に比べると一回りか二回り若く見える。確実に五十代なのだが、その顔は二十代と言っても通じるだろう。

 かといって、苦労を知らなさそうな面、というわけではない。

 切れ長の瞳は、常に鋭く。

 頬は少しこけている。

 潔癖症らしく、常に豚革の白手袋を外さない。

 さらに言えば、映画に出てくる悪い博士みたいに、常に松葉づえを衝いている。


 慣れない人間がいれば常に不機嫌そうに見える、長身痩躯の長髪男。

 あやしいおじさん。

 それが、いつきのおじさんだった。


「遅かったじゃないか、りょう


 父がおじさんの名を呼ぶと、おじさんは嬉しそうに微笑んだ。

 慣れていなければ、狐が牙を剥いたように見える、子供が泣く笑みだった。


「悪いね、義兄さん。恐山の犬がうるさかったものだから」

「犬? わんちゃん!?」

「そう。わんちゃん」

「……宮内庁をそう呼べるのは、日本じゃお前くらいだろうな」


 ため息を吐く父。

 おじさんはまぁまぁ、といさめて、懐から包を出した。


 パンパンの、ポチ袋。


「明けましておめでとう、いつきちゃん……はい、お年玉」

「わぁい!!」

「女子高生にもなってその喜び方はどうなんだ……」


 おじさんの前でポチ袋を開ける。

 他の親戚の前ではこんな無礼はやらないが、おじさんは許してくれるのだ。

 むしろ、目の前で開けてリアクションした方が喜ぶ。変なおじさんだ。


「ひぃ、ふぅ、みぃ」

「……倆!」

「怒らないでよ義兄さん。姪に札束をやった程度で……」


 十数秒では数えられない枚数があった。

 一万円札。

 白い紙で括ってあるから、たぶん、百万円。

 去年より十万円も増えている? いつきはおじさんを正気を疑う目で見た。


「なはは」


 おじさんは奇妙に笑った。


「ったく……」

「ありがとう! おじさん!」

「どういたしまして。それでオシャレなりなんなりすると良いさ」

「倆。今年は、りんのおせちを……」

「悪いね。このあとすぐ仕事なんだ」

「……そうか」


 父とおじさんが視線だけで会話する。

 良い年した男同士なのに気色悪い、という気持ちと、ちょっと疎外感が、いつきの中にはあった。


「……おじさん、お仕事いっちゃうの?」

「そうだとも。今年は東京で色々やるつもりでね。中々いとまがない」


 もうちょっとゆっくりしていけばいいのに、といつきは唇を尖らせた。

 お金を貰うだけ貰って、はいさよなら、というのは。

 無礼寄りな女子高生でも、少し思う所があるらしい。


「じゃあ、さようなら」


 おじさんが松葉づえを衝く。



 すると、雪がぶわっと舞う。



 瞬きすれば、おじさんの影は消えていた。

 見えるのは秋田の実家の白い庭ばかりで、黒いロングコートも、髪の毛も、足跡すら残っていない。


「……ねぇ、父さん」

「冷えるぞ。早く家に入れ」

「おじさんって、なんのお仕事してるの?」


 父は少し考えこんでから、答えた。



「世界の敵」

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2025年1月11日 12:25
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