図書館での出来事から数日後、私は次第に「#13日の呪い」の影響が広がっていることを実感し始めた。最初は単なる偶然だと思っていたが、日常の中で少しずつ違和感が積み重なっていく。


ある朝、目が覚めると、スマホの画面が勝手にロック解除されていた。寝る前に確認したはずの画面は、なぜか見知らぬ写真で埋め尽くされている。それは全て私が見覚えのない場所で撮られたものだった。薄暗い地下室のような空間、長い廊下の先に誰かの影が見える写真、そして、私の部屋と思われる天井の写真。「どういうこと……?」全身に鳥肌が立つ。慌ててギャラリーを確認するが、すべての写真が消えている。それだけでなく、スマホの動作そのものもどこかおかしい。SNSを開くたびに表示されるのはいつも同じ投稿——「#13日の呪い」というタグがついた私の写真だ。その写真は見覚えがあるもので、カフェで撮ったもののはずなのに、背景が微妙に異なっている。私の後ろには誰もいないはずだった。なのに、その投稿では背後にぼんやりとした人影が映り込んでいた。


その日、私は授業を休み、自宅に閉じこもることにした。誰にも会いたくない。楓には「体調が悪い」とだけメッセージを送ると、すぐに「大丈夫?」と返信が来た。だが、それすらもどこか奇妙に感じる。楓のアイコンが以前とは違うものになっていたのだ。普段は明るい笑顔の写真だったはずが、何も写っていない黒い背景に変わっていた。「そんなわけないよね……」そう自分に言い聞かせながら、私は深呼吸して心を落ち着けようとした。その時、部屋の中で何かが動いた気がした。振り向いても何もいない。だけど、視線の端に何かがちらつく感覚は消えない。


夜になり、とうとう我慢ができなくなった私は、例のハッシュタグを使った他のユーザーたちの投稿を探し始めた。すでにそのタグは数万人規模で使われており、投稿数は増え続けている。最初はただの冗談や都市伝説として盛り上がっていたものが、ここ数日で様子を変え始めている。投稿のコメント欄には、奇妙な内容が並んでいた。「助けて」「誰かがいる」「投稿を削除しても意味がない」。私と同じような経験をしている人がいる。


その中で一つの投稿が目を引いた。「#13日の呪い」を使ったあるユーザーが、自分の体験を動画で公開していた。画面の中で震える手でスマホを持つ女性が語る。「このタグを使った後から、私の周りでおかしなことが起き始めました。見えない誰かに見られている気がするんです……。そしてこれが……」彼女が見せたのは、自分の投稿に届いたDMだった。そのメッセージには「もうすぐ君の番だ」という文言と、どこかで見たことのある写真が添付されていた。それは私が数日前に見た図書館の写真と全く同じだった。


「この人に連絡を取るべきかもしれない……」そう思った矢先、画面が突然フリーズし、黒い画面に白い文字が浮かび上がった。「干渉するな」。短いそのメッセージに体が硬直する。まるで誰かに見られているような気配がして、私は恐怖で動けなくなった。その夜、私はほとんど眠れなかった。


翌朝、意を決して外出することにした。家の中にいても気が狂いそうだ。図書館に行こう。あの写真の場所を調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。私は恐怖を振り払うように準備を済ませ、昼過ぎに図書館に到着した。しかし、思った以上に心がざわついている。例の写真の場所に近づくたびに、胸の鼓動が速くなる。「ここだ……」問題の書架の前に立つと、写真と全く同じ風景が広がっていた。


その瞬間、背後で小さな音がした。振り向くと、誰もいない。それでも視線を感じる。「……誰かいるの?」そう問いかけたが、返事はない。震える手でスマホを取り出し、懐中電灯の代わりに周囲を照らしてみる。すると、奥の方で何かが反射して光った。


私はゆっくりと歩みを進める。書架の奥に辿り着いた時、そこには一枚の紙が落ちていた。拾い上げてみると、それは古いモノクロ写真だった。写っているのは図書館の同じ書架の前に立つ一人の女性。しかし、彼女の顔はぼやけて判別できない。写真の裏には短いメッセージが書かれていた。「13日後にまたここで」。


突然、スマホが振動した。慌てて画面を見ると、新しい通知が表示されている。「#13日の呪い 投稿への返信があります」。それを開くと、そこには私の後ろ姿が写った写真が表示されていた。そして、その背後にははっきりと黒い影が映り込んでいた。


一瞬、頭が真っ白になる。「嘘でしょ……」そう呟いた瞬間、図書館の照明が一斉に消えた。暗闇の中、私は足音のような音を聞いた。それはどんどん近づいてくる。私は息を殺しながら立ち尽くした。次の瞬間、耳元で誰かの低い声が囁いた。「もう逃げられない」。


そして再び明かりが点いた時、そこには私一人だけが立ち尽くしていた。だが、手にしたスマホの画面には、確かに残されていた。「次はお前だ」というメッセージと共に。


図書館での出来事以来、私は「#13日の呪い」について調べることを本格的に始めた。もはや単なる都市伝説や偶然では片付けられない。あの黒い影や不可解な現象、そして耳元で囁かれた声——それら全てが現実なのだと、身をもって理解してしまったからだ。


「楓、助けてほしい。今すぐ会えない?」

私は震える手でスマホを握りしめ、友人の楓に連絡を取った。どうしていいかわからなかった。誰かに話さないと、頭がおかしくなりそうだった。


「何があったの?最近元気ないのはわかってたけど……」

楓はカフェで向かいに座ると、心配そうに顔を覗き込んできた。私は深く息を吸い込んでから、ここ数日の出来事を一気に話し始めた。


「呪いのハッシュタグ?……あの噂のやつ?」

「そう。最初はただのネタだと思ってた。でも、私の写真が勝手に投稿されたり、知らない写真がスマホに保存されてたり……何かがおかしいの。昨日なんて、図書館で……」

私は言葉を詰まらせた。あの暗闇の中で感じた恐怖を言葉にするのが、あまりにも辛かったからだ。


「それ、本当にやばいんじゃない?」楓の声が一段と低くなる。「……でも、どうするつもりなの?投稿を消せば解決するわけでもないんでしょ?」

「そう。投稿を消しても意味がない。他の人たちも同じことを言ってた。それどころか、消した人ほど悪化してるみたい……」


楓は少し考え込んでから、口を開いた。「でも、元は誰かが作ったタグなんだよね?つまり、その人にたどり着ければ何かわかるんじゃない?」

「それが簡単にできたら苦労しないよ……でも、確かに……」


会話の中で私は一つの可能性を思いついた。過去にこのタグを使った人たちに直接話を聞けば、何かヒントが得られるかもしれない。


その夜、私は徹夜で「#13日の呪い」に関連する投稿を調べ上げた。投稿主たちに片っ端からDMを送る。ほとんどは無視されるか、返信がない。しかし、深夜になって一人のユーザーから返信があった。


「話せることは多くないけど、それでもいい?」

短いメッセージだったが、私は藁にもすがる思いで返信を送った。そして翌日、指定された場所——寂れた喫茶店でその人物と会うことになった。


現れたのは同世代と思われる女性だった。顔色は悪く、疲れ切った表情をしている。

「あなたがDMを送った人?」

「そう。私もあのタグの被害者よ。でも、ここで会うのはリスクがあるわ。誰かに見られているかもしれない……」

「見られている?」私は息を呑んだ。


彼女は周囲を警戒しながら話を続ける。

「このタグを使うと、確かに最初は何も起こらない。でも、13日間かけて少しずつ『何か』が近づいてくるの。最初はスマホやSNSだけ。それが次第に現実にも影響を与えて……最終的には……」

「最終的には?」

「消えるのよ。その人自身がね」


私の全身に冷たい汗が流れた。

「……でも、そんなことって……本当に?」

「私が知ってる限り、少なくとも3人が行方不明になってる。そして、みんな最後に残した投稿には同じメッセージがあったわ——『13日後にまたここで』」


その言葉に胸がざわつく。図書館で拾ったあのメッセージと同じだ。

「助かる方法は……ないの?」

「今のところ、わからない。でも、一つだけ言えるのは、誰かに話したり、深く追求したりするほど危険が増すってこと。だから私はこれ以上は——」


その瞬間、彼女のスマホが震えた。画面を見た彼女の顔が青ざめる。

「……もう遅いかもしれない」


彼女が画面を私に見せる。そこには黒い背景に白い文字だけが浮かび上がっていた。

「干渉するな」


私たちは言葉を失った。カフェの照明が一瞬だけちらつく。周囲の客が一斉にこちらを振り向いたような気がして、私は背筋が凍りついた。


「行かなきゃ」彼女は慌てて立ち上がる。「これ以上話すのは危険すぎる。ごめんなさい。気をつけて」


彼女は店を出て行き、私は呆然とその場に取り残された。


その後、自宅に戻った私は一人ベッドに座り込みながら、何度も彼女の言葉を思い返していた。追求するほど危険になる。だが、このまま何もしなければ13日後に「何か」が訪れるのは間違いない。


スマホを手に取り、私は一つの決断をした。

「もう怖がってるだけじゃダメだ……」


私は再びSNSを開き、もう一度「#13日の呪い」の投稿を遡り始めた。13日前に最後の投稿をしたユーザーたち——彼らの足跡を辿り、真相に近づくための手がかりを探す。それは一種の賭けだった。だけど、恐怖に飲まれるより、行動する方がまだマシだと思った。


深夜、再び画面に異変が起こった。検索を続けている最中、勝手にブラウザが開き、知らないサイトが表示される。そこには無数の投稿と共に、一枚の写真が添付されていた。それは……私自身の写真だった。部屋でスマホを見つめる私の姿。それが今この瞬間、どこからか撮られたものであることに気づいた時、私は再び得体の知れない恐怖に飲み込まれる。


暗闇の中、ふと耳元で低い声が囁いた。

「あと、7日だよ」


私は震えながら振り返った。だが、そこには誰もいなかった。


耳元で囁かれたその声は、まるで私の心の中に直接響いているかのようだった。声はすぐに消えたが、あの恐ろしい存在が私を見守っていると感じ、私は身震いをした。息が詰まりそうになりながらも、私は目の前のスマホ画面に目を凝らす。そこに映し出されていたのは、他でもない自分の写真——それがどこから撮られたものなのか、そしてなぜ今、こんなタイミングで現れたのかがわからない。


「やっぱり……これも呪いの一部なの?」私は呟いた。手が震えて、スマホを落としそうになる。


その時、再び画面がフラッシュし、また一つのメッセージが表示された。今度は白い文字で、次のように書かれていた。


「怖がっても無駄だよ」


私の心臓が一気に高鳴る。あの声といい、このメッセージといい、何かが確実に私に近づいている。その証拠に、部屋の空気がどんどん重くなり、圧迫感を感じるようになった。まるで誰かが背後に立っているかのような、ひどく不安定な感覚だ。


ふと、私はスマホを握る手を見つめる。指の先が冷たく、まるで別の意識が私を支配しようとしているかのようだった。どうして私はこんなにも恐ろしい状況に巻き込まれてしまったのだろう? 最初はただの冗談で済ませようとしただけなのに——


再び耳元で囁かれた。


「もう、後戻りはできない」


その声は、あまりにも冷たく、無機質で、まるで私を拒絶するような感覚を与えた。その瞬間、背後の窓がひときわ大きく軋む音を立て、私は思わず振り返った。しかし、何もなかった。暗闇がただ静かに広がっているだけだった。


心の中で叫びたい衝動に駆られたが、口を閉ざす。あまりにも強い恐怖が、私の体を動けなくさせていた。だが、思い出す——楓が言っていたこと。追求し続けるほど危険が増す、と。でも、何も知らないままでは、私は13日目に何が起こるのか分からない。


「あと7日……」


私は自分を奮い立たせるように、深呼吸をした。ここで逃げてはいけない。この呪いを解き明かさない限り、私は一生この恐怖に支配され続けるだろう。


もう一度、SNSを開き、#13日の呪いに関連する投稿を探し始める。気づけば、他の被害者たちも同じように、異常な体験をしていることがわかる。そしてその全てが、13日目に向かってどんどん悪化している。


「どうしてこんなことが……」私は、目を凝らしながらも呟く。


次々に開かれる投稿の中で、一つの言葉が目に飛び込んできた。


「誰かが助けてくれるわけじゃない」


その投稿主は、恐怖に満ちた目をしてカメラを向けている。そしてその目線が、まるで私を直接見ているかのように感じた。その瞬間、画面がひときわ明るく光った。目を背けることができず、私はその投稿の続きをスクロールしてしまう。


すると、彼女が最後に書いた一文が目に入る。


「私のことを追わないで」


その瞬間、背後から大きな音が響き、私は振り返った。部屋の隅に、暗闇の中から何かが立っているのを見た気がした。心臓が高鳴り、血の気が引く。


だが、目を凝らすとそれはただの影に過ぎなかった。


「誰もいないはず……」


心の中で自分に言い聞かせながら、私は再び画面に目を戻す。しかし、今度はその影が画面越しにちらついているような錯覚に囚われる。まるで、このSNSの中の投稿が、私を捕まえようとしているかのようだ。


一体、これが何の意味を持つのか——私はわからない。しかし、気づけばそのSNSを見続けることしかできなくなっていた。恐怖を抱えたまま、次の瞬間が待っていることを感じながら。


────────────────────


スマホの画面を見つめていた。目の前に映るのは、楓からのメッセージ。


「美月、助けて…」


その文字が脳裏に焼きつく。言葉が頭の中でぐるぐる回って、心臓がひどく早鐘を打つ。楓からのLINEはただの文字だけではなく、そこに映し出された彼女の叫びだった。


「何があったんだろう…」


無意識にそのメッセージを開く。次に表示されたのは、楓の顔写真。普段なら笑顔を見せる彼女の顔が、今はひどく歪んでいた。目は恐怖で大きく見開かれ、唇は震えていて、周囲には暗い影が落ちている。背景に映るのは、どう見ても自宅のリビングではない、知らない場所だ。どこか古びた、薄暗い部屋の中で、何かが動いているのがぼんやりと見える。


そして、次に目を引いたのは、楓が送ってきた言葉だった。


「助けて、怖い…もう、どこにもいけない…」


その直後に送られてきたのは、一枚の写真。楓が何かに掴まれているような姿が映っている。その手は、確かに何かを握っている。でも、それが何なのかははっきりと見えなかった。写真はぼやけていて、ピントが合っていない。


「な、何これ…?」


心臓が縮み上がる。目の前の画面が、まるで悪夢の中に引き込まれていくような感覚を与える。私の指が震えて、画面がうまくタップできない。慌てて画面を閉じようとするけれど、手が滑ってしまう。


「だめだ、だめだ、これは…」


何かが私を引き寄せている。画面の中の楓の目から逃れられない。指でスクロールして、次に送られてきたメッセージを見てしまった。


「お願い、助けて…」


それだけだった。その文字だけが送られてきた。


私の脳裏には、さっき見た楓の恐怖の顔が浮かび上がる。頭が重くなる。声が出せない。手が冷たくて震えている。深呼吸をしようと試みても、うまく息が吸えない。


「どうしよう、どうしよう…」


私の中で、焦りと恐怖が交錯する。楓は今、あんな目に遭っている。なのに、私は何もできない。足元がふわふわして、地面に足がついていないみたいな感覚になる。どんどん、どんどん、何もかもが遠くなっていくような気がして、立ち上がることすらできなくなる。


「逃げなきゃ、逃げないと…」


私は何かから逃げたかった。あの写真、あのメッセージ、あの恐怖を感じたくなかった。楓を助けに行かなければいけない。でも、無理だ。だって、私はもう何もできない。私が動くことで、もっと悪いことが起きるんじゃないか、そんな気がしてならない。


私は頭を抱え、スマホを無理に放り投げる。


「いや、違う、逃げちゃダメだ、でも…」


もう一度、目の前のスマホを見つめると、再び楓からの通知が届いていた。


「美月、お願い、私を見つけて…」


その言葉に、私は動けなくなる。


「見つけるって、どういうこと…?」


その問いが頭の中をぐるぐる回るけれど、すぐに答えが出るはずもない。私は足を止めて、スマホを再度拾い上げる。そして、メッセージを読みながら、目がかすんでいく。周りの音が遠くなり、私の思考がどんどん空っぽになっていく。


「もう、無理…」


私はその場から動けない。周りが変わっていくのを感じる。気づけば、もうどれだけの時間が経ったのかもわからない。私はただ、スマホの画面を見つめ続けていた。


そのとき、突然、視界が暗くなった。


「うそ…」


部屋がどんどん暗くなっていく。電気が突然消えたわけではない。だけど、私の中で何かが崩れ始めているのを感じる。頭が重くなって、呼吸が浅くなる。息が詰まりそうだ。


「やだ…やだ、こんなことになんて…」


頭の中で、ただ逃げたいという思いが膨らんでいく。それは、現実から目を背けるための、ただの逃避だとわかっているけれど、もうどうにもならない。


私はそのまま、暗闇の中で現実逃避を始める。


でも、知らなかった。私はまだ何も見ていない、まだ何も始まっていないのだということを。

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