学校の怪談だったもの
梅雨夏梅
第1話 LINE
私が高校生の時にやっとスマートフォンが登場した。その頃のスマートフォンといえば、すぐに充電は減るし固まるし「ガラケーよりは使いやすい」ぐらいな印象だったんではないだろうか。それが今はどうだ。スマートフォンだけで映画を作ることができるぐらいカメラの画質も進化しており、簡単に動画や加工されている画像が作れる。携帯というよりかは「手に収まるパソコン」といっても過言ではないだろう。
また、SNSの普及も凄まじく、昔よりも簡単に全くかかわりのない他人に出会えるようになってしまっているように感じる。実際、うちの生徒も知らない人と会ったことが教師陣に伝わり反省文を書いたり、謹慎処分になった生徒もいた。
その話を職員室で生徒指導の同僚から聞いたとき「うちの生徒じゃなくてよかった」と胸をなでおろしたものである。それぐらい、昨今の教師陣はSNSというものをふんわりと恨んでいるのである。
が、今の目の前にいる生徒は私にこういうじゃないか。
「知らない人からラインが来たんです。なんか、変な文章で。怖くって」
学級委員の小山美奈に連れられた生徒の名前は田島愛湖という。
クラスでもそこまで目立つような生徒ではなく、成績も申し分ない。いたって「普通」の生徒であった。
「私も見たんですけど、本当に意味が分からないんです。愛湖ちゃん、最初は私に相談してくれたんです。全く見覚えのないアカウントからLINEが来たって」
田島の後ろにいた小山が声を上げる。冷静に話してはいるが、興奮を抑えられないといったところである。
詳しくメッセージの内容を聞く必要性があるが、ここでは人の目があまりにも多い。私は教頭先生に空き教室のカギをもらった。
「それで、どういうこと?」
努めて冷静に、それでいてできる限り優しく話しかける。
「これです」
田島が震えた手で私に携帯を渡してきた。
送り主のアイコンは真っ黒で名前に「キヨコ」と書かれている。送ってきた時間は夜中の2時丁度。少なくともうちのクラスに「キヨコ」という生徒はいない。
その「キヨコ」と名乗る人物は以下の文章を送っていた。
『私を見つけてくださり、ありがとうございます。
私は10年前のある事件をあなたに知ってほしい。この文章をみんなに広めてほしいんです。
横浜市内に住んでいた家族3人が殺害される事件がありました。いえ、正確に言うと一家心中ということになっています。その家族は決してお金に困っていたわけでも、何かトラブルに巻き込まれたわけでもありませんでした。だけど、警察は一家心中で片づけたんです。異様な死に方だったのに。
その家族は30代後半の両親と小学校1年生になったばかりの女の子の3人家族でした。普通の家族でした。休日になれば家族3人でレジャー施設に行ったり、長期休暇には少し遠出して旅行に行くなど、仲が良く普通の家族でした。
母親はおおらかで、明るく笑顔の絶えない人でした。
父親は少し無口ではありますが、妻のことも女の子のこともとても大事にしていました。
ある日のことです。女の子が学校から帰り、玄関のチャイムを鳴らしました。母が家にいると思ったからです。母親はパートタイムで働いていましたが、女の子が家に帰る時間には必ずいたのです。だから、普通にチャイムを鳴らし、母親がインターフォン越しに「はーい」と明るい声で返答すると思っていました。
その日は違いました。
返答がないんです。女の子はもう一度チャイムを鳴らしました。やはり返答はありませんでした。女の子は言いました「ママーー!帰ってきたよー!」その途端、ガチャと玄関の鍵が開きました。なんだ、いるんだ。小学校1年生にとっては少しばかり大きい玄関扉を開けて家の中に入りました。少し薄暗い廊下に母親がいました。リビングの扉から光が差し込んで、母親の表情は見えませんでした。
父親の仕事が終わりました。いつも帰る前は妻にメッセージを送ります。「今から帰るね」普段ならそのメッセージに「はーい。気を付けて帰ってきてね」と返信が帰ってきます。しかし、その日は返事がありませんでした。家事で手が離せないんだろうと深くは考えていませんでした。
玄関の明かりが青白く鍵を照らしていました。カギを差し込み開けると、鍵が締まりました。「締め忘れたのか?」再びカギを回し、鍵を開けました。家の中に入り「ただいま」と言いました。廊下には妻と女の子が立っていました。リビングから漏れる電気の明かりで表情は見えませんでした。
その後、3日も無断欠勤を心配した父親の同僚が家で見つけたのは、家族3人の死体でした。急いで警察に通報した同僚はその後しばらくして退職してしまいました。それもそのはずです。あまりにも異様な死に方だったのですから。
家族3人はあるものを囲むような形でリビングで亡くなっていました。倒れてはいません。3人とも正座をして祈るように手を合わせた状態で囲うように亡くなっていました。3人は紙を囲んでいました。血で書かれた円に手形が一つつけられていました。とても小さな手でした。女の子のものではありません。せいぜい、1歳にも満たない赤子の手形でした。誰のものでもない手形がそこにはありました。
もちろん事件化され捜査はされました。しかし犯人の痕跡は一切なく、紙に使われていた血痕も家族誰のものでもありませんでした。
宗教団体との関連性はなく、捜査は全く進みませんでした。
奇怪な事件としてワイドショーでも取り上げられました。しかし、そのあとすぐに大物政治家の横領事件で徐々に取り上げられることもなくなりました。
お願いします。多くの人にこの事を知ってほしいんです。なので見つけてくださったあなたはこれをいろいろな人に送ってほしいのです。どうか、どうかお願いいたします。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。』
「チェーンメールじゃん」
私は田島に携帯を返しながら言う。
「私も、そう思ったんです。よくあるチェーンメールだって。出来心だったんです。返信しちゃったんです。「誰ですか?」って。そしたら…そしたら」
田島が涙を流しながら画面をスクロールして私に再度見せてきた。
『誰ですか?』
『キヨコです。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。』
『やめてください。チェーンメールですよね。』
『送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送ってください。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送って。送れ。送れ。送れ。』
田島はもう返信をしていなかった。
「わかった、ありがとう。とりあえず涙を拭こうか。」
私は田島に上着のポケットから出したティッシュを渡す。
「先生は、『キヨコさん』っていう学校の怪談を知っていますか?」
田島の肩をさすりながら小山が私に問いかける。
「いいえ、知らないわ」
「この高校の怪談なんです。キヨコさんっていう女の子が殺されて、北校舎の怪談に鏡があるじゃないですか。夜中その鏡をのぞくとキヨコさんが現れる。っていう。その噂にそっくりなんです。この話。だから」
「だから、このLINEを送ってきたのもキヨコさんって?」
「そうです。」
「うーん。先生はただのいたずらにしか見えないよ。とりあえずブロックしなよ。そしたら文章が送られることもないだろうし。」
「しました!」
田島が金切り声で叫ぶ。
言葉を紡ぐ事ができず、ただ嗚咽だけが空き教室に響く。
「…私に相談してきてくれた時も、同じことを言ったんです。ブロックしなよって。実際に目の前でしました。でも、またその夜中に同じ文章がくるんです。先生、どうしたらいいですか。」
田島に代わって小山が答える。目を見て思う。嘘をついているようには思えなかった。
「相談したのは小山さんだけ?他の生徒には言ってないの?」
「そうです。私にだけ相談してくれました。」
「そっか、わかった。そのアカウント、私のLINEにシェアしてくれない?」
「わかりました。」
田島が携帯を見て操作する。
昨今、クラスライングループには当たり前のように教師も参加するようになった。スマートフォンに疎い教師陣はなかなか適応できないらしいが、私は慣れたものであった。
この「キヨコ」と名乗る人物にどうにかメッセージを送ってくるのをやめさせる他ない。
「送りました。」
「ありがとう。もう一度ブロックして。それで明日また報告してくれる?」
「わかりました。」
「それと、この事は3人の秘密にしよう。正直、他の生徒に広まれば混乱を招く。賢いあなたたちだったらわかるでしょう?」
私はふんわりと小山と田島に釘を刺す。
混乱を招いて対処せざる得ないのは私たちだ。正直そうなると面倒臭い。薄給でこき使われる教師だからこそ、リスクはできるだけ犯すべきではないのだ。
賢いとあえて言ったのも、彼女たちに自覚させるためだった。この事が公に広がれば、PTAや教育委員会からもせっつかれるのは目に見えている。ましてや、私が担任を持っているクラスで混乱が起きれば評価にも響かざる得ない。
冷たく聞こえるかもしれないが、社会とはそういうものだ。
小山は、私が何を思って言ったのか察しているようだった。眉間に薄いしわを寄せ「なぜそのようなことを言われなければならないのか。この教師は解決する気がないのではないか」そう思っているようだった。いま彼女たちに「そうじゃないよ」と否定しても解決していない以上、メリットがない。私は席を立ち、「さ、帰りの準備しようか。」と2人に伝えた。
教室の窓の外は夕日が落ちかけていた。
2人は教室を後にする。校門まで送り、「気を付けて帰りなね」と声をかける。田島の表情は少し落ち着いていた。小山はそんな田島のそばにより「先生、さようなら」と行儀よく会釈をした。
2人が小さくなった時、ため息をつく。
仕事が増えてしまったこともそうだが、何よりも嫌がらせを対処するときはかなり体力を使う。
職員室に戻った後に私は改めて田島から送られてきた「キヨコ」を表示させる。
友達追加をした後、すぐにメッセージを送った。
恐怖はなかった。LINEができるということは人間であることには変わりがない。心霊にはめっぽう強いところがこういうところで役立つとは。
『初めまして。あなたから執拗にメッセージを送られた友人がいます。申し訳ありませんが、やめていただけませんか?』
あえて『友人』と書いたのは私自身の身分がばれることを防いだからだ。
ここで正直一辺倒に「私先生です」なんて言えるわけがない。
既読は、付かなかった。
夜中の2時までは。
学校の怪談だったもの 梅雨夏梅 @otibi6
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