第4話 推し活グッズに宿るモノ

「あの子は物精もののけに取り憑かれている可能性があります」

 電動キックボードを返却スポットに停めて振り返った先輩は出し抜けに言った。

「はっ、え? あ……はぁはぁ……」

 長い距離を走って急に止まったところに予想外の一言を告げられて呼吸ができない。

「そ、そんな、どうして……」

 どうしてあの人が取り憑かれていると思ったのか、どうしてあの人が先輩の店に来ていたのか、どうしてあの時……、ああ訊きたいことは山ほどあるのに息ができない。

「そもそも私が何故あの店を開いたのかですが……」

 僕の次の言葉を待たずに先輩が話し始めた。そこから話してくれるんですね。

「まず、ここ数年の物精もののけ事案にキャラクターグッズが絡むことが多くなっているんですよ」

 キャラクターグッズ? ……ってクリアホルダーとかTシャツとか? あとはアクリルスタンドとかも?

「先輩、物精もののけって確かに道具とか偶像とかに宿るものではありますけど、そんな大量生産のプラスチック製品? なんかに取り憑いて、力を持つことなんてできるんですか?」

 前を歩く先輩はチラとこちらを振り返り、やれやれといった顔で視線を外した。なんかむかつく。

物精もののけの力は想いの強さです。仏像、十字架、教会、モスク、このような信仰心を捧げる『場』に想いが集まれば、どんな物でも、どんな精霊でも力は強くなるのです。思念の世界の住人は想いを食べて強くなる、というのは我々除霊師には常識のはずでは?」

 ……ご教授ありがとうございます。それで先輩は推し活グッズショップを開いて、ん? それで推し活する人を集めて、グッズを売りつけて……

「じゃあ先輩は、あの店で物精もののけが取り憑くための霊媒になるグッズを売ってたっていうことですか?」

 ノルマを達成するためにわざわざ物精もののけを呼び出す手助けをしてるってこと? マッチポンプ? 自演乙? 悪質な不正だ! 背任行為だ!

「その逆ですよ。私の店の商品には、すべて私の霊力が込めてあります。物精もののけの気配を感知すれば私にすぐに伝わるようにしているのです。霊力を辿れば商品の在処ありかもわかります。推し活グッズに物精もののけが集まるのなら、その元を断てばいい、ということです」

 早とちりの勘違いでした、すみません。要は物精もののけによる被害を未然に防ぐことで組に貢献してるってことか。本当にこの人は頭の回転がお早いことで。

「今回のその子は常連さんなんですよね? 先輩の店のグッズを使ってるのに取り憑かれてしまったんですか?」

 もしかして、先輩の霊力破れたり〜ってこと?

「私の店はまだ作品のキャラクターグッズを置くまでの規模とコネがありません。おそらく物精もののけ顕現しとりついているのは別の店で買ったアクリルスタンド。使っているアクスタケースも同時期にウチではない店で買ったものでしょう」

 なるほどですね。先輩の店もまだまだ発展途上ってことだ。

「そこまでわかっていたら、あの場で除霊することもできたんじゃないんですか?」

「君が霊力ダダ漏れでレジに近づいたからですよ。それで物精もののけに感づかれて、警戒されてしまったんです」

 自分が足を引っ張っていることに逐一気付かされるとさすがにへこんでくる。……だったら店の手伝いなんかさせるなよ。

「もっとも、物精もののけが憑いているアクスタケースは肌身離さず持っているでしょうから、あの場で事を起こしたら、あの子に危害が及ぶ恐れもありましたけどね」

「でもよく推し活なんかに目を付けましたね。グッズショップまで開くなんて、やっぱり先見の明があるっていうか」

 多少ヨイショしておかないと、この人から見放されかねない。

「私は推しを愛する人に苦しんでほしくないだけです。推し活とは本来人生を豊かにするもの……。なのに人の寂しさに付け込んで己の霊位を高めようなど、許しがたき所業です」

 あ、そういえばこの人、ナチュラルに推し活が好きな人だった。

「着きました。ここに霊力の反応が留まっています」

 先輩が立ち止まって目を向ける。そこは【メゾン アルテミス】というプレートが掲げられた、小さなアパートだった。

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