第4話.啓示
結局、僕が退院できたのは更に三日後のことだった。ほぼ一週間、入院していたことになる。
打撲はきれいに治り、折られた骨も問題なくくっついた。こんな短期間で治るのはギフトの力によるところが大きい。この世界では、地球にはない不思議な力や技術で生活や命が支えられている。
「本当にお世話になりました」
入口まで見送りに来てくれたローラさんに深く頭を下げた。
ブランさんはもちろん、ローラさんにも感謝しきれないほど。何日も寝ずに僕の看病をしてくれたそうだ。
「まだ本調子じゃないんだから無理しちゃダメよ」
「はい」
荷物を持って診療所を後にする。荷物は僕が泊まっていた宿からブランさんが持ってきてくれていた。
僕の全財産は手に持っているこの荷物とほんの少しのお金だけ。手持ちの金はほとんど治療代に消えてしまった。ちなみに治療代は三十万ガルほどだった。
ローラさんは出世払いでもいいと言ってくれたけど、なんとなく甘えたくなかった。意地を張っていることは分かっている。それでもそうしたかったのだ。
さっさと支払いを済ませ、芹香たちに屈辱的な扱いを受けたことを僕は早く清算したかった。あいつらにまだ負けたわけじゃない、そう強がっていたかったのだ。
お金は手持ち以外にも、パーティー名義でギルドに預けていたものがあった。しかし、それはレバロスに行く前に芹香が全額下ろしていったそうだ。
五十万ガル近くあった。武具の買い替えや大きな怪我をした時の保険として貯めていたものだ。
暴行した上、更に金を奪っていった。あの優しかった芹香は変わってしまったのだろうか……。
芹香とは家が近く幼稚園からの付き合いで、小学校、中学校とずっと一緒だった。
幼い頃は本当によく一緒に遊んだ。鬼ごっこにかくれんぼ、それにゲーム。
外遊びは彼女には敵わなかったけど、ゲームではいつも僕が勝利。負けず嫌いの彼女は、何度も「もう一回!」って言って挑んできたっけ。
そんな僕らも四年生あたりからお互い同性の友達と過ごすようになり、一緒に遊ぶことはほどんどなくなった。まぁ、異性の幼馴染なんてそんなものだろう。
そしてそれから三年、僕らは中学校に入学した。部活は僕が陸上部で彼女は剣道部。
彼女は小学生の頃から兄弟と一緒に近所の剣道場に通っていた。たまに試合の応援に行ったこともある。
僕は特に陸上に興味があったわけじゃないけど、昔から足が速かったのでリレーの選手に選ばれることが多かった。
活躍すればみんなから褒められる、単純にそれが嬉しかったのだ。
とにかく毎日部活で汗を流し、速く速く、誰よりも速く、風よりも速くと、あの頃の僕はどうすれば速く走れるようになるのか、そんなことばかり考えていた。
彼女も剣道に打ち込んでいたようで、部長を務め大会では良い成績を収めていた。うちの学校の剣道部は割と強豪だ。
お互い接点のない僕らだったが、朝練や放課後の部活が終わる時間は大体どの部も一緒。そのため、家も近所なので通学路でよく顔を合わせるようになり、そのうち自然と一緒に登下校するようになった。
「なんか、こうして隼人と並んで歩くのって新鮮」
「そう? 昔はよく一緒に学校に行ってたよね」
一緒に行かなくなったのは、彼女といるところを同級生に見られたのが切っ掛け。
「そうだけど、だって隼人はいっつも私の背中に隠れてたじゃない」
そう言って彼女はクスクスと笑う。
体の小さかった僕は、いじめられないようにいつも彼女の後ろに隠れていた。でも、それは仕方のないこと。
彼女の誕生日は四月、一方僕は早生まれの三月。同じ学年なのに、僕の方が産まれたのが一年近く遅い。
幼い頃の一年の差は結構大きい。同級生の中でも僕はかなり小さい方だった。
「よくいじめっ子から守ってあげてたよね?」
「はいはい、その節は大変お世話になりました」
「あー、なんか心がこもってないぞ!」
不満げに、でもニヤリと悪戯っぽい笑顔で言う。
明るく活発な芹香。そんな彼女といる時間が単純に楽しいというのもあったけど、幼い頃とは違う感覚もあった。成長した彼女に、僕は『女』を感じていたのだ。
あの頃僕は彼女のことが気になって……、いや、好きだったんだと思う。だから、この世界に転移した日、彼女をあの場所へ呼び出したのだ。
昔のことを思い出しているうちに目的の安宿に着いた。素泊まりで一千ガルほど。
建付けの悪いドアにギシギシと鳴る床。壁は薄く隙間があり、部屋には粗末なベッドが一つあるだけ。
広さは四畳半……、はないな。もっと狭い。雨風がしのげて横になれる最低限の環境だ。
以前泊っていた宿に比べるとだいぶ酷い所だが、お金がないので仕方がない。しばらくは、このレベルの宿にお世話になる。早く慣れないと。
夕飯は来る途中の屋台で適当に済ませた。あとは寝るだけ。
僕はベッドに横になった。埃くさいし、いつ替えたのか分からないほど
診療所からこの安宿に移動し、なんか一気に現実に引き戻されたような気がした。芹香のこと、これからのこと、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
レバロスに行ってあいつらに復讐しよう……、いや、返り討ちに遭うだけだ。
もうあいつらとは関わりたくない……、いや、きっちり落とし前をつけさせないと。
永久機関のように、芹香とガリスへの憎悪が膨らんではため息と共に吐き出されるを繰り返している。
「う、ううっ、うっ、――」
なんだか涙が出てきた。憐れ、惨め、孤独、なにより理不尽な暴力に抗えなかった無力さ、そして行き詰まった状況に何もできない自分が本当に情けなくて。
……なんで僕ばっかり。
普通に学校に行って、陸上にちょっとだけ勤しんでいただけの僕。何か特別なわけじゃない。
それが、こんな異世界に飛ばされて、それでもどうにか生きていこうと、芹香を守ろうと、守らなくちゃと、仕方なく冒険者になって、ただ一生懸命やっていただけなのに、なんでこんな目に……。
どれくらい経っただろうか。粗末なベッドでうずくまり一人泣いていると、それは突然やってきた。
真っ暗な頭の中に、パァッと強い光が差したのだ。雲の切れ間から、陽の光が大地に降り注いでいるような感じだ。
同時に光が差す方向から何かがゆっくりと降りてくる。それは頭を抜け、首を通り過ぎ、胸の付近まで差し掛かった。
そして、その何かが胸の真ん中まで来た瞬間、降りてきたものが何なのかはっきりと認識できた。それは言葉だった。
――時間
僕は閉じていた目を開けるとガバッと起き上がった。涙を拭い、すぐさまステータス画面を開く。
ギフトの欄、そこには魔術の表記。そして、その下には見覚えのない『時間』という文字が輝いていた。
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