二章 双子と忘れられない幼なじみ

第7話

『ミカゲ君のことが好き!』


『バレンタインのチョコ、作ってきたんだ。受け取って?』


 ミカゲは幼い頃からよくモテた。


 父親譲りの緑がかった黒髪。きりっとした目は色素が薄く、周りから珍しがられた。肌は母親に似て白く、長い手足はモデルみたいだと囃し立てられた。実際、駅前を歩いてスカウトに声をかけられたこともある。ハルヒも共に。


 そのせいかバレンタインには毎年、大量のチョコを受け取っていた。


 ハートの形をした箱、ピンクや赤のリボン、LOVEと書かれたシール。皆、恥ずかしそうに顔を赤らめながら渡してくれた。


『これ、ミカゲ君にあげるね!』


 その中で彼女だけはいつもの明るい声で差し出した。照れたり、恥じらうこともなく。


「わ! ミカゲがちょーたくさんもらってる!」


「本当にモテモテね」


 バレンタインの日は迎えの車の中でチョコを数えるのが恒例行事だった。


 黒光りする車の後部座席で、黄色い幼稚園カバンと大きなビニール袋からチョコを取り出す。ビニール袋は大量のチョコを持って帰るのに困っていたら先生がくれた。これも毎年恒例だ。


 フランス人である母────リラは、バレンタインにチョコを贈る風習が珍しいらしい。様々なチョコを眺めて目を輝かせていた。


 彼女はほんのり翡翠色を感じさせる栗色の髪と、色素の薄い瞳を持っている。精巧な人形にたとえられる美しさは、ミカゲたちの自慢だった。


「ママも来年はマシェリにチョコをあげようかしら……」


「……ママ、お返しは何をあげたらいいと思う? ママだったら何をもらったらうれしい?」


「そうねぇ、バラやミュゲがいいわね。でも、マシェリからのプレゼントだったらなんでも嬉しいわ」


 母はその時のことを思い出しているのだろう。うっとりとした表情で頬に手を当てた。


 父は誕生日や結婚記念日だけでなく、何かある度に母に贈り物をする。今日の服装が似合ってるとか、料理がおいしかったとか。


 贈るのは花が多い。綺麗な布に包まれた一輪の花束を受け取っているのをよく見かける。それを花瓶に活けてほほえむリラの姿も。


 彼女はミカゲの頬をつついて目を細めた。


「あら、今年はちゃんとお返しをするの? いつもはボンボンをあげてたでしょ」


 ミカゲはお返しはなんでもいいと思っていた。しかしリラは息子に想いを寄せる少女たちのために、毎年フランスの老舗メーカーからキャンディを取り寄せていた。


 ミカゲは後で知ったことだが、お返しにキャンディをあげるのは”あなたが好き”という意味らしい。今思えば知らない内に愛を振りまき過ぎた、と後悔している。少女たちがそれを知っていたかどうかは今となっては知る由もない。


「たまにはいいだろ……」


 ミカゲはビニール袋にチョコをポイポイと放りながらむくれた。一つだけはそっとカバンの中にしまう。


「あー! ミカゲの顔が赤くなってるー!」


「うるさい!」


「それ、アルトがくれたヤツだよね。あたしももらったけど」


 カバンに入れたのは緑のリボンでラッピングされた四角い箱。手作りではなく買ったチョコを詰めてあると言われたが、初めての特別なチョコだ。


「アルトちゃん?」


「うん! 友だちなの」


「もしかしてミカゲはその子のこと……」


「ママまでやめろよ!」


 ミカゲは真っ赤な顔でそっぽをむいた。


 アルトからもらったチョコは、リラに”さすがにもう食べたほうがいいわよ”と言われるまで部屋に飾った。


 来年ももらえるといいなと思ったが、次の年にはアルトと離れ離れになってしまった。同じ小学校に通いたかったが、それは叶わなかった。






 双子が通う小学校は自宅から遠く、毎日車で送り迎えしてもらっていた。


 同級生たちが黒光りする車と運転手を見ると、”かっけー!”と顔を輝かせる。


 小学校では幼稚園で見たことのない顔がたくさんあった。しかし、彼らと仲良くなるのに時間はかからなかった。


 それと同時にミカゲが多くの女子から告白されるようになった。


「ミカゲ、また女子に告られたって?」


「二組の女子が泣いてるの見たぞ。他の女子たちに慰められてた」


 同級生の男子たちにからかわれ、ミカゲはそっぽを向いた。


 想いを寄せられるのは正直、悪い気はしなかった。だが、ミカゲには幼い頃から決めている相手がいた。


 活発で明るくて、ちょっとドジ。笑った顔は誰よりも可愛い。


「アルト……」


「どした?」


「ううん」


 ミカゲを前にすると顔を赤らめて硬直する少女が多い中、アルトだけは違った。


『ハルヒちゃんの弟なんだ! よろしくね』


 とびきりの笑顔で手を差し出されたのを今でも鮮明に覚えている。


 ハルヒと結託していたずらをしかけられても、からかわれても、その笑顔を見たら怒りがすぐに消えた。


 そんな感じなのでどれだけの美少女に告白されても、心はなびかなかった。しまいにはバレンタインチョコも受け取らなくなった。


 中学生になると同級生はさらに増えた。告白される回数は相変わらず。


「ミカゲ君のこと、初めて見た時から好きなんです。私と付き合ってください!」


 そんなある日の授業後、体育館の裏に呼び出されて行ったらこれだった。何が起こるのかは分かってはいたが、無視をするのはよくないと思って呼び出しには応じるようにしていた。


「ごめん、誰とも付き合わないって決めてるんだ」


 ミカゲは中学でかけるようになったメガネを押し上げた。周りによるとよく似合ってるらしく、モテたい願望のある男子たちがこぞって真似するようになった。


「好きな人とか……いるの?」


 女子はショックを受けたような顔をしていた。後ろで手を組み、つま先を見つめていた。


「……うん」


「それって同じクラスの子?」


「いや、皆が知らない子」


「他校の子とか?」


 随分グイグイと質問する女子だ。ミカゲは顔を背けると、”まぁそんな感じ……”とつぶやいた。


「幼なじみだよ。もうずっと会えてないけど」


「同じ小学校だったの?」


「幼稚園の」


「えっ……」


 女子の表情が固まった。口元を手で押さえ、震える。


 泣いてしまったのだろうか。ここで慰めても、そもそも原因は自分だし……とミカゲはおろおろした。こういう現場は何度遭遇しても慣れない。気の利いた言葉は言えないからだ。


「あのー……。大丈夫?」


「ミカゲ君!」


「お、おう!?」


「私は応援するよ!!」


 勢いよく顔を上げた彼女は、涙目ながらに熱く拳を握った。告白の後でこんな展開になるのは初めてだ。


「そんなに長く想っている幼なじみがいたなんて……。感動しちゃったよ! いつか会えるといいね!」


 物分かりがよすぎると言うか。アルトのことを話したことも、応援されるのも初めてだった。


 その後、その女子はいろんな人にミカゲがの長年の恋をふれまわったらしい。先輩後輩関係なく広まっていた。


 好きな幼なじみのことをからかわれるのは腹立たしかったが、おかげで告白されることがなくなったのは気持ちが楽だった。


 ハルヒには”ミカゲが断り続けるから女子は皆、恋愛対象外にしたんだよー”と鼻で笑っていた。











 ある日の日曜日。宿題で部屋にとじこもっていたミカゲは、リラに呼ばれてダイニングに入った。昼食の準備ができたらしい。


 海外から取り寄せたテーブル、椅子などの家具。家電は最新式のものばかり。


 テーブルにはテーブルクロスや花瓶が、棚の上には美しい花刺繍の小物が飾られている。ほとんどがリラが母国で収集したものだ。


「おっ、うまそう。今日はチャーハンか!」


「エビも入ってるー!」


 父、マコトとハルヒもそれぞれの自室から出てきたようだ。


 ハルヒは学校だと身長が高い部類で、男子よりも大きいことが多い。だが、マコトと並ぶと小さく見えた。


 それもそのはず、彼は身長が190センチもある。170センチ近くあるミカゲとハルヒのことをゆうゆうと見下ろすことができる。二人が長身なのは父の遺伝だ。


「今週は仕事がやっと落ち着いてきたんだ。来週あたりはもうちょっとゆっくりできそうだ」


「繁忙期お疲れ様。長かったわね」


 それぞれ席に着くと、レンゲを手に取った。


 リラもマコトも素朴な家庭料理が好きだ。最新式の家電でビーフシチューだとか角煮を作ることもあるが、それらに頼らずに生姜焼きや親子丼を作ることの方が多い。


 両親の影響か、ミカゲもハルヒもこういった料理が好きだ。


「二人は新しい学校はどう?」


「楽しいよ! もうすぐテストがあるのは嫌だけど、その後の修学旅行はめちゃくちゃ楽しみ!」


「修学旅行か。あの学校は関西方面に行くんだったっけ」


 休日は食事をしながら、家族でたわいもない会話をするのが常だ。ミカゲは一緒に出された中華風コーンスープをレンゲですくった。


「ミカゲ、好きな子とは進展あった?」


「母さん……!?」


 危うくスープを吹き飛ばすところだった。ミカゲは慌ててレンゲを下ろす。


 対してリラは澄ました顔で首をかしげた。


「だってあなたたち言ってたじゃない。アルトちゃんに会いたい、また一緒にいたいって。でもミカゲはそれだけじゃないでしょう?」


「そーそー! でもミカゲったら告白しなくってさぁー……」


「お前は黙ってろ!」


 ミカゲはテーブルの下でハルヒの足を踏みつけた。”いったぁーい!”と彼女は派手に飛び上がったが、レンゲを手放すことはしなかった。


「なんだなんだ、怖気づいているのか?」


「なんで父さんまで知ってるんだよ!」


 それが一番恥ずかしかった。どうやらリラ経由でずっとバレていたらしい。


「いいじゃないか、青春。父さんもできることならリラと学生時代を過ごしたいよ」


「そうね、映画みたいにマコトさんにプロムでエスコートされてみたいわ」


「ママったら映画の見過ぎ!」


「いいじゃない、絶対ロマンチックよ?」


「推しにあてはめたら最高でしかなくなってきた」


「でしょー?」


 キャッキャッと盛り上がる家族を見てミカゲはうなだれた。人の恋愛のことをおもしろがりやがって。


 残念ながら念願の幼なじみとの再会は、予想と大違いだった。


 アルトは一目ではミカゲだと気づかなかった。十年ぶりでは仕方ないのだろうが、何よりもショックだったのは笑わなくなっていたことだ。


 あの笑顔を向けられることを何よりも楽しみにしていたのに。


「……アルトは、俺に会えても嬉しくなかったみたいだ」


「どうして?」


 転校してきておよそ一ヵ月。アルトと過ごせる日々が戻ってきたのは嬉しいが、彼女は”ポーカーフェイス”と呼ばれていた。


 テーブルの上で拳を握ると、感情がうつったようにハルヒもうつむく。


 双子の様子に両親は顔を見合わせ、二人も食事を中断した。


「あのな。アルトちゃんがお前たちに会えたのに笑えなかったのには理由があるんだ」


「嬉しくないわけないじゃない、幼なじみなのよ」


「じゃあなんで……」


「お前たちに話していなかったんだが……。アルトちゃん、急に引越しちゃっただろ。実はな────」

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