ぬいぐるみの殺し方

ひす

第1話 ぺんたん

将来の夢をテーマに作文を書く宿題が出された。

漠然と小説家になりたいなとは思っている。

だから小学校の作文の宿題くらい別にどうということもない。

文章でならどう取り繕うことだってできる。

無難なことを書いて宿題は簡単に終わらせた。


「莉亜ちゃんすごいね。もう終わったの?」


部屋に人間は誰もいない。

私に声をかけたのは、胸に抱えたペンギンのぬいぐるみ。

本当のお父さんが私の3歳の誕生日に買ってくれた。

初めて誕生日プレゼントを貰ったその日から、ずっと私の唯一の友達。

お母さんよりも、ぺんたんのほうが私の話を聞いてくれる。


「これくらい余裕だよ。それよりぺんたん、新しく書き始めた小説なんだけどさ、なんか筆が乗らなくてね」


「異世界ファンタジーのやつだね」


「そう。やっぱり自分が書きたいのを書いたほうがいいのかな?」


「莉亜ちゃんが書いてて楽しいほうがいいと思うよ。ボクは前に書いてた恋愛物のほうが好きだったよ。ああいう路線でいいんじゃないかな」


ませた小学生が書いた妄想炸裂の恋愛物がいいだなんて、ぺんたんも変わり者だ。

ちょっとエッチな内容だったから、それを載せるのにアカウントの年齢を偽る必要があり、今ではそれが私の足枷になっている。


書籍化されたことのある人や、人気のある人の作品を参考にして書いてはみたものの、上手くいかない。

12歳の子供が書いたならすごいと思ってくれるかもしれないのに。


いや、Web小説なんて作者の性別も年齢も非公開がザラだから、私の才能がないことの言い訳くらいにしかならないか。


「ありがとう。ぺんたんは私の担当編集だね」


「ぬいぐるみとして持ち主に貢献するのは当然のことだよ」


人気作者にはなりたい。

書籍化やコミカライズ、アニメ化なんて無理だと分かっていても、その夢は捨てきれない。

そうなれば作者として勿論嬉しいし、憧れはある。

でも、ぺんたんに褒めてもらえるのは、同じくらいに嬉しい。


「背伸びしないで恋愛物を書くよ」


「そのほうがいいよ。でも…注意する必要があるよ。続編にするか完全新作にするか。あと、重要なのがひとつ」


ぺんたんは物事の善し悪しを忌憚なく言ってくれる。

その彼が何か意味深に言おうとしているのは意味があるはず。


大好きな友達のぺんたんの厳しいであろう言葉を、私は戦々恐々で待った。


「自分が書いたのに興奮してオナニーするのはいいけど、そのままの手でボクに触るのはよくないよ。ぬいぐるみはモフモフが大事だからね」


「そう…だよね。ごめんね、ぺんたん。でも抱っこしててもいいよね?」


「それは歓迎するよ。ぬいぐるみは、持ち主に愛されること以上の喜びはないからね。莉亜ちゃんの愛があれば、僕はボロボロになっても生きていけるよ」


優しいというか、献身的というか、ぺんたんは私のことを常に思ってくれている。

きっと愛ってこういうことなんだろう。


もういい時間だから、そろそろ寝よう。

遅くまで書いていたからといって、いいものが書けるわけでもない。


むしろ半分寝ながら書いたのを朝見て、悪い意味で驚くことのほうが多い。


「どうだ、莉亜?いいの書けてるか?」


その声はぺんたんのものではなかった。

本当じゃない偽者のお父さん…

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