正月から始まるモチモチ学園ラブ

三坂鳴

第1話 やわらかな日常と、甘い転校生

登場“餅”キャラクター


1. 餅乃 ノビオ(もちの のびお)

普通の丸餅の男の子。

伸びが良い柔らかい餅だが、まだまだ自分に自信がない。

優柔不断な面があり、恋の悩みでも伸びきれない。

料理クラブ所属。いろいろな食材に合わせるのが得意(が、自分の魅力には鈍感)。


2. 餅川 カビコ(もちかわ かびこ)

ノビオの家の隣に住む角餅の女の子。

角餅ゆえにちょっとクールな印象だが、中身はピュア。

長く放っておくとカビが生えてしまうという体質を気にしている。

幼少期からノビオを意識しているものの、素直になれないツンデレ系。


3.丸餅 アンナ(まるもち あんな)

「あんこ入り餅」の女の子で、甘い香りがする。

見た目は純白の餅だが、内側に控えめな甘さが詰まっている。

おっとりしているが、意外と芯が強い。

転校してきたばかりでクラスの人気者に。ノビオに興味を持ち始める。


4. 草餅 草太(くさもち そうた)

ノビオの大親友。

いつもまわりにさわやかな香りを振りまく草餅男子。

運動神経が良く、スポーツクラブのエース。

恋愛相談を受ける側だが、本人も密かに片思い中…?


5. 餅ヶ崎 ガク(もちがさき がく)

鏡餅の家系の御曹司。頭に小さなミカンを乗せたイケメン。

家柄の影響からかプライドが高く、高級感のある餅であることを自慢しがち。

アンナに一目惚れし、ノビオをライバル視する。


6. あべかわ先輩: きな粉餅がモチーフで、サッカー部で人気者。


7. ぜんざい先生: 常に甘く温かい眼差しで生徒を見守る家庭科担当。


8. お雑煮先生: 担任であり、いろいろな具材をまとめるのが得意。実は昔、鏡餅一族と因縁があったとか。


餅学園の校門をくぐるたび、餅乃ノビオは自分の柔らかさが少し誇らしくなる。

伸びのいい餅として生まれたものの、そのぶん形が定まらず優柔不断なのではないかと、いつも気にしていた。


「今日こそはきっちり伸び切ってみせるぞ」


そうつぶやいて教室の扉を開けると、隣の席の角餅がちらりと振り向く。


「また変な独り言言ってるわね、ノビオ」


餅川カビコは少し鼻を鳴らしながらも、どこか気にかけている様子だった。

角ばった体がクールに見えるせいか、クラスでも近寄りがたいと思われがちな彼女だが、ノビオから見れば昔からまっすぐで優しい幼なじみだ。

もっとも、カビコ自身は「放っとくとカビ生えるから」なんて冗談めかすこともあるせいか、人と一定の距離を取りがちだった。

ノビオは「おはよう」とやわらかく声をかける。


「ふん…おはよう」


そのそっけない返事は、なんとなくいつもの朝を感じさせてくれる。


一時間目のホームルームが始まると、お雑煮先生が穏やかな口調で言った。


「みんな、今日は転校生を紹介するよ」


教室の空気がふわっと緩んだかと思った途端、白くてつややかな餅が入ってくる。

まるで淡雪がふわりと舞い込んだようで、全員の視線がその姿に集まった。


「丸餅アンナです。あんこが入ってるから、ちょっと甘い香りがするかもしれないけど…よろしくお願いします」


ぺこりとおじぎをした彼女の姿に、クラス中が魅了された。

けれど、どこか控えめで柔らかな佇まいが感じられる。

ノビオは「すごい…ほんとに甘い香りだ」と胸の奥がくすぐったくなった。

ちらりとカビコの方をうかがうと、彼女は前を向いたまま動かない。

どうやら無関心を装っているらしい。


アンナはノビオやカビコと同じ班の席に座ることになった。


「えっと…隣、いい?」


アンナが小さな声でノビオに問いかける。


「もちろん。えっと、その…丸餅ノビオです」


ノビオは自分の名前を言いながら、なぜか少し伸びかけた。

柔らかい餅同士が隣にいるだけで、体がじわりと熱を帯びるような不思議な感覚があった。

カビコも少し目を伏せたまま、ノビオとアンナのほうをちらりと見ている。


「…よろしくね」


低めの声で言いながら、彼女はさりげなく椅子の角を整えていた。


昼休みになると、ノビオは楽しみにしている料理クラブに向かう。

餅学園には多彩なクラブがあり、運動系クラブのエースは草餅草太が一番有名だ。

しかしノビオにとって料理クラブは唯一、自分の伸びの良さを活かせる居場所だった。


「今日は新作のレシピにチャレンジしようと思うんだよね。うぐいす粉と砂糖醤油を組み合わせて…」


そう独り言を言いながら準備を始めていると、ひょっこりと顔を出したのが草太だった。


「よー、ノビオ。午後のサッカー練習が休みになったから、手伝いに来たよ」


爽やかな香りを振りまく草太は、背後から近づいても一瞬で草餅とわかる。


「いいね…俺も一応、餅だから包丁扱いは慣れてるんだ。ほら、だんだんと生地が伸びてきてるぞ」


草太が器用にこねる様子を見て、ノビオは「やっぱり運動神経いい奴は違うな」と感心する。


すると、遠慮がちに開かれたドアの向こうにアンナの姿があった。


「ここが料理クラブなんだよね。入ってみてもいいかな」


彼女は純白の表面をふにゃりとしながら、控えめな笑みを浮かべている。


「もちろん、誰でも歓迎なんだ。って、わ、アンナが来るなんて予想外だよ…」


ノビオはしどろもどろになりながらも、彼女を中へ通す。


「うちのあべかわ先輩はサッカーの練習でいないし、今は僕と草太だけなんだ」


すると草太がにこやかに会釈をした。


「アンナちゃんだよね。俺は草太。今は餅で料理って言ってもシンプルな試作ばかりだけど、よかったら一緒にやろうよ」


アンナは「よろしくお願いします」と言いながら、のし台に置かれた生地に指先をちょんと乗せた。


「もちもち…すごいね、やっぱりお餅同士が作ると生地の扱い方が上手なんだ」


ノビオと草太は顔を見合わせ、なんとなく照れくさい気持ちになる。


アンナの甘い香りに包まれる空間は、いつもよりも少しだけ心を浮き立たせてくれる。

ノビオは緊張を隠そうと、わざと鼻歌まじりに生地を伸ばしてみたが、少し弾力が緩くなっているのを感じた。


「ノビオ、なんだかさっきより柔らかいな。大丈夫か?」


草太が不思議そうにのし棒を動かしながら尋ねると、ノビオは顔を赤くして「な、なんでもないよ」と急いで形を整えようとする。

アンナはそんなノビオを見て、くすっと笑った。


「ふふ、なんだか楽しそう。私、転校したばかりだけど、ここの雰囲気すごく好きだな」


ノビオは照れ隠しに「よかったら明日も来てよ。いろんな味の組み合わせ、これから実験していこうと思ってるんだ」と提案する。

アンナは嬉しそうに頷き、「うん、やってみたいことがいっぱいあるかも」と瞳を輝かせた。


その日の放課後、カビコがノビオの下駄箱の前で腕を組んで待っていた。


「料理クラブのあとにアンナと一緒に帰ったんだって?」


ノビオが「え、うん…まぁ一緒に途中まで。帰る方向が同じだったからさ」と答えると、カビコは少しうつむくような仕草をする。

角餅の彼女の硬そうな表面が、どこかもどかしそうに揺れているようだった。


「…ふーん。別にいいけど」


その声が少し低くなった気がして、ノビオは理由もなく申し訳なさを覚えた。


「なんか、あいつはまだ慣れないからって言ってたよ。いろいろ案内してあげなきゃいけないな」


気まずさをはらおうと声をかけるが、カビコは靴箱から自分の上履きを取り出し、「余計なお世話しすぎないでよ」とだけ言い残して歩いていった。

その後ろ姿を見ながら、ノビオは少し伸びきれない自分を感じてしまう。


翌朝も、いつもと同じように始まるはずだった学園生活が、アンナという新しい甘い風を迎え、少しだけ違った香りを帯び始めている。

ノビオがこのわずかな変化をどう受け止めるのかは、まだ誰も見えていない。

けれど、これからどんなふうに心が伸びたり縮んだりするのだろうと想像するたび、彼の胸にはほんのり温かな期待が混ざっているようだった。

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