第2話 オタク、推しの婚約者に鬱。

 ミオ様の使用人となって一か月ほど。彼女の嵐の如き振り回しが幸せで仕方ない私は、今、最高にどん底の気分にいた。



 ミオ様と一緒にいすぎて逆に嫌気がさした? 何を言っているのその目は壁なのかしら。ミオ様の望むこと全てを叶えるのが私の幸せなのよ。そんなこと、月とスッポンが蜜月ランデブーするほど有り得ないわ。


 他の使用人にいじめられた? いいえ、むしろミオ様の相手をせずにすむと泣いて喜ばれているほどよ。


 前世が恋しい? 違うと言えばウソだけれど、それよりも今が私の最高の瞬間なので全く持って違う。今もそわついている超絶キューティクルミオ様を眺めるのに忙しい。あぁ、今日もミオ様は美しい。どうしてこんなにも可愛いが具現化されているの? それはミオ様だからよ。あぁッ! ミオ様がきゃわいいッ!!


 そうではない。今はそうじゃないの。

 ここは、お屋敷の中でも一番の客間。そこでミオ様はソファに腰かけ、今か今かとその到着を待ちわびている。我慢しきれずにソファでぽよぽよ小さく跳ねている姿があまりにも後光。理由が理由だけに、素直に笑顔が作れない私は万死だろうか。奥様も微笑ましそうに眺めていらっしゃるが、そろそろ止めないと扇の鞭が彼女に飛ぶだろう。


「リリ! 彼はいつになったら着くの!?」

「ミオ様、そう焦らずとももう少しでお着きになりますよ……」

「もう! 今日のアナタ、朝からそんな顔じゃないの! 見るにたえないわ! 口をぬいあげるわよ!」

「ミオ様が望まれる顔になるのなら、喜んでお受けいたします……」

「じょうだんよ! 本気にするんじゃないわよ!」


 ぷりぷりと頬を膨らませるミオ様。赦されるならば、そのまあるい柔肌に指を沈めて断罪されたい人生でした。


「今日は待ちに待った、わたくしの婚約者が来るのよ! わたくし、もう立派なしゅくじょですもの! 完ぺきなわたくしを見せてさし上げるわ!」


 今日は彼女の婚約者が直々に挨拶をしに来るのだ。ミオ様の婚約者とは、この国の王子。普通はこちらから挨拶に行くものだと思うのだが、何故か旦那様が嫌がったそう。まあ、あの人ミオ様のこと溺愛してるものね。自分の娘を外に連れ出したくないのでしょう。


「はい、それはもう、とても、楽しみでございますね…………」

「リリ! それ以上、わたくしのはれぶたいに雲を流すようなら、今ここでクビにするわよッ!」

「ミオ様! お相手がどんな殿方か楽しみですねッ!!」

「それでいいのよ!」


 フンッと鼻を鳴らすミオ様に許しを得た私は、引き攣る笑みを張り付けてみせた。周囲の使用人達が「いいんだ、それで」みたいな顔をしているけれど、私、気にしない。だってミオ様の使用人を辞めるなんて考えたくもないのだから。


 コンコンコンッ


 そんな思いに耽っていると、扉をノックする音が響く。奥様の目配せに頷く使用人が、ひとつ返事をして扉を開けた。

 部屋に入って来たのは、騎士と思える男と使用人を連れた美少年であった。


「失礼、アースランド夫人。予定より到着が遅れてしまった」


 そうかしこまるのは、騎士然とした壮年の大男。グレーの髪をぴっちり後ろに流し、彫りの深い顔は気難しそうな武骨さを感じる。奥様はにこりと笑みを浮かべ、立ち上がって彼らへと近付いた。


「いいえ、王都からここまでは遠いですもの」


 軽く会釈し、奥様はくるりと美少年に向き合う。


「御機嫌よう、リオル王子。お変わりない様子で、嬉しく思いますわ。ミオ」

「! ごきげんよう、リオル王子。お会いできてコウ栄ですわ!」


 奥様に名を呼ばれ、やっと出番かという顔でミオ様も奥様に倣ってスカートをつまみ上げる。スッと上げた顔には、いつもよりも自信にあふれた雰囲気でとても可愛らしい。しかも、今日はなんと赤いリボンで髪を結わえているのだ。先ほど正面で見た時、猫耳が生えているように見えて大声を出しかけたのは秘密だ。


 ミオ様の後ろに控えながらそんなことを考えていると、目の前の金髪美少年ことリオル王子が、少し怠そうに口を開いた。


「あぁ、そう」


 それだけ言って、リオル王子はハチミツ色の瞼を伏せてふいと顔を逸らす。まるで、ミオ様に興味関心がこれっぽっちもないとでも言いたげな態度だ。

 小さく、頭の中からブチッという音がした。


「(は? 態度悪いだろこの野郎)」


 すらりと垂れるハチミツの髪に、少し角度をつけた美少年の横顔のなんと絵になること。ターコイズのような青い瞳を囲む睫毛もまた、彼を絵画的に思わせる。ここに彫刻家でもいれば、彼をモデルにした美しい彫刻を王室にでも飾るだろう。いや、確かすでに彼の彫刻は飾られているのだったか。

 まぁ、そんな美貌とやらが免罪符になるわけがないがなッ!


 そう、私がこれほど気分が乗らない理由はこの男なのだ。

 国王待望の息子である彼、リオル王子。

 生まれてくる子どもが女子ばかりだった国王陛下が、王妃との間にようやっと誕生した末の息子。陛下や王妃はもちろん、城の住人や貴族達もこぞって彼を丁重に扱い、蝶よ花よと育てた。

 それゆえか……


「もういいだろう。挨拶はした」

「あら、そうおっしゃらず。長旅でお疲れでございましょう、お茶でも飲んでいかれては?」

「それがいいわ! リオル王子、こちらにお座りになって!」


 気怠そうに言うリオル王子を引き留めようと、奥様とミオ様がソファに促す。しかし、彼はスッと一瞥して


「別に。キミ達と話すことなんてないし」


 そう言って、彼は背中に流れる長い三つ編みを猫の尾のように揺らしながら、使用人達の間をするりと抜けて行った。それに戸惑うミオ様は、彼が何を言っているのか本気で理解できない表情で唖然としている。


 そう、この男。周囲の甘やかし方が下手なばかりに、とんでもない不躾高慢王子に育てしまったのだ。ゲーム本編ではここまで酷くはないが、自分大好き野郎を遺憾なく発揮している。中二病が高校まで引きずってしまいキャラ変ができなくなったのか? と言いたくなる具合で、ナルシストと俺様を掛け合わせた発言が目立っていた。正直言って、私個人としては受け入れられないキャラクター性で、ひたすらにこの男とのフラグだけは避けまくっていたのを覚えている。今も何故、あのナルシスト発言が人気だったのかよく分からない。分かりたいとも思わないが。


「王子、それはなりませんぞ。こちらは遅れてきた側なのですから、そのようなお言葉は失礼でございます」


 困ったようにため息を吐きながら、壮年の騎士が行動を咎める。いいぞ、もっと言ってやれ。

 それに対して、リオル王子は立ち止まって、呆れたような顔で振り向いた。


「別にボク、ここに来たいだなんて言ってないんだけど。そちらのお望み通り来てあげただけいいでしょ」


 言い残すと、彼はちらりとミオ様に視線を流す。

 驚きで目を丸くしていたミオ様をしばらく見つめると、何を思ったのか彼は「はっ」と鼻で笑ったのだ。


 は?? なんだこのクソガキ。埋めてやろうか。


 怒りで私の血管の一本か二本が切れた音がしたのと同時に、鼻で笑われたことに反応したミオ様が、細かな装飾のされたドレスもお構いなしに、勢いよくリオル王子に向かって駆け出した。


「ミオッ!?」


 奥様の呼びかけも無視し、騎士や使用人の遮る手も潜り抜けたミオ様。

 鋭い眼光で狙いを定めると、齢七つの幼女とは思えない跳躍で、リオル王子の腹に飛び蹴りをかます。

 それは、それはもう素晴らしいライダーキックでした。


「ミオ様ぁぁああッッッ!!??」


 混乱する客室の中、私の絶叫が響き渡った。

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