同担拒否強火オタク、推しの悪役令嬢を今日も支えていきます!~愛しのあなたと紡ぐ悪逆生活~
家守7676
第1話 オタク、推しの幼少期に涙する。
「私」が目覚めたのは、突然のことだった。
「アナタがわたくしの新しいせわ係ね? 同い年と聞いていたけれど、ずいぶんな間抜け面ね。いいこと? わたくしの言うことはぜったい! これだけおぼえている簡単なおしごとよ!」
目の前で「私」に指を差す七歳ほどの少女は、どこまでも自信に溢れ、燃えるような緋色の大きな瞳が爛々と輝かせている。短く揃えられた金髪はウェーブがかりながら光を反射して煌めき、深紅の可愛らしいドレスが一層彼女を際立たせていた。
「……ミオ、さま」
覚えのある声よりも子どもらしい高い声色が、自分の口から溢れ出る。少女は少し不思議そうに首を傾げながら、すぐにふふんッと胸を張った。
「? そうよ! もう仕えるべき主の名前を言えるなんて、まぁまぁみこみがあるじゃない! アナタ、名前はなんて言ったかしら」
「わた、し……は」
笑みを崩さず私の返答を待つ彼女の姿が、だんだんとぼやけて見える。ツーッと頬を流れたのが自分の涙であると気付くより早く、私はその場に両膝をつき、彼女を見上げた。
「リリアナ・ムーン。今日からミオ様の忠実なる僕となり、貴女様にすべてを捧げる者の名でございますッ」
床に広がるスカートはシワを作り、幼子が使うにはあまりに違和感しかない口上を述べ涙を流す私を、彼女はぱちくりと瞬きしてから笑みを深めた。
「いいわね、アナタ。気に入ったわ! このミオリエルに仕えることをコウ栄に思いなさい!」
「はい!! 精一杯務めさせていただきます!!」
周りの大人達が動揺する中、私の視界には、世界一美しい主の姿しか映ることはなかった。
◇
私には、いわゆる前世の記憶がある。
特筆するほどの個性も、語れるほどの過去もない、ごく一般的な家庭に生まれた一人っ子の娘・佐藤かおり。社会人となって奔走する日々の中、唯一本音で語らえた友人と宅飲みをした帰りを最後に切れた記憶には、ひとつだけ普通ではないものがあった。
それは、「推し」である。
私が前世で大変楽しませていただいた乙女ゲーム「乙女に口づけを」、通称「オトヅケ」。プレイヤーが操作する主人公が攻略対象キャラ達と共に、苦難あり笑いありの学園生活を謳歌するというもの。それと言って難しい操作もなく、ストーリーやキャラクターも多すぎない、手頃なゲームとしてちょっぴり人気がある。
そんな中でも、私が人生で初めて「推し」に出会ったのだ。
そう、ミオ様である。
攻略対象の男子や対象外のキャラ、果てには主人公にまでファンがつく中、圧倒的にその対象とされない彼女に、私は心を奪われたのだ。
攻略対象の内の一人、リオル王子の婚約者である彼女は、家柄もよく実力も上澄み。勉学も優秀で憧れる要素しかない彼女だが、ひとつ大きな欠点があった。それは、圧倒的女王様気質の自己中心的な性格であった。
自らの障壁となるものを実力と尊大な態度でなぎ倒し、気に入らないものには何様私様ミオリエル様を声高々に踏み抜く。その態度は王子に対しても変わらないため、リオルは本編でもよく彼女に対する愚痴を溢しまくっていた。
そんなミオ様は、その性格ゆえにプライドも高い。大抵のことは力強い笑みで気にも留めないが、婚約者であるリオルと親しくする主人公に「無礼者!」と怒り狂うのだ。リオルに恋をしていたわけではなく、あくまで「所有」欲から主人公を目の敵にした彼女は、ことあるごとに主人公の前に立ちはだかり、恥をかかせて高笑いをする。
ある時は、魔法力試験にて主人公を打ち負かした時。いわゆる負けイベに発した煽り文句。
『貴女、口だけはよく吠えるけれど、芸のひとつも覚えられないのね。まあ、その鳴き声では番犬にも向いていないけれど』
ある時は、リオル王子と世間話をしている所に笑みを浮かべて。
『平民は、婚約者のいる殿方にも手を付けるのが普通なのかしら。随分と獣染みた文化なのね』
またある時、夏イベの合宿先で息を切らす主人公に。
『あら、その程度で根を上げるのかしら? 貴女が普段している鍛錬とやらも、たかが知れているわねぇ?』
ある時には、モブ学生と揉めて口論になった時も。
『わざわざ貴族の為の学園に入ったのに、貴族の礼節も知らないなんて……本当に、見ていて恥ずかしい子ね? 貴女』
そんな彼女の態度や性格、鋭い発言諸々に苛立ちを募らせるプレイヤーも少なくない。前世の私が何度、ミオ様関連のアンチコメやまとめ動画を目にして発狂したことか。思い出すだけでも腸が煮えくり返る。まぁ、アンチものでなくとも、他の人間が考えたミオ様は解釈違いが過ぎてひたすらミュート&ブロックをしていたけれど。
そんな彼女だが、しかしそこが良いのだ。声を大にして言いたい。
誰よりも自信にあふれ、徹頭徹尾貫く唯我独尊感。誰をも振り回し、何をもの追随を許さない。口を開けば放たれるキツイ言葉も、何者に文句を言わせない覇気。波打つ金糸の髪が彼女のイメージカラーでもある深紅のドレスによってその輝きを増し、鋭くもハイライトに煌めく緋色の瞳は正しく太陽だ。
だが、だからと言ってミオ様を推せ、などということは言わない。というか無理。衆目に晒されるミオ様とか考えられない。ふざけるな、見るな。私のミオ様よ。キャッ! 「私の」とか烏滸がましいッ! なに見てんだ、見世物じゃないのよ。
そんな彼女の手となり、足となれる今生。前世への望郷がないわけではないが、今はこの世界に産まれることができたことに喜び、満喫することが先決なのよ。ありがとうお母様、ありがとう世界の神だか。
「リリ! 今日のドレス、やっぱりちがうのがいいわ! すぐにべつのモノを持ってきてちょうだい!」
そう言い両拳を腰に置いて声を上げる少女。短く切り揃えられた金色の髪を揺らし、キラキラと輝く緋色の瞳に私を写す彼女こそ、私の使える主、ミオリエル・アースランド。数少ないファンからは、親しみを込めて「ミオ様」と呼ばれている。本当は違う呼び方をしたいけれど、口触りが良い愛称が浮かばないのでこちらで読んでいる。自分の妄想力の限界に拳が痛い。
「はい、ミオ様! すぐにお持ちします!」
突然の命令に満面の笑みで駆けだし、ドレスが並べられた別の部屋から四着のドレスをシワにならないように運ぶ。
「おそい! わたくしのめいれいは一分ですませなさい!」
「申し訳ありません、ミオ様!」
それほど掛かっていない時間でも声を上げる彼女に元気よく謝罪をしながら、ベッドにドレスを並べていく。ミオ様は真剣な顔でそれらを吟味すると、ピッと深紅のドレスを指差す。
「今日はこれにするわ! リリ、早く着替えのじゅんびをなさい!」
「はい、すぐに!」
彼女のこういったワガママは、今に始まったことではない。
寝起きはいいけれど朝の準備に時間はかかるし、好き嫌いはしないけれど気分じゃなければ食事も変えさせる。勉強はできるが家庭教師に対して反抗的。気分が変わるたびに使用人達を走らせる彼女に、多くの者達が辟易としている。私を除いて。
「うん、いいわね! やっぱりわたくしにはこの色が合うわ! リリもそう思うでしょう!」
「はい! 緋色のドレスがミオ様の柔く美しい白肌を際立たせ、金糸で刺繍された模様がミオ様の御髪をさらに煌めく金色へと魅せております! 今日のミオ様は一段と美しいです!」
「ふふ、あいかわらず口がたっしゃね。それでいいわ」
「お褒め頂き光栄でございます!」
ちなみにこのやり取りは毎朝している。思ったことをそのまま口にするだけで柔こい頬を紅潮させるミオ様のなんと可愛らしいことか。幼少期に転生できた私という魂、ちょっと徳詰み過ぎじゃないかしら? 素晴らしいわ、ありがとう前世の私。あの時の労働や善行は無駄じゃなかったわ。
前世の私は常日頃から「ミオ様の生活を見守りたい。例えば服とか」と言って、よくオタ友から感情のない返事をされていたが、念願叶っての使用人になれたのだ。残念ながら、彼女の衣服となって身にまとわれることはなかったが、仕方がない。
「リリ、今日のよていは?」
「はい。奥様との朝食の後、読み書き、糸紡ぎ、それから……」
「いつも通りね。なら早く行きましょう、お母様に叱られてしまうわ」
「かしこまりました」
予定を言い終わらない内に鼻を鳴らして、金の短髪を揺らしながら扉へと歩き出すミオ様。彼女は確かにワガママも多く、常に他者に対して高圧的ではあるが、それに足る程度に賢く、優秀である自覚がある。礼儀作法を教える奥様はもちろん、刺繍や読み書きを教える先生方も、ミオ様の優秀さゆえに手を焼いているらしい。
「(他者に文句を言わせないその聡明さ。やはり幼い時からミオ様はミオ様足らしめている! はぁッ! 使用人立候補した記憶ない頃の私、マジでぐっじょぶ!)」
「リリ、その顔やめなさいと何度も言っているでしょう! だらしがないわ!」
「ハッ! 申し訳ありません! ミオ様の素晴らしさを改めて痛感し、つい頬が緩んでしまって……! 器具で固定いたしますか!?」
「おやめなさい! それこそ見苦しいわ!」
「申し訳ありませんッ!」
バサリと言い捨てるミオ様の言葉に倒れかけながら、廊下をずんずん歩いていくミオ様の後ろをついて行く。
あぁ、歩くたびに揺れる髪がとても輝かしい。ミオ様の歩いた場所から花のいい匂いがする。後ろからも見える赤いおべべがあまりに眼福。これが至高。私の幸せなのね。
「ミオ様、どこまでもついて行きます!」
「当たり前よ。アナタはもうわたくしのモノなんだから」
私はリリ。かおりという前世を捨て、今生は推しの従順なる僕となります。
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