第2話 女神の眷属と剣神の末裔
明るい日差しで目が覚める。朝だろうか。俺は倒れた姿勢から立ち上がり、周囲を見渡す。辺りには草木が生い茂っていた。多くの木々が立ち並び、出口が見えないので、恐らく森の中だろう。
しかし、どういう状況であろうか。女神様から頼みごとをされたのは覚えているが、俺はまず何から始めればいいのか。もう少し情報が欲しいところである。
「女神様…もう少し説明が欲しいのですがー!」
俺は叫んでも、返事はない。大声を出すと、辺りの静けさがより一層強く感じて、孤独を感じ始める。不安な気持ちも湧き出てきて、頼みごとを安請け負いしたことを、少し後悔する。
「これから、どうすればいいんだ…」
「何かお困りかな?ツバサ様」
当然、背後から高い声が聞こえる。
「な、何だ?」
振り返ると、そこには虹色の翼を持つ、白くて丸い獣が浮いていた。大きさは人の顔ほどあり、顔はどことなく猫に似ている気がする。
「空飛ぶ…猫?いや、ハムスター?」
「ちがーう!!吾輩の名は、ラッキー!!歴とした女神様の眷属、妖精獣だよ!」
ラッキーと名乗った珍獣は、背中の翼を激しくパタパタとしながら抗議する。
「妖精獣…?」
「うん!そうだよ!吾輩は女神さまより、あなたのサポートを仰せつかったんだ!」
ラッキーはモフモフした白い胸を張りながら、誇らしげに語る。
「君が手伝ってくれるってことか?」
「そうだよ!この世界にいる神々の末裔、その中でも問題を起こしている人達のもとへ、君を案内するよ!あと、この世界について聞きたいことがあれば、なんでも言ってね!」
ラッキーは俺の周りをあちこち飛び回りながら話している。見たことの無い生き物であるが、フォルムがハムスターと猫を足したような感じで可愛い。話している内容からも、女神様から遣わされたというのは本当なのだろう。
「なるほど、じゃあ頼らせてもらおうかな?」
「うん!何でも言って!」
「まず、ここはどこなんだ?」
「ここは
「ハリセンボン山……なんか日本語っぽい名前だ」
「翻訳してるからね!」
「なるほど。それにしても、ハリセンボンって面白い名前だな」
「山頂の付近には巨大な剣や槍などの武器が刺さっていてね、その様子を遠くから見ると、針が沢山刺さっている様に見えることからハリセンボン山と呼ばれているらしいよ!」
「へえ、ちょっと物騒だな。でも、なんでそんなところに俺は飛ばされたんだ?」
「ここには神々が使っていた沢山の武器があるんだ!これから神の末裔達を鎮めるうえで、戦う術が必要になるから、ここでツバサ様に合う武器を見つけよう!」
「確かに武器は必要かもな。でも、武器なんて扱ったことないぞ」
「ふふふ、安心して!女神様から力を譲渡されたツバサ様は既に人ならざる存在になったんだ!女神様は戦闘に秀でたお方ではないけど、それでも普通の人間を小指で吹き飛ばせるほどの力を持っているんだ。きっと、ツバサ様も強くなってるから、闇雲に剣を振り回すだけでも、かなりの脅威になるはずだよ!」
「そうなのか、だといいけどな」
俺はラッキーに案内されながら山頂付近へと向かうことにした。森の中をラッキーと共に歩いて進んでいくと、所々古びた武器が落ちている。折れたものやボロボロのものが多く、激しい争いごとの痕跡が窺える。また、そこらに生えている木々はとても背の高いものばかりで、歴史を感じる。
「しかし、随分と大きい木ばっかりだな」
「そうかな?それほど大きな木ばかりじゃないと思うけど」
ラッキーの不思議そうな表情を見て、俺は自分が小さくなっていたことを思い出す。
「身長が縮むと、見える世界が変わって新鮮な気分だ」
俺の二メートルあった身長は、体感だが百六十センチほどになっていて、小学生だった頃の感覚を思い出す。
「そう言えば、ツバサ様は女神様に姿を変えてもらったんだよね!女神様から聞いたよ!」
「ああ、前は身長が二メートルくらいあったんだ」
「へぇ、今の姿からは想像もつかないね!それにしても、女神様にそっくりだねぇ、まるで親子だよ!」
ラッキーは俺の周囲を回りながら、まじまじと俺を見ている。
「えっ?そうなのか?そういえば、女神様には俺の見た目を変えてくれって頼んだけど、その後どうなったのか見てなかったな」
「それなら丁度近くに池があるから、見てみたら?」
ラッキーはそう言うと、俺を半径十メートルくらいの池に案内する。俺は池に近くで屈み、自分の顔を確認する。
「うおっ、こんなに変わってたのか?」
池に映る自分の顔を見て驚嘆する。ラッキーの言う通り、俺が見た女神様とそっくりな顔になっていた。そう言えば、意識を失う前に、女神様が俺を可愛くなったとか言っていたことを思い出す。
「恐くなくなったのはありがいけどな…でもこれじゃあ女の子みたいじゃないか」
「女の子みたいも何も、ツバサ様は女の子になってるよ!」
「え?」
そこで初めて気づく。股間にあるはずの感触が無いことに。
「まさか!」
俺は自分の胸と股間を触って確認する。胸を触った右手にはふわりとした柔らかい感触があり、股間に触れた左にはあるべき感触が無くなっている。
「お、女の子になってる…」
「今頃気づいたの??あははは!ツバサ様は結構鈍感なんだね!」
ラッキーは俺の周りを飛び回りながら、腹を抱えて笑っている。
「……ま、いっか!恐い見た目じゃないなら、なんでもいいや」
「切り替え早!!流石は女神様が選んだお方…並大抵の感性ではない……」
ラッキーは身体を戦慄させながら目を見開いたが、咳払いをしてすぐに表情を戻す。
「ねぇ、ツバサ様…」
「何だ?」
「ツバサ様は…女神様みたいな姿になってるわけだけどさ、もしも本当に女神様になったとして…この世界を自分の好きなように変えられるってなったら…どんな世界にしたい?」
ラッキーは俺を真剣な眼差しで見つめる。急な話で、ありえない仮定であったが、その瞳を見ると、しっかり答えないといけないような気がした。
「うーん、今この世界がどんな世界かはわからないから何とも言えないけど…そうだな、皆んなが笑顔で暮らせる世界にしたいかな…」
それは上辺の綺麗事ではなく、俺の本心からの言葉だった。ありきたりで、子供っぽい答えだったかもしれない。でも、何故かはわからないが、自然とその答えが頭に浮かんだ。
「プッ…ふふっ!」
ラッキーは気の抜けたような表情をしたかと思うと、堪えきれないといった感じで吹き出す。
「な、なんで笑うんだよ」
「ごめん、ごめん!…でも、なんとなく、ツバサ様がどういう人かわかったよ!確かに、君ならできるかもしれないね!」
「できるって、なにが?」
「女神様からのお願いさ!じゃあ気を取り直して、武器を探しに行こう!」
「あ、ああ、そうしようか」
俺とラッキーは、池を離れて山の頂上に向かって歩み始める。そして、池を離れてから、体感で一時間ほど歩くと、不意に俺の前にいたラッキーが止まる。
「むむ、人の気配がする!それも、神格を纏った人間……おそらく、神の末裔の一人だね…」
「えっ、もう来たのか?まだ武器も持っていないのに…」
「神の末裔だからといって、悪人とは限らないけど、ハリセンボン山にいる時点で怪しいな…。とりあえず、隠れて様子を伺おう!」
ラッキーはそう言うと、俺を大きな木の裏にある茂みに押し込む。
茂みの中から辺りを眺めていると、三人の人影が見えた。その者達は、全員金属でできた小汚い鎧を頭や胸に付けており、髭を無造作に生やしたその顔つきは、正に蛮族と呼ぶに相応しい風貌であった。中でも、真ん中にいる身長の高い男は、若く見えるが、威圧感は三人の中でも抜きん出ている。また、野蛮や風貌とは裏腹に、歩き方などの所作は所々気品を感じさせられた。
「むむむ…あれは恐らく剣神の末裔だね……」
「わかるのか?」
「うん!
中央の男の額を見てみると、額に二本の剣を交差させた赤い模様が刻まれていた。
「剣神の末裔は貴族階級に位置しているはずだけど、あれはどこからどう見ても山賊だね」
「落ちぶれた…とか?」
「かもしれないね。ごめんね、
「そうだな…ひっ!」
俺がラッキーの提案を受け入れた瞬間、一本の剣が俺の頭上を掠める。
男達の方を見ると、男はこちらに向かって何か喋っているようだった。
「み、見つかったぞ!どうしよう、ラッキー!」
「こ、こうなったら、一か八か交渉してみよう!」
俺とラッキーは茂みから両手を上げながら出ていく。
「え、えっと、俺はツバサと言うものですが…えー、敵意はありません…一度お話ししませんか?」
俺がそう言うと、三人の男たちは揃って首を傾げる。
「あ、あれ?伝わってない?」
「あ、忘れてたけど、エクスフィルズで日本語は話されていないよ。ツバサ様には翻訳魔法を掛けておくね!」
「そんな便利なものがあるのか」
「うん!じゃあいくよ!『
ラッキーは呪文らしき言葉を唱える。そして、俺に向かって両手をかざすと、幾何学的な模様の魔法陣が空中に浮かび、虹色の光が俺に降り注ぐ。
「これで、問題ないはずだよ!」
「ありがとう、助かります」
「おい、何をしている!次怪しい動きをしたら首を刎ねるぞ!」
剣神の末裔と思われる男が俺たちに剣を向ける。
「えっと…私達は怪しいものではありません!私は、とある方に頼まれ、この地に参りました。(えっと、俺たちは怪しいものじゃない!俺はある人に頼まれてここに来ているだけだ。)」
あれ?今、俺はなんて言ったんだ?
「はあ?」
男はまたしても頭に疑問符を浮かべている。
「少しいいですかラッキーさん!なんだか、わたくしの口調が変わってしまったような気がするのですが!」
「ごめんごめん!吾輩の翻訳魔法は不完全でさぁ、口調が何故か丁寧な感じなっちゃうんだよねぇ…てへっ!」
ラッキーはウインクをして戯けたような表情を見せる。
「てへっ!ではありませんよ!」
「あははは、その喋り方だと、怒っても怖くないね!」
ラッキーは面白そうにクスクス笑っている。
「おい、何をごちゃごちゃと…。まぁなんでもいいか。にしても、とんでもねぇ上玉だなぁ…。こりゃ高く売れそうだ…」
「売るって…貴方人攫いですか?」
「ああ、そうだぜ…。怪我したくなかったら、大人しく捕まるんだなぁ?」
男は片眉をあげながら邪悪な笑みを浮かべている。その表情はとても歪んで見えたが、何故かその歪みは、作られたもののように感じた。
「お断りします!」
「そうか……ライ、レト、こいつを拘束しろ!!商品にするから傷はつけるなよ!!」
「「はいボス!」」
中央の男が、ライとレトと呼ばれた左右にいる細身の男二人に命令を下す。そして、二人が俺の手や肩を掴もうと手を伸ばす。
「おイタはいけないねぇ!『
「ぐああ!!」
俺に男達が触れる前に、ラッキーが前に出て電撃を放つ。その瞬間、男達の身体にたちまち電流が走り、二人は黒焦げになって倒れた。
「どうだい!吾輩の力は!!」
「凄いです!流石は女神様のお遣いさんです!」
「へっへん!もっと褒めて!!」
俺はドヤ顔をしているラッキーの頭を撫でる。すると、ラッキーは満足そうに表情を緩めた。その顔が可愛くて、逃げなければならない状況にもかかわらず、ついつい手が止まらなくなってしまう。
「な、なんだこの珍獣…」
一人残った、ボスと呼ばれた男が驚愕している。
「珍獣じゃない!妖精獣だ!」
ラッキーは緩んだ表情を戻して、男に抗議する。
「クソっ!こうなったら仕方ねぇ…。神力解放!!」
男がそう叫ぶと、男が右手に持つ、刃渡八十センチほどの剣が、眩い光を帯びる。
「あれは…剣神の加護!!やっぱり剣神の末裔だったか!」
ラッキーは少し焦ったような表情を浮かべる。
「ラッキーさん!さっきの魔法で何とかなりませんか?」
「いや、ツバサ!ここは女神様の力でガツンとやっちゃてよ!」
「えー!でも武器持ってないですよ」
「大丈夫!パンチ一発でイチコロさ!!」
「そ、そうですかね…」
「いいから、いいから!やっちゃってよ!」
俺はラッキーに背中を押されながら、男の前に移動する。相手は明らかに手練れの、剣を持った男。対する俺は、武器を持っていない上に、女の子になってしまっている。圧倒的不利な状況であるが、もしラッキーの言う通り、女神様から貰った力が凄いものなら、倒せるかもしれない。
「と、とりあえず…頑張ってみます!」
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