蚯蚓出ずる

 蚯蚓出ずる(みみずいずる)


 七十二候には馴染みのない漢字が使われていることがあります。この原稿はパソコンの文書作成ソフトでつくっているので、はたしてこの字は変換できるのだろうか、と不安に思いながらキーを押すときがあります。ミミズは蚯蚓とすんなり変換できて少し驚きました。

 立夏の次候は【蚯蚓出ずる】。土から蚯蚓が這い出てくる季節なんだそうです。ミミズ、最近、見ていないです。生きている姿では。死んでいるやつならば、たまに目撃します。土のなかにいて道路に這い出てこなければ、ひからびることもなかろうにとミミズの亡骸を見つけるたびに哀れに思うのです。なにゆえ、連中は土から出てくるのか。

 調べたところ、どうも呼吸が困難になると土から出てくるようです。雨で水が溜まったり、水分と温度で地中の有機物の分解が進んで酸素の割合が減ったり、連中は連中で苦労があるらしいです。

 ミミズの生態そのものではなく、暖かくなり土のなかの環境が変わるというミミズ周辺の変化が七十二候に織り込まれている点が面白いです。有機物の発酵で呼吸がどうのという理屈はわからなくても、「この時期になるとミミズをよく見るなぁ」と観察していた昔の人はすごいですね。

 ミミズがいる土は豊かだ、といいます。いい土にミミズが住むのではなく、ミミズが住むと土がよくなるのでしたっけ。私が通っていた学校は都内でしたが二十三区内ではなかったので自然豊かな場所にありました。どれくらい田舎かというと「マムシ注意」や「山火事注意 タバコ厳禁」といった看板が立っているほど。ミミズもいっぱいいたはずです。実際、ミミズの数で恐ろしい経験をしたことがあります。繊細なかたはこの先を読まず、ページを閉じて下さい。お食事どき、お食事前のかたは特に用心を。



 あるとき、先輩がコンビニでカップ焼きそばを買いました。店のポットでお湯を入れ、急ぎ足でアパートに向かう途中で、先輩は転びました。焼きそばの器は街路樹の根元に落下し、お湯がこぼれました。そのとき、街路樹の根元からわらわらとたくさんのミミズが這い出てきたのです。お湯の熱さから逃れようとしたのでしょう。食欲がうせるほど衝撃的でした。

 私とミミズの思い出はこのエピソードくらいです。もしかすると、この一件以来、私の脳は私を守るためにミミズを視野に入れても「いないもの」として、消しゴムマジック的な処理をしてくれているのかもしれません。

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