梅に鶯、少年少女
霧朽
笑う門には福きたる
窓際の花瓶に活けられた二本の梅の枝が、小ぶりな
窓から覗く桜の芽はその姿を蕾へと変えていた。春の暖かな日差しを浴びて、ゆっくりとその
ぼーっと蕾を眺めていると、病室の扉からノックの音が病室に響く。
「邪魔するでー」
「邪魔するなら帰ってー」
質素な白色の病室に綺麗な桃色の髪が弛んだかと思えば、一瞬の間に
少しの間を置いたのちに再び扉が開き、少女はベッド近くの丸椅子へ腰を降ろした。
「調子はどうや?」少女は言った。
「まあまあかな」
「ホンマは?」
「ちょっと怖い」
少年の顔に混じった僅かな恐怖を見逃さなかった少女は笑みを貼り付け、無言の圧力で少年を問い詰める。
「すごく怖いです……」
「はい、よくできました。何度も言うとるけど、もっと頼ってくれてもええねんで。あんたが思うとるより、頼られるんは嬉しいんもんなんやで」
「ホントに辛くなったら頼ってるよ」
「アホか、それじゃ手遅れや」少女はわざとらしく肩を落とし、ため息を吐いた。
「うちらはそない頼りないか?」少年が口を開く前に、少女は食い気味に続ける。
「きっとそうやないんやろ? だったら強がらんと頼ってや。うちらは病人に気遣われるほど弱くあらへん」
「この前、似たようなこと言われたよ」
「くははっ、みんなあんたのこと心配なんや。さっさと元気になってくれや」
「なんでみんなしてこんなに優しいんだろうね」
「なんや、優しさが苦しいんか。贅沢なやつやな」
「ホントにね」少年は困ったという風に
「あいつらのことは知らんけど、うちなら簡単や。あんたの笑った顔が好きやから、あんたには笑っててほしいんや」
「素直に僕が好きって言えばいいのに」
「うっさいわ、相変わらず減らず口叩きよってからに……」
「話戻すで。うちはあんたの笑った顔が好きやけど、あんたが無理に笑う必要はないんや。うちがおもろればいい話やしな」
ポフっと少年の顔が
「だから、好きなだけ泣いたらええよ。安心せえ。皆の前に出るときには、うちの爆笑一発ギャグでちゃーんと笑かしたるから」
「ごめん」
少年の声は震えていた。
「ええよ」
少年は少女の背へ手を回して抱き寄せると、小さく
少女が病室を訪れてから数十分後、病室には五人ほどの人が集い、少年のお見舞いと称したゲーム大会が開かれた。ゲーム大会は大いに盛り上がったが、少年の眠気が限界に達したところでお開きとなった。
寝息を立てる少年の胸にそっと少女の手が乗せられる。泣いて笑って騒いで疲れきった少年はそれに気づかない。
少女以外の友人たちは先に外に出ており、病室は先ほどまでの
少女にとって、少年は
手のひらから伝わってくる少年の確かな心音が少女の心を溶かす。
朝になってもまだここにおったら驚くやろか、と少女は想いを馳せる。
きっと少年のほうが早く起きていて、優しい「おはよう」が少女の
春は出会いと別れの季節なんて言うけれど、出会いも別れもない春があったっていいと。少女は思う。
「おーい、大丈夫かー」
ドア越しに少女を呼ぶ声が響き、少女を現実へと引き戻す。
少年の頬に軽くキスをすると、少しの
梅に鶯、少年少女 霧朽 @mukuti_
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