第3話 悪魔召喚の書

人類の愚かさに絶望した私は、その日、帰宅するなり地下室に閉じこもった。


この家は亡き祖父が遺してくれたものだ。かつて母と二人でここに暮らしていたが、6年前に病で世を去った。父の記憶は曖昧で、失踪した理由も知らない。ただ、一枚の古びた写真に写る笑顔だけが、どこかで私を見守っているような錯覚を抱かせていた。


地下室は、私にとって特別な場所だった。


祖父が亡くなった後に偶然見つけた秘密の部屋だ。


ひんやりとした空気、埃の匂い、壁一面を覆う無数の古書、木製の棚に並ぶ奇妙な装飾品。そして、中央には朽ちた机と椅子がぽつんと置かれていた。


小さなランプに照らされた棚や机の表面には、薄く積もった埃が踊るように舞い上がる。


ここは外界から切り離された別世界、時間の感覚を失い、未知の世界に没頭できた。


地下室には思い出の写真や父と母のことが書かれた日記まであった。


私は埃にまみれた手記には、祖父の癖のある文字で「記録」とだけ書かれている。中を開くと、そこには人類の愚かさを嘆く言葉が綴られていた。


「戦争は終わらない。人は争うことでしか自分たちの存在を確かめられないのだろうか。資源を奪い合い、同胞を傷つけ、未来を燃やし尽くす愚かな行為。何度歴史を繰り返しても、結末は変わらない。」


読み進めるうちに、祖父の絶望が、私の胸の奥に重くのしかかった。


「……私たちも、同じなんだろうか。」


人類に救う価値があるのか、その答えが見つからないまま、私は手記をそっと棚に戻した。


たくさんの考えが頭を巡った。

どれほどの時間が過ぎたのかもわからない。ただ、気づけば一つの結論にたどり着いていた。


もしも待ち受けるのが絶望の未来だけなのだとしたら、自分の望みを叶えようと思った。


祖父は生前、よく悪魔の話をしてくれた。幼い私を怖がらせるための作り話だと思っていたが、不思議なことにその内容は今でも鮮明に記憶に刻み込まれている。


私は、埃をかぶった本棚から一冊の本を取り出した。


『悪魔召喚の書』


革表紙に不気味な模様が刻まれた古書だ。ページをめくると、見たこともない文字や呪文が並び、奇怪な儀式の詳細が記されている。


祖父がこの本を持っていた理由はわからない。だが、なぜかその時の私には、この本が運命のように思えた。


ページをめくるたび、悪魔についての記述が私を魅了した。「絶望した人間のもとに現れ、望みを叶える存在」——そんな話が繰り返し記されていた。


「……これが、最後の希望?」


呆れるほど滑稽な考えだ。だが、戦争で未来が閉ざされたこの状況下で、私はそれに縋るほかなかった。


絶望した人間は悪魔の大好物だ。私を餌だと思って現れるかもしれない。悪魔と契約すれば望みを叶えてくれる。


祖父の言葉が頭をよぎる。「悪魔は絶望を糧に現れる。決して甘く見てはいけない。」


その言葉の重みを噛み締めながらも、悪魔召喚に必要な道具を揃える準備を始めた。


私の心臓は高鳴った。戦争で未来が見えない状況の中、これが人類最後の希望なのではないかという思いが湧き上がっていた。


私は静かに言葉を口にした。


「どうせ戦争で死ぬなら、試してみるのも悪くないか。」

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