《音の成るほうへ》

nanaco

第1話 音

音楽は嫌いだ。

私を閉じ込める。五線譜の中に

両親が音楽をやっていると自然に音楽をやりたくなっていく。

でも、親が音楽好きだから間違えると怒られる。

だから、家を出た。

街を歩いていると音楽がそこら中から聞こえて来る。

耳を塞ぎながら歩く。音を聞くと頭の中に楽譜が見える

ああ、この世から音楽なんて消えればいいのに。


家出をしてからしばらくたった。

友達の家やネカフェを転々としながら過ごしていた。

今日はどうしても街へいかないと行けない用事があった。

ヘットホンを耳にあて、ネカフェから出た。

聞こえる、音楽が

最近流行りの曲、昔からの曲、韓国人の曲。

ヘットホンをしているから多少は聞こえないが、頭の中に楽譜が出てくる。

コンビニに入り、お金と一週間分の食料を買った。

買うものはいつも決まっている。飲み物とパン

お金を出し、颯爽と出ると路上で弾き語りをしている男がいた。

誰も聞いていない。

「可愛そうな、音楽家」

自分を重ねたのだろうか、ヘットホンを外して男に近づいた。

この曲は今人気のバンドの曲だったな。

お世辞にも、うまいとは言えない。

あたりを見渡すと私以外この男の歌を聞いている人はいない。

曲が終わると男は私に一礼した。

そのまま、帰る準備をしていた。

「テンポが遅い」

とっさに口にした。

男はびっくりしたように振り返った。

私もびっくりした。

でも、こいつとはもう会う機会もないだろうから全部言おう

「この曲はギターよりもピアノが合う。可能だったらシンセだ。あとは、下を見すぎだ。前を見ろ、堂々としてろ。おどおどしていると聞いている方はイライラしてたまらない。最後に、この曲は今のお前には難しすぎる他の曲を選べ」

言い過ぎた。

申し訳無さを覚えながら、ヘットホンをしてネカフェに向かった。

「待ってください」

ヘットホンをしていても聞こえる声量で男は走ってきた。

振り向くと男は息を切らしながら私を見ていた。

ヘットホンを外すと男は頭を下げた。

「僕に音楽を教えてください」

なんでだ。

あんだけ強く言って突き放したのに、どうして私に教えを請うんだ

「無理」

「そこをなんとか」

男は頭をあげない。しつこい。

周りが注目し始めている。

こいつは恥じらいはないのか。

これ以上長引かせると余計注目を集める。

「分かった。いい加減頭を上げろ」

少しだ。3日教えてこれ以上に強く突き放したらもう関わりはなくなるだろう。

「ありがとうございます。先生」

男は私の手を握った。

久しぶりだった。人と喋るのも、手を握られるのも。

男は、家に来て僕の音楽を聞いてほしい。と言った。

最初は危ないから断ろうとしたが、あと一週間したら貯金がなくなるところだったから、泊めることを条件にして家に上がった。

それにこの男には私を襲う勇気もないように見えた。

「先生、何か飲みますか?」

「麦茶。あと先生って呼び方やめろ」

男は麦茶を出すと向かい側に座った。

「今から色んなこと教えてもらうので先生です」

こいつには何を言っても聞かないだろうな

「お前、名前は」

気になっていた。

ずっとお前って呼ぶのも気がかりだったし。

「すいません。自己紹介が遅れました。僕は小林作真です。作るに真って字です。大学2年生です。楽器はギターとピアノ、フルート、触るくらいなら、ヴァイオリンとドラムが弾けます」

フルートか、あの音は好きだ。

「先生は?」

作真は身を乗り出した。

「弓小屋奏。奏でるって字だ。高校2年。楽器はある程度弾ける」

作真はニコニコしてた。

「なんで。笑っている」

「いや、僕より年下なのにすごいなって。それに素敵な名前ですね」

名前だけを褒められたのは初めてだ。

いつもなら、名前の通りにきれいな音を奏でるな。としか言われなかった。

「そうか。そろそろお前の音を聞かせろ」

作真は慌てた用に立ち上がり、ギターを持ってきた。

「さっきの曲ではありませんけど、いいですか?」

頷いた。

曲は何でもいい。音で分かる。そいつの人柄や音楽に対する思いが。

作真は私を一目見て、弾き始めた。

音に集中した。粗い、でも優しいな。

歌い出した途端に私は作真を見つめてしまった。

この曲。知っていたんだ。

「どうでした?」

作真を弾き終わると私を見た。

「お前は、この曲をどう感じた」

「え、多分この人は辛いだろうなって。僕この人の曲が好きで追っかけていたんです。最初は音楽を作るのが楽しいって感じでこっちまで楽しくなって、でもこの曲は作るのが苦しくなって暗闇の中で必死にもがいて光を見つけようとしている感じで、僕はその苦しさを表現したいんですがどうしても難しくて」

こいつには届いていた。

私の音楽が、音が。

この曲は私が最後に作った曲だ。

「先生⁉️え、なんで泣いているんですか」

「ごめん、でもありがとう。思いを汲み取ってくれて」

作真がハンカチで涙を拭き取った。

「やっぱり、この曲を作ったのは先生だったんですね。先生の音、僕は世界で一番好きです」

どうしてだろう。

この音を聞いてほしかったのは、両親のはずだ。

最初は聞いてくれていたのにどうして、聞いてくれなくなったのだろう。

その頃に書いた曲だ。

あの頃は苦しかった。誰でも良かった、私の音楽を聞いてほしかった。

こいつが、作真には届いていた。音も思いも。

「私は音楽が嫌いだ。誰も聞いてくれないから。街には音に溢れている。その音を聞くたびに頭の中に楽譜が浮かぶ。だからヘットホンをして音から逃げていた」

涙を自分の手の甲で拭き取り、作真の顔を見た。

「でも、届いていた。お前だけには。だから逃げることをやめようと思う」

作真を指差し言った。

「作真、お前に曲を書く。お前だけの。私の思いが汲み取れた、お前に」

「今でしたら先生の気持ち全部分かる気がします」

作真はギターを持ちながら力強く頷いた。

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