ごうごうと白い焔が燃え盛った。真っ白な焔に焼かれて、黒い影が「ギャッ」という潰れたような声を上げる。あまりにもその声が耳障りで、焼け焦げて炭のようになったその影を、ぐりぐりと靴の踵で念入りに押し潰す。

 どうにも、妙な塩梅だ。そんなことを思っているのは、自分ひとりなのだろうか。

「おい、どうした」

「いや……」

 一度思考に囚われると、考えすぎてしまう。それが自分の悪い癖であることは分かっているが、一度生まれた疑念というものはそうそう消えない。

 妙だ。

「妙だ」

 思ったことが、口をついて出た。

「妙?」

「ああ、妙だ」

 まばゆい白い光の中で、黒い影がうごめいている。けれどそれらは向かってくるようなことはなく、まるでこちらを窺うようにして、ゆらりゆらぁりと揺れていた。

 あれは、人か。あるいは、獣か。どちらにせよ既に命のないものだ、どちらであってもこの先でやることに変わりはない。

 曇天の空の下、白い焔が発する光はよく映える。分厚い雲の垂れこめるこんな日は、影にとっては這い出てくる絶好の日和ひよりらしい。まだ天から涙は落ちることなく、泣く前の顔を隠しているだけの空。その下で、ゆらりゆらりと揺れるもの。

 やはり、妙なのだ。

「〈骸ノ影ムクロノカゲ〉の動きが、おかしい」

 あの影は、死者のものだ。此岸しがんにおいてその生を終え、肉体は焼かれ、彼岸ひがんに向かったものの残りかす。かつては細々としか現れなかったものが突如として大発生したのは、釜場かまばふたが開いたからだという。

「〈根ノ国ネノクニ〉の連中が、方針を変えたってことか?」

「まさか」

 〈骸ノ影〉は、彼岸より来たる。此岸を木とするのならば、彼岸はそこから続く根のようなもの。そこに君臨するは腐敗の女王と言われているが、その姿を見た人間は此岸にはいない。

 けれど、分かっていることはある。そんなものは、神話を紐解けば明白だ。

「あいつらの欲しいものは変わらないのにか?」

 彼らは女王の欲するものを欲している。迎えに来たというのに、「見ルナ」と告げた禁を破って逃げ出して、それでも未だに「欲しい」と言うのか。

 ざわりざわりと木々が揺れた。いつもならば形振なりふり構わずに向かってくる〈骸ノ影〉が、今は何かを待っているかのようでもある。

「だが、これは……明らかに、何か」

 火を放つ。影が焼ける。

 どこかうじにも似た白いものが見えて、思わず眉間に皺を寄せた。

「おい、見ろ。何だ、あれ……!」

 分厚い黒灰色の雲が、割れる。差し込んだ光はまさに天へと続く梯子はしごの如く。降り注いだ光に従うようにして、何かが空から舞い降りてくる。

 あれは、鳥か。いや鳥にしては大きくて、そしてそのシルエットが明らかに鳥のものではない。翼はあれども、その姿は明らかに鳥ではない。

 車輪か、それとも目玉か。ぎょろりとしたいくつもの目が、こちらを見ている。

「あれは……!」

 天から、火が降り注ぐ。車輪のもの以外にも、大きな四つの顔に翼がある、しかもその顔は人とそうでないものが複雑に混ざったような――つまり、『異形』と呼ぶしかないものだ。

 けたけたと〈骸ノ影〉が笑っている気がした。


 ――ひをころせ。

 ――てんにありしひをころせ。

 

 声が聞こえる。ざわざわとざわめくような、足元を何かが這って行くような、そんな吐き気を催すような声だった。

「おい! 〈岩戸イワト〉へ行け!」

 声がする。

 声がする声がする声がする声が――ブツンッ。


 そして〈岩戸〉は閉ざされた。

 永劫の夜がやってきたと、そんな歓喜の声がした。

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