第2話 抜け落ちた記憶
アルマが自分が元々男であったということを知った日の翌朝。
彼女は自分の部屋でいつも通りの時間に目を覚ました。
時刻は午前七時、魔術学校に通っていた時の習慣はまだまだ身体から抜けそうにない。
アルマは寝巻き姿のまま身支度を整えるとマリーを起こしに行った。
「マスター、起きてください。朝ですよ」
アルマはベットの上で奇妙な姿勢で眠っているマリーに声をかけた。
しかしマリーは鼾をかいて眠っており、目を覚ます気配がない。
アルマは徐にマリーの鼻をつまみ、その鼻腔をふさいだ。
十数秒後、マリーは息を詰まらせて顔を真っ赤にしながら目を覚ます。
「なんだい、ずいぶんと乱暴な起こし方をするじゃないか」
「だから昨夜言ったじゃないですか。お酒を飲みすぎるなって」
無理やり起こされたことに抗議するマリーにアルマは口答えする。
マリーは酒癖が悪く、深酒をさせると寝起きが非常に悪くなる。
こうなることを知っていたアルマはそれを見越して忠告をしたのだが無視した結果がこれであった。
「朝食作りますからベッドから出て待っててください」
アルマはマリーをベッドから追い出すと朝食の準備に取り掛かった。
マリーは自炊ができないため、食事の用意は常にアルマの役割である。
(どうしてボクは昔のことを覚えてないんだろう)
アルマは台所で自分のことについて考えていた。
アルマは過去の記憶が欠落している。
具体的にはマリーに師事する以前のことを何も覚えていなかった。
過去の自分が何者なのかをマリーはおそらく知っている。
しかしそれをマリーに直接尋ねるのは気が引けた。
なぜなら本人しか知り得ない情報にいきなり迫りに行くのは不自然でならないからである。
どうやって自分の過去を解明するか、その方法を考えているうちに朝食が完成した。
焼いたトーストにベーコンと目玉焼きを乗せたありふれた朝食である。
「今日はこの後お使いに行ってもらおうかな。頼んでいた実験材料が到着しているころだろうからね」
「わかりました。その後は私用があるので昼過ぎまで外します」
アルマとマリーは今日の予定を打ち合わせた。
アルマは魔術師でありながらマリーの助手でもある。
実態は大半が小間使いであり、今日もそれである。
「お先に失礼します」
先に朝食を終えたアルマは自分が使った食器を片付けて食卓を後にすると魔術師の装衣に着替えて外へと出かけていった。
行き先は錬金店、錬金術に使用する素材を専門的に取り扱う雑貨店でマリーの行きつけの場所である。
「おはようございます」
「おはようアルマちゃん。今回もマリーさんのお使い?」
「察しがよくて助かります」
錬金店に到着したアルマは錬金店の店主の男に声をかけた。
店主は要件を確認すると腰を落としてゴソゴソと何かを探しはじめた。
「お待たせ。お代はマリーさんから貰ってるから持ってっていいよ」
「ありがとうございます」
店主はマリーに頼まれていたものをアルマに渡した。
これまで見たことのない植物に動物の骨、小瓶に詰められた液体もあり用途はさっぱりわからない。
「アルマちゃんも国家公認魔術師になったんだねぇ」
「ええ、おかげさまで」
「学校にいたときは男の子からさぞモテモテだったんでしょ」
「じょ、冗談言わないでください!」
店主の軽口にアルマは顔を真っ赤にして食いついた。
彼女は恋愛や色恋については非常に生であり、そういったことを想像するだけで身体が熱くなり顔が赤くなるほどであった。
自分が元々男であったことを知ってその羞恥心はさらに加速していた。
アルマの性格を理解した上で彼女を揶揄って反応を見るのが店主の楽しみであった。
「アルマちゃんお淑やかで魔術の才能もあるし、顔も可愛いからきっと素敵な人に出会えるよ〜」
「うぅ……それ以上言わないでください……」
アルマは俯いたままそれ以上何も言えなくなってしまった。
彼女の顔は耳の先端まで真っ赤になって今にも爆発しそうである。
店主はアルマの期待通りの反応にご満悦であった。
「主人、昔のマスターについて何か知ってることはないですか?」
「あるよ。彼女とは長い付き合いだからね」
気を取り直したアルマが店主に尋ねると彼は得意げにそう答えた。
彼とマリーは取引相手として長い付き合いがあり、マリーのことを最も理解している人物と言ってもよかった。
「昔、人の子を拾ったみたいな話を聞いたことはありませんでしたか?」
「あー、あったよ。その話をしながら小さい頃の君を見せにきたね」
店主は昔を懐かしむように語る。
彼の知る限りではマリーがどこで自分を拾ってきたのかなどはわからないようであった。
「そうですか。ありがとうございました」
アルマは店主に礼を告げるとお使いの品を持って店を後にした。
店主はいつもと少しだけ違う彼女の様子を不思議そうに眺めていたのであった。
TS魔術師と欠落の錬金術師 火蛍 @hotahota-hotaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。TS魔術師と欠落の錬金術師の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます