外遊は、案の定スパルタでキツイです

 目が覚めると、スズメがちょうど手紙を届けてくれたタイミングだった。それに、スズメは三枚の手紙を同時に、器用に運んでくれた。


「みんな早起きだな」


 寝ぼけ眼のまま、スズメから手紙を受け取ると、宛名は、福本官房長官、森川経済産業大臣、それに大財おおたから財務大臣だった。


 福本は、以下のような内容を書き記していた。


「おはようございます、総理。今日から、四七〇〇キロの外遊ですが、体調どうでしょうか。私は、一応元気ですが、腰が痛くなりそうで心配です。秘書に湿布を用意させた方が良いかと思います。では、また後ほど」


 こんな時でも、福本は雨宮の体調を気遣ってくれる人格者で、さすが官房長官に任命しただけあった。雨宮は、感謝の意を込めて手紙に記した。


 次に開いたのは、森川の手紙だった。


「おはよう、総理。ちゃっちゃと、外遊してさっさと日本に帰ろうぜ。どうせ大したことないと思うし、四七〇〇キロとか、盛ってるだろ。俺らの最年少内閣を舐めんなってことだわな」


 森川らしい、力強さを感じる内容だったが、内心雨宮も、四七〇〇キロメートルなんて徒歩では無理だと思っていた節がある。

 どうせ、あの秘書がびびらせているだけだと。


 最後に開いたのは大財の手紙であるが、それは以下のようなものだった。


「総理。本気ですか。四七〇〇キロメートルですよ? 私には、無理難題に思えます。しかし、総理が行くと決めたのなら、私も腹を決めますよ。ただ、途中で離脱する可能性があるので、それはお許しください。では」


 大財も、心配する気持ちは大きいようだ。しかし、雨宮に全権があると、あの時、森川が言ったように、全て雨宮に委ねると言ってくれた。

 これほど、ありがたいことはあるだろうか。しかし、雨宮自身も行かなくていいなら行かないほうを選択する。

 ただ、我々の年齢になれば、あの長さの呪文なんて覚えられるわけがないので、脳筋思考の徒歩四七〇〇キロメートルを選択したのだ。


 この選択に、少しの後悔はあるものの、強制的に魔法が使えらようになるのならば、そっちの方が手っ取り早い。

 多少、無理をしてでも早く日本に帰りたかった。



 数時間後、いよいよ出発する時が来た。

 盛大に見送られた、雨宮内閣は、ゾロゾロと北の方向に向かって歩き始めた。

 案内人は三名おり、一人は雨宮たちと同じニンゲン、もう一人は妖精、最後は、あの時雨宮に魔法を指導したゴンザレスという名のゴブリンだった。


「ちょっと、護衛が少なすぎないか?」と、隣で川畑が呟いた。確かに、内閣一同が一斉に移動しているのに、護衛が三人。ましてや、その三人も案内役というあまり頼りにならなそうなメンツで、一同は不安だった。


「あの、今日の予定は?」


 雨宮が、ゴンザレスに訊ねると、今日は五十キロほど歩くと言った。


「え! 五十キロ⁉︎ あまりにも長すぎないか?」


 大財が、持っていた杖を振りかざして言った。他の数名も、それは長すぎると文句を垂れたが、ゴンザレスたちは無視して、歩き続けた。


「本当に、五十キロも歩くのかよ……」


「やだわ。筋肉痛どころじゃないわ……」


「嘘だろ……。もう日本に帰らなくてもいいんじゃ……」


 などと、ネガティブな意見が散々飛び交う中、雨宮と片岡は、一同を盛り上げた。


「せっかく、日本で最高支持率を得た内閣なんだから、無事に帰ろう」と。


 しかし、そんな主張も虚しく、五十キロの壁は立ちはだかり、一同のやる気を一気に削いでいった。


 歩き続けて、早五時間。


「そろそろ休憩しようぜ」


「そうよ。ちょっと休ませてよ」


 ゴブリンたちが話し合い、その結果、三十分の休憩を与えてくれた。


「はあー。疲れたぁ」


「もうクタクタだよ」


「あと、何キロ?」


 一同が、異口同音に文句を言う。車田が、残りの距離を、鋭く、鈍い声で訊いた。


「残り、四千六百八十キロです」


「えー! 全然進んでないじゃねえか!」


「皆さんが歩くの遅いんですよ!」


「仕方ねぇじゃねぇか! こんなダート道だと思わなかったしな!」

 

 森川が、嫌味を含ませながら言った。ゴブリンは、一瞬顔に怒りマークのシワを滲ませたが、すぐに引っ込めた。こういう文句には慣れているのだろう。

 ゴブリンは、気にせず、ただ少しの苛立ちは感じさせつつも、冷静に道の案内をしていた。

 

 辺り一面に草が生え茂り、訳のわからない形をした虫が飛んでいる。

 虫が苦手な女性議員は、時折「キャー」とか「ギャー」と叫んでいた。

 日本ほど湿気は高くないものの、日差しが強く、汗はかく。ただ、嫌な汗ではないので、休憩したては気持ち良い運動になった。

 しかし、それも一時間ほどで苦痛へと変わる。


「にゅ、乳酸が……」


 車田が、ふくらはぎを揉みながら歩いている。全員、足の疲労が限界に来ていた。


「お、おい。今日はこの辺で休めねぇか?」


 国破が訊ねると、呆れたように妖精やゴブリンたちはため息をつき、仕方なく今日はここでテントを張ってキャンプをすると言った。


 妖精とゴブリン、それからニンゲンが、大きなテントを魔法によって出現させた。それは、大きな轟音を立てながら、ゆっくりと土台部分から現れ、ものの数十秒で出来上がった。

 見た目はレンガ造りで、頑丈そうだった。


 現れたテントは大きく、一同が入っても広々としていた。それに、造りは非常に立派で、雨宮内閣一同は、この世界に来て初めて本格的な魔法を目の当たりにした。

 そして、本当にこの世界は魔法世界なのだと再確認することになった。


「では、ここで一晩休むことにする。其方たちは、しっかり休養し、明日に備えよ」


 ゴブリンがそう言うと、一同は「はぁ」とため息をつき、その場にへたり込んだ。

 全員が草臥くたびれた様子で、ようやく本格的に休めると安堵の表情をした。


 不思議と空腹ではない。もしかすると、疲労によって空腹などという感情は、二の次になったのだろうか。真相は杳として知れないが、誰もこの日は、食料を口にしなかった。


 テント内部は、一人一人の部屋もあり、外から見るよりもはるかに広かったが、一人になると、いろいろと思い巡らしてしまうのが人間だ。

 雨宮は、本当に四七〇〇キロメートルの旅に終止符を打てるのか、また、その先に待ち受けるものに、この時は知る由もなかった。

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