総理、何してんすか
雨宮は、憲法第六十八条に基づき内閣総理大臣としての特権を駆使し、閣僚を任命した。
もっとも、任命の自由が保障されているとはいえ、閣僚人事に対する批判は避けられない。
特に「身内贔屓」と捉えられる可能性があったが、今回は意外にも批判はなく、むしろ若手を積極登用した姿勢が「改革意識の表れ」と評価され、雨宮内閣は支持率六十パーセント超という好調なスタートを切った。
官邸で閣僚たちと顔を合わせた雨宮は、一人一人に辞令を手渡しながら形式的なやり取りをこなしていく。法務大臣に任命した川畑耕太とは旧知の仲であり、軽い冗談を交わす場面もあった。
雨宮が「驚いたか?」と問いかけると、川畑は冷静に「いや、
皮肉交じりのその言葉に、雨宮は軽く肩をすくめながら笑った。川畑らしい辛辣さだが、実務能力の高さは間違いなく、法務行政の改革を任せるには適任だと考えている。
一方で、雨宮は自らの立場の重さを改めて実感していた。天皇陛下による親任式を終え、正式に内閣総理大臣としての職務に就いたばかりだ。形式的な辞令交付を終えた後、早速初閣議に臨むこととなる。
この閣議では、国務大臣の兼職禁止をはじめとする基本的な申し合わせが行われた。これらの作業は、総理としての第一歩を象徴する重要な儀式だが、雨宮にとっては未知の連続でもあった。
初閣議が終了し、束の間の休息を取るためソファに腰を下ろした雨宮は、いつの間にか微睡に誘われてしまった。柔らかいクッションが彼を包み込み、彼の疲労を容赦なく引き出す。ふと目を覚ますと、時計の針は午後七時を過ぎていた。
次の予定――最大野党である国立主民党の党首との会談まで、わずか三十分もないことに気づき、雨宮は慌てて身支度を整えた。
急いで官邸を出ようとすると、経済産業大臣に任命した森川平太とばったり出くわした。
「何してんすか、早くしないと」
「うるさい、ちょっと遅れただけだ」
「いやいや、いきなり総理が遅刻はまずいだろ」
「わかってる、だから走ってるだよ」
「また寝てたんだろう」と言い放つが、雨宮は「疲れただけだ」と軽く受け流した。
実際、閣僚人事や各方面からの調整で連日多忙を極めており、短い仮眠すら貴重だと考える。
車に乗り込むと、運転士がすぐにエンジンをかけた。
「国立主民党の本部ですね?」
「ああ、なるべく早く頼む」
その間、雨宮の頭には森川の皮肉が引っかかっていた。
「また異世界ものでも読んでたんだろう」と言われたが、実際にはそんな暇すらない。
しかし、ふとスマートフォンを開き、何気なく目にしたタイトルに興味を惹かれた。
《異世界で俺だけ関税同盟を制覇する話》
雨宮はタイトルを見て思わず鼻で笑った。
「そんなことできたら俺だってやってるよ」
一人ごちる。
現在の日本は、強硬なアメリカ大統領によって高い関税を課され、貿易摩擦が深刻化している。こうした経済問題に取り組む雨宮としては、妙にタイムリーなテーマの小説だと感じ、つい第一章を読み始めた。
気づけば車は国立主民党の本部に到着していた。
「総理、着きましたよ」
運転士に声をかけられ、雨宮はハッと我に返った。
降車の際、気前よく一万円札を取り出した雨宮。
「何してんすか、総理。これはタクシーではありませんよ」
真顔をでたしなめられ、雨宮は恥ずかしくなり、顔を赤くしてそそくさと車を降りた。
雨宮の失態に、運転士は苦笑いを浮かべていた。
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