最弱スキルでダンジョン攻略
@92747
第1話 いじめられっ子
くすくす。
くすくす。
あからさまな笑い声が聞こえる。
チラリとそちらを見ると、体操服のクラスメイトたちがこちらを嘲るような目で見ていた。
俺は顔を真っ赤にして俯き走る。
今は体育の授業中。
なのにも関わらず、走っているのは俺だけだ。
「オラァ! おせぇぞ! もっと気合い入れろ!」
――びくっ!
威圧するような体育教師の怒鳴り声に驚いてしまった。
……って、あっ。
そのせいで、足が絡まってしまう。
スローモーションのように近づいてくる砂利の地面。
疲労で受け身も取れず、俺は顔面から地面に倒れ込んだ。
泣きたい。
そのまま丸まって耳を塞ぎたい。
しかし耳を塞ぐ前に怒鳴り声がまた校庭に響いた。
「休んでんじゃねぇぞ! みんなを待たせてる自覚がないのか!」
その声に、先ほどまでの嘲笑するような笑い声から一変、爆笑するような笑い声に変わる。
……自覚。
自覚、自覚、か。
大人たちはズルい。
子供には怒鳴りつけて責任転嫁してもいいと思っている。
そもそも俺が走っている間に他のクラスメイトの指導をすればいいのに。
待たせてるのはそっちじゃないのかよ。
そう思うが、反論したらまた怒鳴られるに違いない。
結局のところ、正しい正しくないなんてなんの意味もなく、この世は声がでかいやつが勝つのだ。
俺は何も言わず、再び立ち上がって黙々と走り始めた。
あと一周。
あと一周だ。
もう少し頑張れば、この罰も終わる。
罰……っていっても、俺が何か悪いことをしたわけではない。
ただ、クラスで一番足が遅いからっていって追加で走らされてるだけだ。
足が遅いことが悪いことなのであれば、確かにそれは罰なのだろう。
しかし、五十メートル走が一〇秒台なことが犯罪である、という話は聞いたことがない。
おそらく先生は、根性だの努力だので全部が解決すると思ってる、前時代的な考えを持っているのだろう。
そしてそれを押し付けることが俺のためになると、半ば本気で思っているのだろう。
現に、体育教師は爆笑を始めた生徒たちに睨みを効かせて黙らせていた。
彼は自分の考えややっていることが正義であると疑っていないわけだ。
悪意を持ってやってないから、余計にタチが悪かった。
そしてグラウンドを走り終えた俺は、疲労困憊でぶっ倒れてしまうのだった。
―
保健室で目を覚ました頃には、もう昼休憩も終わり五限が始まっていた。
このまま保健室に残ろうかと考えたが、五限の授業は俺の好きな先生の授業だったので、少し迷った挙句教室に戻ることにした。
後ろの扉から教室に入ると、みんな一斉にコチラを見て、またくすくすと笑い出した。
俺は俯きながら早足で自分の机に戻ろうとする。
俺が教室に入るまで、黒板の前に立って短歌を書き写していた教師は、うちの担任でもある
彼女はこんな俺にも気を配ってくれる数少ない先生で、かつ美人なので、特別懐いていた。
しかしこの時ばかりは、声をかけないでくれ……放っておいてくれ……そう願いながら自分の机に向かう。
だが、心優しい彼女に俺の願いは届かなかったみたいだった。
「あっ、一ノ瀬君! 大丈夫だった?」
声をかけられて、俺の肩はビクッと震える。
しかし返事をしないわけにもいかなかったので、俺は机に向かう足を止めないまま頷いて小さい声で言った。
「は、はい……大丈夫です……」
「そう。それなら良かったわ」
水野先生は俺にニッコリと微笑みかけると、再び俺たちに背を向けて黒板に短歌の続きを書き始めた。
それからつつがなく五限の授業を終え、休み時間。
水野先生が退出するとともに、俺の机にやってくるやつがいた。
短髪ツーブロ茶髪という、いかにもヤンキーといった風貌のこの男子生徒は
どこかの暴走族にも所属しているという噂のある、歴とした悪ガキだった。
彼は俺の机に教科書が並んでいるにも関わらず、その上からドンッと座ると、俺の髪の毛を引っ張って顔を上に向かせてきた。
吾妻坂の瞳には嘲るような色が浮かんでいる。
「おいおい、一ノ瀬君よぉ」
そう話しかけてくる彼に、俺は媚びへつらうような笑みを浮かべる。
「ど、どうしたの?」
「お前、また昨日、俺の
玲奈。
本名は
茶髪のギャルで、吾妻坂と付き合っているらしい。
全くもって俺の趣味ではないのだが、なぜかいつの間にか俺が彼女に告白したことになっていて、こうして度々因縁をつけられるのだ。
昨日もDMなんて送った覚えはない。
なのに、彼彼女らの中ではそれは正しいことと認識されているみたいだった。
俺は睨みつけてくる吾妻坂にヘラヘラとした笑みを向けると、どもりながらこう言った。
「そ、そんなわけない、じゃ、じゃないか。お、送ってなんか、ないよ」
「ああ!? 嘘つくんじゃねぇよ!」
俺の言葉に、吾妻坂は怒鳴り声をあげると俺の隣の席の子の机を思いきり蹴った。
隣の子……
しかしこちらのやり取りに全く興味ないのか、スッと目を細めただけで、黙々と机の位置を元に戻すと再び視線を文庫本に向けた。
四宮は学校で一位二位を争うぐらいの美少女だと言われているが、ほとんど人と話さず、その内情を知っている人はほとんどいないだろう。
学校も、授業を終えるとそそくさと帰っているみたいで、友達と呼べる人がいるとは到底思えない。
だが俺と違ってそのことに不自由を感じていないのか、全く気にした様子は見せなかった。
吾妻坂はそのことが余計に癪に触ったのか、その苛立ちを俺に向けようと髪を掴んでない方の手を振り翳して――
「ちょっと、それ以上はやめた方がいいんじゃないかな?」
そう言って割って入ってきたのは
彼は人の良さそうな笑みを浮かべながら、吾妻坂の振り翳した手の手首を掴んでいた。
「……新城」
吾妻坂は苦虫を噛み締めたような表情になる。
新城怜は長身で黒髪をセンター分けにした、いわゆるイケメンの陽キャと呼ばれる人間で、部活はサッカー部、両親は金持ちで勉強もできると神が二物を与えてしまったような存在だ。
かつ分け隔てもなく誰にでも優しく、委員会や生徒会などにも所属しているという、非の打ちどころのない人間だった。
だからこそ、吾妻坂も新城には苦手意識を持っているらしくて、先生の言うことも効かない吾妻坂が話を聞く唯一の相手だった。
「ほら、クラスのみんながビビっちゃってるから、今日はここまでにしときなよ」
「……チッ。わぁったよ」
吾妻坂は新城の言葉に舌打ちをすると、俺の机から降りて教室の隅でくすくすと笑いながらコチラの様子を見ていた玲奈に声をかけた。
「おい、玲奈。いくぞ」
「え~どこいくのぉ?」
「んなもん、決まってんだろ。煙草だよ、煙草」
「あーね」
そう言って二人は教室を出ていった。
それを見送った新城は、人の良さそうな笑みをコチラに向けて言った。
「大丈夫だった?」
「……うん」
俺は彼から視線を背けながら小さく頷いた。
もしかすると、俺は吾妻坂よりも新城の方が苦手かもしれなかった。
吾妻坂は明らかに俺のことを嫌っていると分かるのだが、新城はどう思っているのかいまいち掴みきれない。
一見すると優しくしてくれているようにも思える。
しかし心から俺のことを心配してくれているようには見えないのだ。
彼の本心は全く見通せず、そのことが薄ら寒く感じる。
俺が頷いた後、新城はいつも一緒にいるグループの元に戻っていった。
「やっぱり新城君ってやさしーね」
「そんなことないよ」
「いやいや、あんなのを庇ってあげるなんて、絶対優しいよ」
「流石に暴力はいけないと思ったからね」
そんな会話が聞こえてくる。
俺はなんだか自分がひどく惨めに思えてきて、泣きたい気持ちを抑えながら机の上に突っ伏すのだった。
―
気がついたら六限が始まっていて、それどころか終わりそうな時間帯になっていた。
どうやら机の上に突っ伏して、そのまま眠ってしまったらしい。
迂闊だった。
慌てて教科書を開き、ノートを写し始める。
運動が得意ではない俺は、自分の取り柄は勉強だけだと思っていた。
そして勉強を頑張り、いい大学に入って、馬鹿にしてくる連中を見返してやりたいと密かに思っていた。
だから授業をサボるわけにはいかない。
勉強はそこそこ出来るが、別に地頭がいいわけではない。
ただ単純に勉強時間が長いだけだ。
そもそも地頭が良ければ、こんな滑り止めの中途半端な高校に入学したりはしないのだ。
そうして六限の化学を終え、後は終業のホームルームを残すだけとなった。
担任の水野先生が来るまでの間、俺は話す相手もいないのでふとぼんやりと窓から外を眺めて――
……ん? なんだあれ?
遥か遠くに天まで貫く巨大な塔が見えた。
ついさっきまであんなのはなかったはず……。
見間違えかと思って目を擦ってみるが、それが消えることはない。
誰か気が付いてないかと周りを見渡してみるが、クラスメイトは誰も気が付いてないみたいだった。
何か話題になってないかスマホでSNSを確認しようとして、その直後に水野先生が教室に入ってきた。
ホームルームが始まるらしい。
学校内でスマホを使うと没収されてしまうので、俺は調べる前にポケットにスマホを仕舞った。
あの建物は気になるが、まあ今すぐ調べる必要もないだろう。
ホームルームが終わってからでも問題ないはずだ。
そう思っていたのだが……ホームルームの途中、いきなり甲高く耳障りな警告音が鳴り響いた。
「なっ、なに!?」
「なんなのよ、この音!?」
「えっ、えっ!?」
大慌てするクラスメイトたち。
そんな俺たちに水野先生は大声でこう言った。
「皆さん、落ち着いて! 一旦、落ち着きましょう!」
彼女のその言葉で徐々にクラスメイトたちが落ち着きを取り戻していく。
「私が職員室に行って他の先生たちに状況を聞いてきますから、大人しく待っていてください」
そう言って水野先生は教室から出ていこうとする。
しかし扉に手をかけて、引き戸を引こうとするも扉は開かない。
「……あれ? あれ?」
水野先生は焦ったような表情でそう呟く。
かなり力を込めているみたいだが、全く開かない教室の扉に、クラスメイトたちが再び焦りだす。
「水野先生、開かないんですか!?」
「どうしたんですか、水野先生!」
「何してるんですか! そ、そんな演技しないでくださいよ!」
今度こそ水野先生は扉の外枠に足をかけて思いきり開けようとするが、開かないまま彼女は後方に吹っ飛んでいった。
それを見ていた後列の生徒が後ろ側の扉を開けようとするが。
「あ、開かない……」
「窓も! 窓も開かないよ!」
どうやら後ろ側の扉だけでなく、窓ガラスも開かなくなっているみたいだ。
それを聞いた吾妻坂が立ち上がり、椅子を持って窓に近づく。
「ちょ、ちょっと、吾妻坂君!」
それを見たクラスメイトの女子が驚きの声をあげるが、それに構わず思いきり窓ガラスに椅子を叩きつけた。
しかし……破壊されたのは窓ガラスではなく、椅子の方だった。
「嘘だろ……」
それには吾妻坂も驚いたような顔をする。
俺たちも呆然としてしまい、言葉も出ない。
その直後、ジージーというノイズ音が聞こえてきた。
どうやら校内放送用のスピーカーから流れているらしい。
みんな一斉にそっちを見て、すぐに教室に甲高い飄々とした声が響いてくるのだった。
『おめでとうございま~す! あなたたち2-1は、この王たるわたくしの主催するダンジョン型デスゲーム〈ディスクライド〉の参加者に選ばれました~!』
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