ありがとうの魔法と心の通貨

まさか からだ

第1話 不思議な町と「心の通貨」

 ゆうたが暮らす小さな町は、川沿いの静かな場所にありました。豊かな緑に囲まれ、どこか懐かしい風景が広がるこの町には、ちょっと変わったルールがありました。それは、「お金がなくても助け合える」という不思議な仕組みでした。




 ある日の夕暮れ時、ゆうたは祖母と一緒に夕ご飯を食べながら聞いた話に、驚きと興味を覚えました。


 「ゆうた、この町にはね、特別な通貨があるんだよ。それは『心の通貨』って言うの。」

おばあちゃんは、ゆうたの目をじっと見つめながら続けました。

 「お金みたいに見えるものじゃないけど、人と人をつなげる魔法みたいなものなんだよ。」


 ゆうたはスプーンを止め、眉をひそめました。

 「心の通貨? それって何?どうやって使うの?」


 おばあちゃんはニコニコ笑いながら答えました。

 「誰かを助けたら、その人から『ありがとう』って気持ちをもらえるでしょ?その『ありがとう』が積み重なってね、次に困っている誰かを助けるときに使えるんだよ。」


 「ありがとうを通貨みたいに使うの?」

 ゆうたの頭の中は疑問でいっぱいでした。お金で物を買うことは知っていましたが、「ありがとう」が通貨になるなんて想像もつきませんでした。


 「そうだよ。」

 おばあちゃんは優しく頷きました。

 「例えば、お隣の田中さんが畑の手伝いをしてくれたら、その分の『心の通貨』をもらって、次に田中さんが困ったとき、ゆうたが助けてあげられるんだ。」




 次の日、ゆうたは「心の通貨」という言葉を考えながら、いつものように学校に向かいました。道すがら、町の人々の様子がいつもより違って見えました。


 パン屋のおじさんが子どもたちにパンを分けてあげています。「ありがとう!」と声をそろえて言う子どもたちに、おじさんは満足そうに笑顔を返しました。


 そのすぐ隣では、お年寄りが道端に落ちた果物を拾おうとしていました。それを見た高校生のお兄さんが駆け寄り、果物を丁寧に拾い集めていました。おばあさんが何度も頭を下げて「助かったわ、本当にありがとう」と言っている姿が目に映ります。


 ゆうたは立ち止まり、じっとその光景を見つめました。人々が助け合い、笑顔で「ありがとう」を交わしている様子が、まるで絵本の中のように感じられました。




 家に帰ると、ゆうたはまたおばあちゃんに聞きました。

 「でも、『ありがとう』って、本当に通貨になるの? それじゃあ、お金で何か買うのと同じじゃない?」


 おばあちゃんは、少し考えるようにして答えました。

 「お金と違うところはね、『ありがとう』は信頼や感謝を通じてしか生まれないってことだよ。物を買ったり売ったりするだけじゃなくて、心が込められているんだ。」


 「心が込められてる……?」

 ゆうたは少し分からないような顔をしました。


 「そう、例えばパン屋のおじさんが子どもたちにパンを分けてあげたのは、『ありがとう』をもらいたかったからじゃないのよ。みんながお腹いっぱいになって嬉しそうな顔を見るのが、おじさん自身の幸せになるからなの。」


 ゆうたは頷きながら、少しだけ分かったような気がしました。町の人々が助け合っているのは、「ありがとう」という心の通貨があるからだけでなく、その助け合いが自分たちの幸せにもつながっているのかもしれないと感じたのです。




 その日の夕方、ゆうたは家の近くで困っているおばあさんを見かけました。おばあさんは、大きな荷物を持って坂道を上がるのに苦労していました。ゆうたは少し躊躇しましたが、勇気を出して声をかけました。


 「僕、お手伝いします!」

 おばあさんは驚いた顔をしましたが、すぐに笑顔になって言いました。

 「まあ、ありがとうねぇ。助かるわ。」


 ゆうたは荷物を持ち、おばあさんと一緒に坂道を登りました。大した重さではありませんでしたが、最後には少し息が切れました。それでも、おばあさんが見せてくれた笑顔と、「本当にありがとうね」という言葉が、なんだかとても温かく感じられたのです。


 家に帰る途中、ゆうたは何かが変わったように感じました。おばあさんの笑顔と「ありがとう」が、ただの言葉ではなく、自分の心に届くものだったのです。




 その夜、ゆうたはおばあちゃんにその話をしました。

 「僕、今日おばあさんを助けたら、『ありがとう』って言われた。なんだか嬉しかったよ。」


 おばあちゃんは満足そうに微笑みました。

 「それがね、ゆうた。心の通貨の始まりなんだよ。ありがとうは、自分を豊かにしてくれる宝物なんだ。」


 ゆうたはその言葉を胸に刻みました。町にある「心の通貨」の仕組みを少しだけ理解し始めた気がしました。そして、これからもっと「ありがとう」を集めてみたいという気持ちが芽生えたのです。

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