第2話 入団試験

 にぎやかな町の一角に、腰くらいの高さの木製の柵に囲まれた、大きな広場がある。土の広場には木製の武器や人型の標的がおかれいる。広場の奥には二階建ての大きな建物と、右手側にベンチには段差式の観客席が置かれている。観客席十数人ほど町の人が居て、広場の左手には細長く的が置かれた射撃場がある。ここは騎士団への入団試験会場、グラント王国の王立騎士団の訓練場だ。そして今から入団試験の合格発表を迎えるのだった。

 受験者は訓練場の中央に横に一列に並ばされて、試験管が一人ずつ彼らを呼び前に呼び合否を伝える。合格した者は合格した者にはここで青色の騎士団の制服が与えられ、不合格者はその場から黙って去らなければならない。

 列の中央にリックが居た。パレードを見ていたおとなしそうな少年の姿から幼さが消えていた。他の受験者が緊張で視線が動いたり、手を結んだり開いたりと落ち着かない様子なのとは対照的に、リックは自信に満ち溢れた様子で自分が呼ばれるのを待っていた。なぜならリックは試験の実技、筆記も完璧な出来で、絶対に合格できると確信していたからだ。彼の頭の中は白いシャツと皮のズボンとブーツという、いかにも市民みたいな服から、騎士団の制服に着替えることでいっぱいだった。


「次! リック・ナイトウォーカー」

「はい!」


 リックの名前が呼ばれた。周囲の視線が彼に集中する。少し緊張していたからか、いきおいよく大きな声で返事をしたリックは、少しだけ多くの注目を集めていた。彼はゆっくりと合否を伝える騎士の前へと歩み出た。

 騎士の持った青い制服を見て小さくうなずくリック、彼は王都から離れた田舎に生まれ、どこにでもある平凡な人生を送っていた。しかし、騎士になれば、王国の英雄としての、暮らしがリックを待っているその期待に彼の心は踊った。リックの視線に、騎士の口がゆっくりと開いていく姿見える。今まさに、リックの騎士としての人生が……


「お前は不合格だ。帰れ」


 終わりを告げた。リックは不合格という言葉に一瞬で頭が真っ白になり、わけもわからず声をあげた。


「えっ?! はぁ!?」


 実技試験の模擬戦でも相手を圧倒し、筆記試験の内容も全て理解できた、合格間違いなしと自信があった、リックに告げられた不合格という通知。彼は当然納得できずに食い下がる。


「なんで? どうして俺が不合格なんですか?」

「うん? あぁ…… お前は騎士団としての資質がな…… 特に礼儀とかな」


 気まずそうに指で顎をかきながら、どこかリックを見下したような瞳で見ながら、不合格理由を告げる騎士。彼の態度からこの合格理由は、とってつけたものであることは明らかだった。


「(なんだよ礼儀って…… こっちは人生がかかってんだぞ……)」

 

 あまりの怒りにリックは呆然と怒りの感情だけが、頭をめぐるだけで黙りこんでしまった。黙っている彼に騎士は右手を伸ばす。


「ほら、次が待っているんだ。邪魔だから、さっさとどけ!」

「あっ!? えっ?」

「いいから! どけ!」

「いたっ!」


 リックは不合格を、通知した騎士に肩を押され我に返り、うなだれてゆっくりと出口に向いて、その場から離れようと歩きだした。


「(なんでだよ!? どうして? 俺はもう騎士になることが……)」


 騎士団の入団試験が唯一の騎士になる道だった、合格できなければもうリックは騎士になることはできない。


「(うん!?)」


 出口へと向かうリックと模擬戦で、相手となった小さな男性がすれ違う。小柄な彼は模擬戦でリックに手も足もでずに負けている。


「(次はあんたか…… かわいそうだけどあんなんじゃお前も残念な結果だろうな。)」


 すれ違った小さな男性の背中を憐れむような視線でリックは見つめるのであった……


「君は合格だ! おめでとう」


 リックの時とは違い、笑顔で騎士団の制服を小柄男性に渡す騎士。その光景を見つめていたリックが思わず心の声を吹き出す。


「えっ?! 合格って…… はっ?! こいつが…… 合格? おかしいだろ?! 実技試験の模擬戦で俺の圧勝で終わったのに?」


 ぶつぶつと小声でつぶやいたリックの足は、いつの間にか騎士の元へと向かっていた。徐々に感情が大きく高まった彼は思わず叫んで知った。


「なんでだよ!!!!」


 リックの声が届いた騎士は、彼を見つめ明らかな嫌悪の表情を浮かべている。


「おい! お前! 邪魔だ! 不合格だった者はさっさとここから出ていけ!!」


 騎士はリックに大声でここから出ていくように命令をする。リックは怒りに任せて騎士をにらみ、左手で自分の剣の鞘をつかむ。


「(もうどうでもいい! こうなったらなんで不合格か聞かせてもらおうか……)」


 リックは自分がなぜ不合格なのか、力ずくで聞き出そうと覚悟を決め、右手を剣にかけた。騎士は彼の子に顔が強張ってく。


「ふぇ!?」


 誰かがリックの背中を引っ張った。彼が振り返ると短い黒髪の目が細い中年男性が、真剣な顔で彼のシャツの裾をつまんで引っ張っていた。


「えっ!? 兵士さん!?」


 リックの背中を引っ張る中年男性は襟のついた茶色の兵士の制服に身を包んでいる。騎士団の試験場に兵士が居たことに驚きリックの動きが一瞬だけ止まる。男性はリックが動きが止まると細い目をさらに細めてにこっと笑った。


「まぁまぁ、お前さん、落ち着いて。僕が飲み物でもおごるからさ。とりあえずここから移動しよう。なっ?」

「はっ? 何を? 俺は不合格の理由をちゃんと……」


 顔をリックに近づけた、中年兵士は彼の耳元でささやく。


「おい…… お前さん。騎士達の手が剣にかかってる見えてるだろ? 落ち着きなよ。これ以上お前さんが騒いだらどうなるかわかるだろ?」


 リックが中年の兵士の言葉に冷静になり周囲を見渡す。訓練場に居る十人ほどの騎士達全員が剣に手がかかっているのが見えた。

 おそらくリックがもっと騒げば、容赦なく一斉に切りかかってくるだろう。


「くっ…… わかったよ」

「よし! じゃあ、お前さん移動するよ」


 状況を理解したリックは悔しそうに手を剣からはなした。中年兵士は笑ってうなずき、彼と肩を組んで一緒に歩いて訓練場を出ていく。


「よくあることだから気にするなよ」


 歩きながら中年兵士はリックに話をする。毎年リックのような者が、一人か二人はいて騒動をおこすから、騎士達は慣れてるし黙って出て行けば問題はないということだった。リックは中年兵士と一緒にそのまま試験会場から出て、会場から少し離れたベンチに腰掛ける。


「ふぅ…… とりあえずこれで大丈夫かな。んで? お前さんはこれからどうするんだい?」

「おっ俺はやっぱりこの試験には納得できない。戻ってちゃんと説明を……」

「はぁ!? もうやめとけよ…… 切り殺されるか、牢屋にぶち込まれて二度と家に帰れなくなるぞ?」

「はっはい…… でも、おれは騎士にならないと……」


 リックにこれからどうするか尋ねる中年兵士、小さいころから騎士になることしか考えていなかった、彼は答えだせずにいた。ベンチの横に座った中年兵士は、不思議そうな顔をしてリックのことを見た。


「お前さん、そんなに騎士になりたっかたのか? 金はちゃんと払ったのか?」

「金? 試験料なら払いましたよ」

「違うよ…… 試験官と行政官に渡す金だよ。最近は賄賂を試験官と行政官に渡すか、貴族のコネがないと騎士団には入れないぞ?」

「えっ? そうなんですか!? 知らなかった……」


 呆然とするリック、彼は国が乱れているとは思ってたが、騎士になるのにも、金かコネが必要なんて思いもしなかった。もちろん小さな村から出て来たばかりのリックに、賄賂を渡す財力も、貴族のコネなんかあるわけはない。


「なーんだ。最初から無理だったんだな…… 騎士になんてなれなかったんだよ…… 俺」


 小さくうなずいて空を向いてつぶやくリック、中年兵士は彼を優しい目で見つめている。


「ごめんなさい。俺はここから遠い田舎のマッケ村から来たから、王都の事情には詳しくなくて」

「そうか…… まぁ最近じゃどの町もこんなもんさ。特にここ王都はひどいけどな。でも大丈夫! そんなあなたに新たな素晴らしい就職情報だ」

「へ!?」


 驚いて固まるリックにまた肩を組み、中年兵士は彼の覗き込む。その表情はにこやかにほほ笑んでいた。


「それがこれ。なんとこのグラント王国を、体をはって守る。正義の味方! 王立第四防衛隊だ!」

「はい? っていうかあなたは誰なんですか?」


 中年兵士はは胸のポケットから紙をだしてリックに渡す。その紙には大きな文字で ”王立防衛隊員大募集!” と書いてあった。


「僕が誰かって? 僕は第四防衛隊の隊長、カルロス・ロンメルだよ。よろしくね、リック君!」


 カルロスは名乗るとリックに向かって手を差し出して彼の右手をつかみ強引に握手をする。リックはなぜカルロスが自分の名前を知ってるのか驚き呆然としていた。


「模擬戦を見ててね。君をぜひ第四防衛隊に迎えいれたいと思ったんだよね」


 にこやかに話を続けるカルロス、リックは彼が会場で自分のことを見ていたので、名前を知ってるのかと納得した。


「いやね。僕は毎年入団試験で落ちた見込みのある子を防衛隊に誘っているんだけど、君はすごいよ! ぜひ防衛隊に来てほしい」


 握手をする手を上下に動かすカルロス、防衛隊とかっこよく名乗っているが、所詮はただの王国兵士である。リックの希望はあくまでも王城に寄り添い、馬を颯爽と乗りこなす騎士なのだ。彼はカルロスの言葉になびくことなく、自分の夢をあきらめ実家の農家を継ごうかと考えていた。


「俺…… 防衛隊はやっぱりいやかな!? 騎士がダメなら素直に実家に……」

「えぇ!? いまなら、入隊特典にいろいろつけるからさ。頼むよ人手が足りてないんだよ! ねっ?!」


 カルロスは手を離し拝むような姿勢でリックに防衛隊に入るように頭を下げる。自分よりもかなり年配の中年男性に、頭をさげられたリックは気まずさでいっぱいになる。


「ごっごめんなさい。俺は実家に帰るんで!」

「あぁ! ちょっと待って」


 強引に話を終わらせ、ベンチから立ち上がったリックは、その場を離れようと駆けだす。手を前に伸ばした格好でカルロスはリックを追いかけてきた。


「(もうついて来るなよ! しつこいな)」


 リックはいやそうな顔でカルロスを見つめ、小走りで最初の角を曲がった……

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