第2話 異世界こんにちわさようなら

 ……足元に落ちてる草をそっとつついてみた。


 無反応。


 もう一度つつ……


『おら! いい加減に現実を受け入れろ! さっさとを拾って水に浸せや!』


「はい!!」


 何も分からないまま……謎の声にた僕は、まだ土が付いたままの草を拾ってキッチンに駆け込んだ。


「えっと……」


 とりあえず洗って分別してあったトレーに水を入れ、変な草の根を浸す。


 僕は……そこで改めてこの草の形をじっくり見る事になった。


 根の部分は、最初の印象通り捻くれた人参の様な形だ。その根っこから生えた葉は、黒土がたっぷりとこびりついた根とは対象的に青々として……なんだ? 何かおかしいぞ?


「何だこれ? この葉の形……何種類あるんだよ??」


 なんと言ったらいいのか分からないけど……普通なら、一つの根から生える葉は同じ形なのが当たり前だ。


 それが……この草の葉の部分はいくつかのが、まるで勢力を争うみたいに繁っている。そして根のサイズからすると“繁り過ぎ”の葉の上には……


「へぇ……」


 朱色の花が……たった一輪だけ咲いていた。


 (見た目は……タンポポに近いな。でも大きさはタンポポより一回りか二回りは大きい)


『ふい………生き返るぜ。やっぱり一仕事した後は一杯のが人の幸せってもんだぜ』


 またしても聞こえるオッサン声……とは言え流石に三回目ともなれば僕だってその声がくらいは想像出来る。


 理解は出来ないけど。


 今のところコレがどんな物かはさっぱり分からないが、それでも一つだけ言える事があった。


「よく言うよ……お前はだろ? と言うか……さっきから僕に聞こえる声の主は“お前”なんだな?」


『おっ? 少しは落ち着いたようだな』


「落ち着いた? 本当にそうなのかは甚だ疑問だね。 本音を言えば今も“血流を遮断された脳が幻を見せてるんじゃ無いか?”って疑ってるよ」


 傍から見れば……僕は変な草に語りかける狂人だろうな。


『まあ、お前達の常識からしたらそうだろうよ。だがな、常識ってのは常に新しい知識との出会いで変わって行くもんなんだよ』


「偉そうに何を言って……?」


 ちょうどその時、こびりついていた大量の土が水を吸って根から剥がれ落ち、パックの底に沈んだ。


「お前……?」


 ねじくれた根菜の様なは、まるで“ブサイクな赤ん坊”みたいな姿をしていて……ただ僕が驚いた理由はそれだけじゃなかった。だいたい、ただ“人に似た形の根”なら、ネットで見かける面白野菜の画像とそうは変わらない。


 僕が驚いたのは……根菜の上部、ちょうど人の頭の位置にあたる部分。土が剥がれ落ちたそこに──まるで人と変わらない造作のが現れたからだ。


『オレか? そうだな、で言うなら……マンドラゴラ、アンブロシア、生命の木、扶桑、プロメテイオン、オオカムヅミ、仙桃、アルラウネ──呼び方は無数に存在するが、殆どはオレの同類だ。で、結局オレが何なのか……まあ、お前らにとっちゃ名前よりこういう言い方の方が分かりやすいだろうよ。オレはお前達みたいな生き物からはこう呼ばれている。いわく……“不老不死の薬草”ってな』


 ………おいおいおいおい? やっぱり僕の脳味噌はどこかがおかしくなったらしい。


 なぜかって? だって根菜の口(そうとしか言い様が無い)が、脳に聞こえる言葉と同時に蠢いて見えるんだからね……


「やっぱりそうか……僕は死にかけのまま夢を見てるんだな」


『残念ながら夢じゃねぇ。まあ、呼び名は無数に伝わってるが、オレの様なは本来には存在しないからな……お前が信じねぇのも当然っちゃ当然だ。だがな、世の中ってのは“自分が知らない事”の方が圧倒的に多いんだぜ?』


 そんな使い古された説教で納得できるか!


「ああそうだろうね。僕は確かに無知なガキだ。だけどな……もしクラスメートが“脳味噌すら無いはずの根菜類がテレパシーで話し掛けてきた!”なんて言い出したら“適当に話を合わせて保健室に連れて行く”って程度の分別はあるつもりだよ」


 それにしてもすごいな。僕の脳がこのやりとりを作ってるなら、つまんない奴だと思ってた僕の想像力もわりと捨てたもんじゃないかも。


『ふう──頑迷な輩とはかくも度し難きものか……まあいいだろう。これ以上ないくらいに分かりやすく説明してやる』 


「はは、根菜類が偉そうに」


『根菜類って言うんじゃねえわ!!』


 なんだろう。こんな状況、どう考えてもおかしいのに──なんかちょっと楽しくなってきたぞ。


『まずオレが何かって話から始めようか──オレはな、大雑把に説明するなら“認識を拡張する存在”なんだよ。オレを取り込んだ生物は次元を超えてされるんだ。これに比べりゃ……不老不死なんてのはみたいなもんだ』


 ほう?? 


「はっ、面白い事いうね。他の世界でも見えるって言うのかな?」


『……まあ無理だろうな。オレを取り込んだところでお前の脳味噌のスペックじゃぁな……まあ、今はそれはいい。とりあえず説明を続ける、いいか? まずお前は“一度死んだ”って事を理解しろ。自分が絞首台からダイブした事は覚えてるだろ? その時、ほんの一瞬だがお前は生物としてを迎えたんだ』


「えっ?」


 ……お笑い草だ。自分から死のうとしたくせに、いざ“お前は死んだ”と言われたらショックを受けるなんて……


『今更そのくらいの事でビビるんじゃねえよ』


「……続けて」


『ふん。お前に限らず“生き物が死ぬ寸前に信じられない様な力を出す”ってのは珍しいこっちゃねえ。人間だって火事場になりゃ婆さんがタンス持ち上げたりするだろ? それがお前の身体にも起こった。ただ、お前が変わってるところは……一瞬だけ死んだ間にし、その世界に入り込んだ事だ。そして、繋がった別の世界からのが……オレだよ』


 ……僕の妄想凄くない? 


「それは凄い。つまり僕は流行りの異世界に飛び込んだ訳だ。僕が泥だらけになってる理由としては一応説明出来てる。でも……それならどうして今は自分のアパートで雑草とおしゃべりしてるんだよ? この肥満体のおかげで助かったのは良いとして、その後の事は“酸欠で朦朧として外で転げ回った”って方がよほど現実的じゃないか? この際“話す根菜類”って存在には目をつぶったとしても……異世界の存在だって言うお前が……何でを喋ってるんだよ? えっ? 答えてみろよ根菜類」


『はっ! オレがお前等の世界の知識を持ってるのは……全ての宇宙に存在する全知記録概念アカシックレコードに繋がってるからだよ。言っただろ? “認識を拡張する存在”だってな?』

 

 おっと……異世界モノかと思ったらマルチバースだった。


「随分と都合のいい話だ。悪いがそれを聞いた途端、ますますこの会話が“妄想の産物なんじゃないか?”って気がしてきたよ。だいたい……おかしいじゃないか? 僕が並行世界だか異世界だかに行ったって言うなら、何でまたこのアパートに戻って来てんだよ?」


『そりゃあ、なんの準備も無しに。お前マンドラゴラの伝説って知ってるか? たしかフィクションの世界じゃ有名な設定になってるだろ?』


 それってもしかして?


「……聞いた事はある。マンドラゴラは引っこ抜く時に叫び声を上げる、それを無防備に聞くと人は死んでしまうとか……ちょっと待て。じゃあ僕は──異世界で死んでこっちに戻って来たって事?」


『御名答』


 何が御名答だ。そんなチャンスがあったならせめて異世界チート無双くらいさせろ……って、そういう事じゃない! 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る