2人のvtuber


     ◆


 ――帰宅してすぐにあたしは服を脱ぎ お風呂に入った。

 お湯の入った浴槽の中で足をぐっと伸ばし 今日あった出来事を思い返す。


(なんなのよ あの母親……。マリアと正反対じゃない……。マリアは虐待されてないって言ってたけど 怪しいものだわ……)

 

 浴槽から出て 裸の自分を鏡に映す。


(……でも 他人の家庭事情に ずかずか踏み込むのは 慎重にやらないと……)


 決意を込めて鏡に映る自分を見つめた。


「もし、虐待されているなら あたしが救ってやるわっ!」


 ――あたしの大切な親友を――


      ◆


 自室で 濡れた頭をタオルで拭きながら パソコン画面に映る『愛ノ原はっぴぃ』の配信を見る。


 嫌いだけど 配信はちゃんとチェックしているのだ。

 まあ 敵情視察みたいなものね。別にファンって訳じゃないんだからね。


「はぴぃ♡はぴぃ♡はっぴぃー♡」

 

 いつもの常套句。悪いわね 今日パクらせてもらったわよ。


「今日はみんなに 聞いてもらいたいことがあるの。なんと 今日 学校でわたしに 初めて友達ができましたぁ!」


 なにィ! あの 中身は人見知りを公言している ピンク女に……!

 ぼっち設定かと思ったけど ガチだったのか?


 コメント欄が爆速で流れる。


 ◆おめでとう 相手は誰? 性別は?◆


「相手はだれか? 女の子でーす♡」


 ちぇ。男なら人気が下ったかもしれないのに……。


 ――そこから興奮した様子で その友達について語り始める。


「――彼女はとても漫画が上手で………えっ? どれくらい上手かって? 漫画賞で賞をとるくらい……あっ! あははっ じゃあ、次の話題は……」


 とうとつな話しの切り替えに違和感を覚えた。


 コメント欄に ◆これ特定できるんじゃない? 調べろ調べろ◆ と。


(ああ 身バレを防ぐためね……。でも……へー……。今日、漫画賞をとった友達がねぇ……へー……んっ? 今日 漫画賞 友達……? ま、まさか………)


「あたし!」


 いやいやいやいや そんなわけ――


 ――――あたしじゃん!


    ◆


「…………」


 放課後の美術室の前で足を止める。


 今日、彼女がここにいることは確認済みだ。


 ここにいるのは 違うと確信するためだ。

 あたしの親友だと確信するためだ。


 心の中で願い続けた――。


 違いますように違いますように違いますように――と強く。


 呼吸を整え ドアを開ける。


「あっ! 智花。今日も来てくれたんですねぇ?」


 あたしの〇〇が満面の笑顔で近づいてくる。


 心臓がバクバクと高なる。


 口が開かない。心が聞くことを拒否する。


「………あ、あなたが……」


「?」


 言うな言え言うな言え言うな言え言うな言え言うな言え―――


「あなたが vtuber愛ノ原 はっぴぃなの?」


 聞いてしまった。

 彼女の時が止まり、真剣な表情に変わり――


「………はい。私が『愛ノ原はっぴぃ』です……」


 初めてあたしは地獄というものを信じた。

 絶望するあたしに告げられる。


「智花。わたしの家に来ませんか?」


 何故かアリス・エーデルワルツの自宅に招かれてしまった。


    ◆


「へ、へー。ここで 配信活動してるんだ……」


 部屋に案内され 内装を見渡した。

 真っ白な部屋で パソコン以外に目立つ物がない。

 真っ赤な顔でモジモジしている。


「……初めてです……」


「え?」


「……初めて……友達を家に呼びましたぁ ……」

 

 笑顔がめっちゃ可愛い♡


「へ、へー そうなんだ……」


 ヤバい 嬉しい 決意がぐらぐらと揺らいでいく。


 思い出せ思い出せ! 妹との誓いを――! 


 どんな手を使ってもナンバー1vtuberになるって誓ったでしょ!


 言え言え 言ええええええッ!


「な、なんで、あなたはvtuberになったの?」


 そうじゃないでしょ! その質問はあたしが―――


「………」


 沈黙してマリアは真剣な表情で告げる。


「……リスナーに 愛を与えたいからです。あたしに愛を与えてくれた 黒条切華さんみたいに……」


「…………っ」


 嬉しいぃ 嬉しいよぉ キタナイ手なんて使いたくないよぉ


 でも、あたしは――あたしは――


「……そ その……智香……。配信みたいですか?」


「え?」


「……あなたのためだけに、配信をさせてください……」


 あたしの『敵』が『親友』が 熱い瞳であたしを見つめている。


 はぴぃはぴぃ はっびぃぃぃぃッッッ! 心の中で叫んでしまった。


 ――マリアは、まるで隠しているような場所から配信機材を取り出した。


「はぴぃ♡はぴぃ♡ はっぴぃぃ♡ 智花♡」


 あたしのためだけに親友が配信してる。


 こんないい子を あたしは……。


 でも あたしは最低でいい!


 言え言え言え言え言え! 妹との誓いを果たすために言え――――


「ま、まり―――」


「マリア」


 部屋のドアが開き、あたしの言葉が遮られる。


「お、お母さん……!」


 悪魔がこの部屋に降臨した。


「……これは何?」


 パソコン前の配信機材をジロリと睨む。

 マリアは怯え 全身を震わせた。


「……あ あの……vtuberの……配信の……」


「前に、やるなって言ったわよね?」


「……は、はい……」


「vtuberだっけ? よくわからないけど そんなモノいますぐやめなさい、いいわね?」

 

「は、はい……やめます……。ごめんなさい……お母さん……」


「あなたは、私の言う事だけ聞いていればいいの。なんで あなたなんて 産まれてきたのかしらね……」


「……ごめんなさい……」


 涙をボロボロと流している。


「……………」


 それをあたしは無言で見つめていた。


 ――それからの事はよく覚えていない――。


      ◆


 ――ガチャ。


 気づいたらあたしは家のドアを開けていた。


 どうやらあたしの願いは叶ってしまった という事だけはわかった。


      ◆


 ――ごめんなさい、ご主人様。配信をお休みします――


 パソコンの前でメッセージを打ち込み ベッドにごろんと寝転んだ。


 ザー。


 雨が降るなか 学校に登校する。


「ねぇー、智花? はっぴぃちゃん、昨日 何も言わず配信を休んだらしいよ?」


「へぇー」


 知ってる。ぜんぶ――。


     ◆


 ――3日 4日 ずっと学院にもこず 配信も何も言わず休み―――


 ザー。


 雨音が毎日うるさい……。


 ザー。


 雨音が毎日とてもうるさい……。


 ザー。


 心の中も、外も、うるさいうるさいうるさいっ!


     ◆


 ピンポ――ン。


「マリアはいますか?」


「いないわ、帰って頂戴」


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン――


「あ、あなたねっ、ふざけないでェ! 退学にするわ――」


「 うるせぇーババア! あたしの親友を出しやがれェ!」


 扉が――バンと開き、マリアが、あたしの親友が――


「智花!」


「マリア!」


 あたしたちは抱き合った。


「なんで来たんですか、バカぁ」


「うるさい、大バカ! あんたのためよぉ!」


 抱き合うあたしたちに、母親悪魔が近づいてくる。


「……な、なんなのよ、あんたは……? うちの娘に何を吹き込んでいるのよ?」


 その言葉に怒りを覚え 睨みつける。


「ふざけるなッ! こんなに泣いてるのに、こんなに苦しんでるのに、何が『娘』だッ! あんたは母親じゃない、ただの大バカクソアマァよ!」


 わなわなと怒りに震え――。


「そ、そっちこそ ふざけないでェ! こんな子の母親なんかに なりたくなかったわよ! なんで あんたなんて生まれてきたのよ! あんたのせいで 私がどれだけ苦しんできたのかわかる? あんたを一度だって……――ッ!」


 ポロポロとマリアは涙を流した。


「……ごめんなさい、お母さん……。生まれてきてごめんなさい……ごめんなさい……」


 泣き崩れるマリアを抱き締めた。


「ありがとう……」


「――!」


「生まれてきて、ありがとう……。あなたのファンは、みんなあなたのことをそう思っているわ……」

 

「 うわああああああああっ! 」


 泣き叫ぶマリアの頭を撫でる。


(……ありがとう、あたしと友達になってくれて……)


 立ちつくして悪魔母親は――。


「……な、なんなのよ あんたらは……。あたしの気持ちを少しも理解していないくせに……」


 身勝手な暴君に告げる。


「理解してるよ……。この子はあんたの気持ち、誰よりも理解してる。あんたはどうなの? あんたはこの子の気持ちを理解してるの? あんたのことをどれだけ愛しているか……ううん、違う」


 母親を強く睨みつけ。


「理解したうえで それを無視しているんでしょ? 無理やり絞り出すように この子を憎んでいるんでしょ?」


「…………」


 複雑な表情で立つ尽くす母親に想いをぶつける。


「この子はね、あたしを含めて沢山の人を幸せにしてるんだ! 子供1人 幸せにできないあんたには もったいない娘よ!」


 マリアがぎゅっとあたしに強くしがみついた。


「もう、この子を傷つけないで! この子は誰よりも幸せになっていい子なの! あんたがいらないなら あたしが奪って幸せにしてやるわッ!」


 あたしから離れてマリアは、母親と向き合った。


「……お母さん、わたしはどんなことがあっても あなたを愛しています。でも、どうか わたしにvtuber活動をさせてください。お母さんと同じくらいに大事なものができたんです、お願いします……」


 深く頭を下げたマリアに、母親は暗くうつむき。


「……出て行きなさい。この家から出て行きなさい……。そんな訳のわからないモノを続けたいなら、この家から出て行きなさい……」


「………」


 そっと、母親に触れようと指を伸ばす。


「近づかないでェ! もう、私の目の前に現れないでェ! お金ならいくらでもあげるから出て行って!」


 茫然とするマリアの肩を叩き。


「……帰ろう。あたしの家に……」


 車椅子を押した。


「お母さん、どうか幸せになってください。わたしのことなんて忘れて、幸せになってください。どうかお願いします……」


 最後の言葉を残して家を出た。


    ◆


 1人残された母親はその場にへたれ込み。


「……本当に……あたしにはもったいない娘ね……」


 つぶやき、涙をボロボロと流した。


「お願い……。私なんか忘れて、幸せになって……お願い……ううぅっ」


 どうしようもない衝動を抑え、娘の幸せを願った。


     ◆


 家から出たあたしたちを、雨が止んだ雲の隙間から 明るい陽射しが照りつける。


 虹がかかる空を見上げるあたしの前で、妹が微笑みかける。


 ――頑張ったね、お姉ちゃん――


 ――真由のおかげだよ――


    ◆◆


 ――真っ暗な暗闇の世界に、あたしの身体がずぶずぶと沈んでいく。


 ゆっくりゆっくりゆっくりと――


 そんなあたしを誰かが見てる。


(これは夢? 死んだはずの真由がいる?)


「……真由……。お姉ちゃん、ナンバー1vtuberになったよ……約束したとおり……」


 うずくまるあたしに妹が近づいてくる。


「真由?」


「バカあー!」


 顔面をグーパンされた。


 ?  ?  ?


 困惑するあたしを怒鳴りつける。


「いつまでメソメソしてるの、お姉ちゃん!」


「あははっ、情けないなー。夢の中の妹に 慰めてもらうなんて……」


「……ここは夢だよ。わたしもただの夢の存在だよ……」


 暗くうつむくあたしの顔を、妹が両手で むぎゅっとつかむ。


「……でも、お姉ちゃんの中にいるわたしだよ……」


「………っ」


「お姉ちゃんが大好きっていってくれた、わたしだよ」


 あたしの濡れる瞳を見つめて真由は、身体をぎゅっと抱きしめる。


「わたしはお姉ちゃんが大好き。 だから自分を嫌いにならないで……」


「ううっ。うえ――――ん! まゆ〜〜〜ぅ!」

 

「さあ、行ってきて。わたしの大好きな お姉ちゃん」


 妹に背中を押され、暗闇の世界から 大切な親友の元に向かった。


     ◆◆


 晴れた陽射しの中にいる妹の姿が消えていく。


(……ありがとう、真由。あんたのおかげで、大事なものを失わずにすんだよ……)


 微笑むあたしに、車椅子に座るマリアが。


「黒条切華さま、どうかしたんですか?」


「……妹に……ちょっとお礼をね……」


「妹さんがいるんですか?」


 胸の前でぎゅっと手を握りしめ、妹との思い出を噛みしめる。


「……うん……。あたしのここに…………」


 ん?


「うん? 黒条切華……?」


「はい、これからよろしくお願いしますね、黒条切華さま♡」


 満面の笑顔の親友に問いかける。


「ど、どうしてそれを……?」


「はい。わたし、大ファンですから♡」


 そっと唇をあたしに近づけ――


「……さあ、帰りましょう。わたしたちの世界へ……」


 顔を真っ赤にしてあたし達は歩んで行く。


「……ええ、そうね……帰ろう。あたしたちを待ってくれているあの場所に……」


 2人でvtuberの道を歩んでいく。


 ――2人でずっと一緒に……。

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あたしの親友が人気vtuberだったので脅してみた 佐藤ゆう @coco7

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