第3話 レジスタンス
舗装されていない道を歩くと、蹴飛ばされた瓦礫の破片が軽い音を立てて転がっていく。ブラッドはそんなことには気に留めず何度目かわからないため息をついた。そしてため息をついたことに気づき、また嫌な気持ちになる。
流されている。
想定していなかった状況に。想定できない相手の反応に。想定できない未来に対して。全てがブラッドの感情を逆撫でして嘲笑っているように感じる。
それでも乖を工場から連れ出したのも、自分の住宅に連れ込んだのもブラッドの判断だ。ブラッドは乖のような実験体に今まで何度か会ったことがあった。薬漬けにされ末期状態の者、衰弱し死ぬ寸前の者、あるいはすでに亡骸となった者。
形状も様々だった。乖のように五体満足の実験体に会うのは初めてで、大概は四肢を切断された者や顔を削ぎ落とされた者、液体漬けで体が溶けかけている者など人間らしい形をしていなかった。そこまでくると彼らに痛覚が残っていたのかさえ怪しい。
そんなのばかりに会っていたので、ギフトとまともに意思疎通をとるのも初めてだった。
「ギフトか……」
ギフト。それは人ならざる力に目覚めた者たち。ギフトはみな国の研究者によって道具として使い捨てられてきた。乖もその被害者の一人なのだ。
背景を知らずとも、ブラッドはそんな彼らを他人とは思えなかった。
町の東側の地区にたどり着くと、そこには崩壊したビルが並んでいる。その隙間を縫うように歩くと、五十メートルほど進んだ先の地面に真四角の扉があった。ブラッドは迷わず扉を開け、現れた梯子をするすると降りていく。
「ブラッド!無事で良かった」
梯子を降りきったところで大柄な男がブラッドを出迎える。わざわざ出入り口の近くで待っていたのだろう。
短く切られたこげ茶の髪に、髪と同じような目の色。ブラッドより大柄なため、視線を合わせるには少し顔を上げなければならない。胸元には半球の形をした古い木製のペンダントが下げられていた。
パッと人の良い顔に笑みを作る男を見て、ブラッドは眉間に寄っていたシワをわずかに緩める。
「アラン。工場の崩壊を確認した。確認できてる工場の数から考えるに、上流階級共への食料提供率が二割くらいは減ったんじゃないか」
「二割……まあそうだよな。食品工場は他にもいくつかあるし、いきなり大打撃というわけにはいかないよな」
いいや、とブラッドはアランと呼んだ男の言葉を否定する。
「お上の方々は常に物に溢れ満たされた状態に慣れきってるからな。少しでも『不足してる』『足りない』という状況になればパニックになる。集団で混乱すれば大きな騒ぎになり、見過ごせない問題になるはずだ」
「なるほど。俺たちの存在を目立たせるには十分だってことか」
「まぁ、ほぼ希望的観測」
「それやっぱりダメってことじゃねぇ?」
首肯するブラッドに対しアランは苦笑を漏らす。彼はブラッドより三つほど年上で、面倒見が良く周囲への気配りもマメに行う。何より人に好かれやすい性格のため、ブラッドの右腕としてリーダーと部下の仲介役も担っていた。
ブラッドが奥の部屋に向かうと、通路ですれ違うレジスタンスのメンバーはそれぞれブラッドに向けて挨拶の言葉を述べた。ブラッドより年上の人間の方が多いが、みなブラッドをリーダーと認め、不満を言う者は誰もいない。ブラッドより先に声をかけるのが彼らなりの敬意の表し方なのだろうとブラッドは思う。
ブラッドが目的の部屋に入ると、そこは独房のような作りになっており、白衣を着た一人の男が檻に押し込むように入れられていた。今回破壊した工場にたまたまいた職員だ。隅でうずくまっていて、特に動きはない。
「何か情報は掴めたか」
「いや……すでに知ってる情報ばかり。末端の人間だ」
アランは哀れみの目を男に向けるが、ブラッドは一蹴するように舌打ちをした。
「どうせ貧民街から引っ張ってこられたんだろう」
「そうだな。上流階級の奴らに金をもらえるとか都に入れてもらえるとか甘い言葉をささやかれたんだろ」
そうして調教を受けて利用され、最後はトカゲの尻尾のように切り捨てられるのだ。いつもアランは愚かだと言う一方で同情心を抱いていた。ブラッドにはイマイチわからない感情だ。
「時間が経てばまた何か吐くかもしれない。だが余計な拷問は行うなと担当に伝えてくれ」
「わかった」
ブラッドは細長く息を吐くと、通路に出て広い部屋に入る。そこは作戦会議や報告を聞く際に使用している空間で、十五人くらいは広々と使える余裕があった。
談話していた他メンバーの数人がブラッドに気づき、それぞれ挨拶の言葉を述べる。ブラッドは一瞥すると、古びたテーブルの上に広げられた地図を見下ろした。
今回ブラッド達が破壊したのは、西にある食品工場。それより先の西側には行き止まりを示すような壁のマークがある。
さらにそのマークは歪な円を描くように地図全体に広がっていた。
「鎖国で壁を作るなんて、この国は本当に狂っているな」
ブラッドの横に立ったアランがぽつりと呟く。ブラッドは黙ったまま右手の人差し指を地図の真ん中に置く。そこには大きな都があることを示すマークが描かれていた。
ありふれたことだ。この小さな国では中央の都を要人や上級国民で占領し、贅沢を尽くしている。そして都に入れなかった平民は彼らの贅のために全ての苦労を背負わされる。
十年前までは特に管理も何もされていない発展途上国だったが、唐突に外の手が入り多くの町が破壊され、村は潰され、多くの人々が命を失い、そして生き残りは壁で囲われた空間に閉じ込められた。
理由なんて平民のブラッドやアランが知ることはできない。だからといって何もせず死を待つのはそれこそ死んでもごめんだった。
「上級国民様は今も食っちゃ寝の生活を続けてるんだろうな」
「多分な。その間も俺たち平民は飢餓や奴等の暴走に心身ともにすり減らしてる。……アラン、もう一つの工場の実行隊と壁側の調査隊の報告は」
「まだだ。工場はもう少し時間がかかるらしい。壁側は相変わらず警備ロボが狙撃してくるが、警備が手薄なところがいくつか見つかったと聞いている」
アランの端的な答えにブラッドはうなずく。
「ならもう少し様子見だな」
「そうだな。じゃあお前は休め」
「は?」
アランの言葉にブラッドは不平を漏らすような棘のある返答をする。しかしアランは呆れたように目を細めた。
「お前さ、今日少し変だぞ。焦ってるというか動揺してるというか。表情がいつもより固いし」
図星を突かれブラッドはわかりやすく顔をしかめる。よく喜怒哀楽が表に出にくいと言われるブラッドの変化に気づくのはアランくらいだ。逆にアランには隠し事が通じないため、世話焼きな面も相まってブラッドはお節介だと感じている。
嫌いではない。だがたまに厄介なのだ。
「……ああ、連日の疲れが溜まっているらしい。お言葉に甘えて休ませてもらう」
「その方がいい。それで何かあったのか?」
「いいや? あとオリビアから物資の搬入について話があると思うから、お前が代わりに対応してくれ。以上、それじゃあおやすみ」
アランが追及する前にブラッドはとっとと話を切り上げ部屋を出る。「これ以上詮索するな」と圧をかけるブラッドに、アランは困ったように口をつぐんだ。だが追いかけることはしなかった。
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