第1話 告白
「ブラッド! メインシステムの破壊が確認できた。もうじき全体の爆弾が起動する」
「そうか」
通信機越しに聞こえる仲間の報告に、ブラッドは端的な返事をする。予定は順調。のんびりお昼寝をしていても、工場の崩壊という運命が覆されることはないだろう。
ただ、ここは今まさに爆破しようとしている工場の中。悠長なことをしていたら昼寝ついでにあの世行きだ。工場全体をコントロールしているメインシステムを破壊するには、内部に侵入する必要があった。そしてブラッドはリーダーとしてその危険な役目を背負っていたのだ。
「脱出前に、何か頂戴できるものは」
ブラッドは肩にまとわりついていた自分の黒髪を手で払い、のそりと立ち上がる。
床に転がる自律型警備ロボを大股でまたぐとそのまま管制室から出ていった。
この国の各地に点在するこの工場では、都に住む上級国民に支給される食事の『基』が製造されている。見た目はドロっとした液体なのだが、それを化学反応を起こしたり色々手を加えたりすることで形作られるらしい。
例えばパン、スープ、焼き魚、パエリア、ケーキ、アイスクリーム。全部が一つの液体から作られる。原始的な生活を送っていたブラッドにとって、どうすればそんな物になるのか皆目見当がつかない。さらに上級国民は動物の肉を食べるのは野蛮だとか病気になるとか喚くらしい。人伝に聞いた噂なので真実は知らない。正直どうでもいい。
ブラッドたち平民こと下々の人間は、不定期でレーションみたいな不味い固形物が与えられる。どういう理由かわからないが、真っ白な空飛ぶ輸送機が町の上空を訪れ落としていくのだ。もちろんそれだけでは足りず、国が今の姿に変わる十年前に作られた缶詰やら保存食やらを奪い合うか、違法のルートで手に入れた食料をどうにか手にして食い繋いでいる。
それがブラッドが見てきたこの国の実態だ。国の要人や上級国民はみな都に閉じこもって贅を尽くし、それ以外はゴミを漁るネズミのような扱いだ。ならブラッドは平民達がクーデターを起こすのは当然だと思うし、革命を起こして国を転覆させてやろうと意気込む仲間達の考えには概ね同意だった。
一方で各地でテロ活動を行っているのに関わらず、この国の実態がイマイチ見えてこないのも事実だった。数年経てば多少の虚しさも出てくる。それでもブラッドが立ち止まることは許されない。
「どこも殺風景だな。使えそうなもんのひとつやふたつくらい置いておけよ」
ぶつくさ文句を言いながらブラッドはサブシステムによって警報が鳴り響く通路を走りつづける。どこを見ても白一色だった通路は、今は断続的に光る警報ライトで赤色に染め上げられていた。そんな光景の中をふとストレッチャーのような運搬器具と円筒型のロボットが横切った。
円筒型の物体がこちらに反応を示した………と思った時には、ブラッドは勢いのままそれに飛び蹴りを放った。
機械は容赦なく壁に叩きつけられ転倒。ついでに腰に下げていたダガーナイフのグリップエンドをセンサー部分に叩き込めば、すぐに動かなくなった。
「おっと……」
その間も自動で運ばれていたストレッチャーに追いつき、ブラッドはエンジン部分をグリップエンドで叩き割った。こちらも何か通信機が搭載されている可能性があるからだ。
バチッと電線部分が潰されて悲鳴をあげるような音を立てる。停止したのを確認し、ブラッドはやっとストレッチャーの上に乗っていたものに視線をズラした。
「…………」
ブラッドを真っ直ぐ見ているのは、どこまでも澄んだ目。
絹糸を思わせる細い髪はライトで赤く照らされているが、恐らく色は純白なのだろう。髪だけでなく肌や検診着もストレッチャーの色と同化しており、生きているのかどうかすらわからない不気味さを感じさせた。
でもそれは人の形をしている。ちゃんと目も鼻も口もついているし、四肢もある。ただ宝石のような両目から目を離せず、ブラッドは小さく息を呑んだ。
「誰?」
白い塊から掠れた声が漏れる。ブラッドは一瞬何を言っているのかわからなかった。うるさい警報の音を忘れてしまうくらいの衝撃を感じながら、恐る恐る口を開く。
「誰? 誰って……人間、だけど。お前は」
誤魔化すにしてももう少し他の言い方があったかもしれない。ただ目の前にいる物体がどこか神々しく感じ、状況を忘れて見惚れてしまったのだ。
「僕は。僕も、人間?」
疑問で返されてもブラッドは何も知らないので答えられない。だが見た限りでは自分と同じ人間なのだろうとブラッドは思う。少なくとも人間の言葉が通じるのだから。
白いのはゆっくりと起き上がり、おぼつかない手つきでストレッチャーから降りた。
「!」
しかし力が入らないのか、すぐに床に倒れ込む。ふとブラッドが相手の手元を観察すると、革のようなゴム製のような黒い手袋が検診着の袖の中まで腕を覆っているのが目に入った。その手袋は外れないようにするためなのか、何本もの太い同色のベルトが巻き付けられている。
何だコイツ。一体こんな食品工場で何をしていたんだ。まさか都の人間か。
厄介なものに出くわしたとブラッドは心の中で舌打ちをする。どうせロクなものではない。ストレッチャーに乗せたまま見送っていれば知らずに済んだのにと若干の後悔が頭にじわりと広がっていった。
しかしもがいている姿を眺めているのもブラッドには居心地が悪く、相手の黒い手袋をはめた腕を鷲掴みにして引っ張った。
「あ……!」
白いのは一瞬体をこわばらせ腕を引こうとした。しかしブラッドの力には敵わず、力のままに上半身が持ち上がりヨロヨロと立ち上がった。
「……ここにいると死ぬぞ。お前は自由の身だ。どこかに行け」
ブラッドが声をかけても相手はぼうっと掴まれた腕を眺めていた。反応がいちいち鈍くて腹立たしい。このまま相手のペースに合わせていれば、あっという間に爆破時刻を迎える。もう少し工場内を物色したかったけれど、ブラッドは相手の腕を引っ張ったまま出口へと向かった。
この工場は基本的に無人で運営されている。たまたま居合わせた職員は仲間が拘束して外へと連れ出したし、警備ロボットの大多数はメインシステムのダウンと共に機能停止した。先ほどの円筒の機械のように緊急用システムで動くものがない限り、用心する必要はない。
裏口から出ると、ブラッドは近くに隠していた大型の電動バイクを引っ張り出し動作を確認する。
「……ちっ、エネルギーが心許ないな」
古い電動バイクを何度も修理して使っているので、電気を大量に必要とする割に燃費が悪い。一人なら平気だと思っていたが、二人だと途中でエネルギー切れを起こすかもしれない。
「電気……必要?」
ずっと黙っていた白いのがポツリと呟く。手袋に付属しているポケットのような収納口からコードをノロノロと引っ張り出すと、供給用の差し込み口に先端のプラグを挿入した。
するとバイクのメーターの下に付いている液晶画面に充電のマークが表示される。電力が供給されているのだ。
「お前、ギフトか」
「ぎふ……?」
首を傾げる白いのに答えず、ブラッドはすぐにバイクに乗りプラグを繋いだまま相手を後ろの座席に乗せた。黒手袋から伸びたコードはピンと張り、自然と腕はブラッドの腰に回すような形となる。
「時間がない。走らせるぞ」
雑音が混じったエンジン音をたててバイクが走り出す。破られたフェンスや破壊された防衛システムの残骸を乗り越え、近くにあった工場はすぐに小さくなっていく。そして間もなく大きな轟音が地面を揺らし、工場はあっけなく崩壊した。
今まで自分がいたであろう施設を眺める白いのは、何の感情もなくその光景を受け入れてるようだった。ミラー越しに相手を見たブラッドはすぐに前を向いた。
当然と言えばそうだが、発電できる人間というのは初めて会う。
ブラッドは心の中で言葉にする。常日頃から電気不足に悩まされるブラッド達にとっては思いもよらないサプライズだ。
だがリスクが全くないというわけではないだろうし、何より得体が知れない。ぐるぐる頭を駆け巡る考えをできるだけ意識しないよう、ブラッドはひたすら前の景色を眺めた。
「ねえ」
ふいにブラッドの背後から声が聞こえた。
「何」
「僕は自由の身なんでしょ?」
先ほどとは打って変わった感情のある声色に、ブラッドは思わず肩越しに声の主を見る。ブラッドの顔を覗き込む双眸は無機質な宝石でなく、人間の目となっていた。
「僕、あなたの所に行きたい。連れていって」
「……はあ?」
「僕、あなたのこと好きみたい」
……は?
……はああ?
真っ白で物言わぬ人形みたいだと思っていた相手の発言に、ブラッドは言葉を失う。自分は国を嫌いテロ活動を行うレジスタンスの人間だ。少なくとも今しがた工場を爆破した相手に言う内容ではないだろう。
そもそも何でこの状況で? 出会ったばかりなのに?
日が昇る前の荒れ果てた地面に、砂埃と共に火薬の臭いが風に運ばれてくる。薄暗い空の遠くで燃える工場がオレンジ色に妖しく照らしていて、とても綺麗とは言えない。
そんなロマンも何もない場所で、ブラッドは得体の知れない相手に告白をされたのだ。
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