山への忘れもの

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山への忘れもの

当時、某大学の登山部の部長を務めていた隆さんには悩みの種があった。


同じ部に所属する圭吾という男である。


彼はよく山に「忘れ物」をするのである。

空になったペットボトルや煙草の箱、弁当の容器や携行食の袋などだ。


それを指摘すると彼は

「ああ、うっかり忘れてたよ」

と悪びれずに言うのだが、端から見れば詭弁であることは明らかだった。


登山をする者として山へのゴミの投棄はご法度だ。

仮に本当に忘れていたとしても許される行為ではない。


隆さんも部長として何度も注意をしたが、彼がその忘れ癖を改める様子はなく、それが原因で他の部員と揉める事も度々あった。


圭吾は幼い頃から登山を嗜んでいた事もあり、山に関して豊富な知識と経験があり、技術も優れていたので、それがまた一層の反感を買った。


一年ほどで彼は他の部員との折り合いも悪くなり、部内で孤立していった結果、自主退部した。




その二ヶ月後、隆さんは警察から呼び出され、事情聴取を受けることになった。


圭吾の遺体が山中で発見されたからだ。


だが、隆さんは警察からの説明に対し、疑問が湧いた。


死因は遭難した末の餓死であると言う。


だが、彼が遭難した山は登山部でも毎年、登る初心者向けの山だ。

登山経験のない新入部員に最初に挑戦させるような、安全で整備の行き届いた山であり、熟練者の圭吾が遭難するはずがない。

特にその時期は気候も安定しており、濃霧などで道を見失う危険もないはずだ。

とはいえ、経験者の慢心故の遭難もあり得るだろう。


ーーーしかし、そんな隆さんの予想は彼の遺品によって裏切られた。


彼の装備から登山用の地図に携帯電話、そして未開封の水と食料も発見されたのだ。


警察は最初、遭難に見せかけた殺人という事件性を考慮していたが、鑑識の結果、彼の遺体に暴行や争いの形跡はなく、むしろ山の土や泥にまみれた靴や衣服は数日間に渡る遭難の跡を示しており、ひどく困惑したという。


だが、そうすると彼はなぜ餓死するまでそれらに手を付けなかったのだろう。なぜ誰にも助けを求めなかったのだろうか。


「まさか持っていた道具の使い方を忘れたわけじゃあるまいし」


ぽつりと零した警察官の言葉に隆さんは、じわりと背筋が冷たくなった。


山で意図的に「忘れ物」を繰り返していた圭吾は、ついに取り返しのつかない「忘れ物」をするよう山から罰が下されてしまったのだろうか。


結局、彼の死はよくある単身登山中の遭難事故として処理された。


しばらくして隆さんも登山部を去った。

それから山には一度も登っていない。

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