人間の感情カートリッジ

ちびまるフォイ

取り替え可能な人間

「なんか最近なんのやる気も出なくて」


「なるほど」


「正月ボケかと思ったんですが、ここのところずっとです」


「わかりました。感情カートリッジ見せてもらっても?」


「え?」


医者はおもむろに背中に回り込む。


「あーー。これが原因ですね。

 感情カートリッジの残量がなくなってますよ」


「なんですかそれ!?」


「人間の感情は体のカートリッジから出てるんですよ。

 保健体育まじめに勉強してなかったんですか?」


「ごく一部のページしか見てなかったもので」


「あなたの場合、とくに情熱の感情をつかさどる

 "マゼンタ"のカートリッジが切れてます。

 帰りにでも買って補充してくださいね」


「それで本当に治るんです……?」


病院の帰りに家電量販店へやってくる。

そこには感情カートリッジ売り場がちゃんとあった。


情熱の感情:マゼンタ

冷静の感情:シアン

好奇の感情:イエロー


マゼンタを含めた他の感情カートリッジをまとめ買いし、

家についてからカートリッジの中身を飲み干した。


「あめっちゃ充填されてる」


合わせ鏡で自分の背中を見ると、

汚い背中の毛ジャングルの奥地から感情ゲージが補充されたのが見えた。


「なんか……感情が充填されたからなのか

 急に元気になったぞ。なんでもできそうだ!」


なんでもできそうだったので、部屋でゴロゴロすることを頑張った。

そんな日が続くとあっという間に感情カートリッジが無くなった。


「なにもしたくない……でも感情を補充しなくちゃ……」


感情を充填した直後のきらめきはどこへやら。

無気力と無感動だけの人間となってしまった。


這いつくばるようにまた家電量販店を訪れる。

感情カートリッジは高額で販売されていた。


「いらっしゃいませ! 感情カートリッジをお買い求めで!?」


「そうですけど……。た、高くないです?」


「なにをおっしゃいます。これが適正価格ですよ」


「前はもっと安かったんですが」


「物価高と輸送費の高騰。

 それに人間の感情の希薄化が進む現代ですから

 どうしても感情カートリッジも高騰するんですよ」


「……まあ、それはわかりましたよ。

 でもここで買った感情カートリッジ、減りが早いんです」


「感情の消費速度や、感情カートリッジの容量はひとそれぞれですから」


「ホントですか……?」


「でも買わないという選択肢はないのでしょう?」


「まあそうですけど! 悔しいなぁもう!!!」


足元を見られているようで悔しいものの、感情カートリッジを買い足した。

買ってから数日で底をついた。


「また買わないといけないのか……」


あのバカ高いカートリッジを買っては消費を繰り返す。


「いやそもそも買い足す必要あるのか……?」


わんこそばみたいにバカスカ充填できる価格じゃない。

ハイペースで購入していたらどんな富豪でも赤字になる。


それに感情なんて本当に必要なのだろうか。


「まあ……いいか別に。感情なんてなくても死にはしないだろ」


背中にはでかでかと「EMPTY」の文字が浮かんでいた。

それも無視して感情カートリッジの補充をしなかった。


それからというもの、ベッドで寝てばかりの日々になった。


「なにもしたくない……」


なんの興味もない。

なんの食欲もない。眠くもない。


なにも集中できないしやりたくもない。


ただ天井を見ながらベッドで寝ているしかない。


感情カートリッジを補充しないとこうなるのか。

そんなことをばくぜんと考えていた。


遠くで救急車の音がする。


「誰かケガでもしたのかな……」


ぼーっとしていると、だんだんと視界が狭くなってくる。

眠くないのに、眠るような気分。


そのとき、救急隊員が部屋にあがりこんできた。


「〇〇さん!! 大丈夫ですか!?」


あれよあれよとタンカに乗せられて病院に運ばれた。

後で知ったことは栄養失調でもうすぐ死ぬ寸前だったらしい。


病院で点滴を打ってもらったあとは、医者にこっぴどく叱られた。


「感情カートリッジを補充しないなんて正気ですか!?」


「だって高いんですもん……」


「生きるために感情カートリッジは必須です。

 感情を失ったら、人間は欲すらも失うんです。

 お腹が減ってることにも気づけないんですよ!」


「感情カートリッジを買っても、

 食べ物買えなくなったらどうしようもないじゃないですか」


「ああいえばこういう……。あなたという人は本当に……!」


医者はあきれて頭を抱えてしまった。


「とにかく、あなたの感情カートリッジは病院側で用意しました」


「え。いいんですか?」


「感情を補充しなくちゃ死んじゃうでしょう」


「ありがとうございます」


感情カートリッジを受取り、すべての感情がフル充填された。

そのはずだった。


「あれ……?」


「どうしたんですか?」


「感情が満タンになったはずなんですけど、

 なんかまるで感情が出てこないです。

 あれやりたい、これやりたいがなくて……」


「そんなはずは……」


医者は背中側に回り込む。

感情ゲージがちゃんと感情で満たされているのを確認した。


「あ、もしかして……」


「先生。なにかわかったんですか?」


「感情をしばらく補充してなかったでしょう?」


「はい」


「感情カートリッジから、感情を吐き出す部分。

 そこで目詰まりが起きてしまったのかもしれません」


「目詰まり!? そんなことあるんですか!?」


「現実に今起こってるじゃないですか」


「なんとかしてくださいよ。感情カートリッジを変えればいいんです?」


「いえいえ。違いますよ」



医者は頭頂部に手をかけた。



「いったん、脳カートリッジを取り替えましょっか」



眼の前がまっくらになった。

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