騎士爵家の執事〜俺はまた人間という醜い生き物に生まれてしまった〜

来世は動物園の動物になりたい

第1話 絶望の終わり、絶望のはじまり


 どうして、こうなった……。



「アイン……あなたには秘密があるの……それは……」



 さっきまでみんなでご飯を……。



「女を殺せ」



 やめ……。


 剣は無常にも振り下ろされる。


 ビュン。



 母の首からは血しぶきが上がっていた。血が顔にかかる。




 母の顔と胴体は切り離されていた。







 俺には前世の記憶がある。


 その記憶もかなりひどいものだった。




「おい、飛び降りろよ」


「いいから死んでくれ」


 背後には橋の欄干。真下には川が流れている。

 落ちれば確実に死ぬ。


「や、やめてください」


 このいかにも陰キャみたいな声をしてるのが俺だ。


「あ? 何お前口答えしてんの? そんなことしたらどうなるかわかってるよなぁ!?」


 そいつは叫びながら俺の首を掴んでくる。


「す、すいま、せん」


 苦しい、首が、息が。


「謝るんだったら、いいから飛び降りろ」


「は、はぁ、い」


「わかったらいいんだよ」


 彼がそう言うと、俺は苦しみから解放された。


 スゥう、はぁあ。深く呼吸をする。


 ひざまずいた俺を見下すそいつは、多田野ただのモブ男。俺のことを中学校の三年間、いじめていた張本人。


「早く立てよ」


 言われるがままに立つ。


「後ろ向いて柵のぼれ」


 言われるがまま、欄干にのぼる。


「飛び降りろ」




 そして俺は、言われるがままに死んだ。


 とても苦しかった。その川は意外と深く、俺は沈んだ。


 息苦しかった。


 だけど意識が無くなる最後の瞬間は、案外安心した。


 やっと俺は自由になれる。これでもう人間というクソみたいな生き物と関わらずに済む。

 



 そう思っていた。




「あぁ……かわいそうな、人間」


 え、ここは……どこだ……?


「ここは……天界」


 は? どういうこと。


 視界には白が広がっていた。ただ、目の前にいる少女を除けば。


 君は、誰だ……。


 少女は白に近い肌色で、髪は白、服も白、瞳は淡い水色だった。


「私は……神……あなた、可哀想……」


 そうか……な。今はとても、なんていうか、落ち着いてるんだ。凪っていうのかな。清々しい気持ちだよ。


「どうし……て」


 死んだ? からかな……。もう、あの苦しみを味わわなくて済む。


「それは……だめ……」


 え?


「生きることに絶望するのは……だめ……」


 どうし……て?


「生きることが……生き物であるための存在意義……だから……生きることに絶望するのは……だめ」


 いや、俺には向いてなかったんだよ……。


「そんなの……関係ない……ダメなものは……だめ……!」



 彼女の声が反響する。


「次は……幸せに……」



 少女の声が、遠のいていく……。







 はっ……!!! 


 ん、白じゃ……ない。え……誰、この女性……。黒髪……。でも、肌は……。 白……人? が俺のことを覗き込んでいる????


「***************」


 ん、なんて言った?

 音は聞こえるのに何を言っているかはわからない。


「***********」


 低い声が聞こえると、これまた白人と思われる男が俺の顔を覗き込む。

 彼は金髪だ。


「ワァ」


 ん? なにか二人以外の音がしたような……。


「イェーーァ」


 微かに首が振動してる……? え、俺の……声……。



 この時、あの少女の声が蘇る。


「次は……幸せに……」


 あの言葉の意味がようやくわかった……。



 俺、転生したんだ……。











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