弊社に届けられた差出人不明の手紙について
高巻 渦
弊社に届けられた差出人不明の手紙について
【企業様各位】
平素よりお世話になっております。
株式会社████の██と申します。
先日弊社に送られてきた差出人不明の手紙の件ですが、先ほど画像データによる取り込みが完了致しました。
全文を添付させて頂きますので、ご確認下さい。
文末に差出人のものと思われる電話番号が記載されておりますが、当該番号には絶対に連絡をしないよう、周知徹底をお願い致します。
また、企業様各位において、今後類似した手紙やメール等が届くことがございましたら、必ず弊社までご一報下さい。
無論、手紙の内容は質の悪い悪戯であり、弊社としても大変遺憾に思っております。
返信等は一切せずに破棄しますので、ご留意下さい。
お手数おかけしますが、何卒ご理解の程、宜しくお願い致します。
株式会社████
██
██様
突然このような手紙を貴方に送りつけることを、お許しください。
今、貴方は空調の効いたオフィス内で、差出人不明の、しかし幾重にもなるこの手紙を、ひとり怪訝な表情で読み進めていることでございましょう。
あるいは、親しい部下を数人呼びつけ、手紙の置かれたデスクをぐるりと囲ませてから、心底馬鹿にするような面持ちで、声高に読み上げているのかもしれません。
どういった形でも構いませんが、もしも後者であるのならば、精神の薄弱な者は退室させておくのが賢明でございます。これから私が記す話は、お世辞にも気持ちの良いものではございませんので。
██様自身も、不快感を覚えた時点で、この手紙は破り捨ててしまって構いません。しかしこれは単なる建前に過ぎず、取るに足らない杞憂となることを、私は知っています。
貴方はこの手紙を、必ず最後までお読みになると、断言させて頂きます。
以下に綴りますのは、あるくたびれた中年男の半生と、その周囲を取り巻く、宿命とも呼ぶべき一つの恐ろしい事象、そして懺悔の記録でございます。
私はN県にある田舎町の、ごく一般的な家庭に産まれました。
一人息子であり、初孫でもあった私は、家族の愛情を一身に受けて育ちました。
とりわけ祖母の喜びようは凄まじく、まだ小さな私と片時も離れず、近所の小さな山へ付き添ったり、本を読み聞かせてくれたりと、まさに溺愛と言って差し支えない程でした。
祖父は私が産まれる前に他界しておりましたし、両親は共働きで週に五日は家を出ておりましたので、必然的に私は幼少期のほとんどを祖母と共に過ごしました。
私の古い記憶には、いつも祖母の姿があるのでございます。
そうして、何不自由なく育った私が小学校に入学した折、ある一つの不可思議な出来事が起こりました。それは今もなお私の胸中に、霧の様な薄ぼんやりとした濁りを残す体験でありました。
思えば、あれこそが全ての始まりだったのかもしれません。
ランドセルを背負い始めて三年が経過したある夏の日、クラスの中でも快活な男子生徒が、小さなトカゲを捕まえて、私の居る教室へ戻ってきました。
田舎ではさほど珍しくもないただのトカゲでしたが、クラスメイトたちは、その小さな命の世話をすることに決めたようでした。担任の教師も生命を飼育する大切さを学ぶ機会と考えたのか、虫籠を持ってきて窓際に置き、そこにトカゲと、土や木の枝を入れました。
その日から、生徒たちひとりひとりが交代でトカゲの餌やりや水の替えを行うようになりました。トカゲは小さな虫籠の中で、少し窮屈そうにしていたのを克明に覚えています。
飼育が始まって数週間ほど経った折……私が世話の当番となった日の朝のことでした。トカゲは腹を上に向け、身体中を土にまみれさせたまま、動かなくなっておりました。
登校してきたクラスメイトが一人、また一人とトカゲの死骸を発見し、口々に私を責め立てました。どうしていいかわからず、俯くことしかできない私を庇うように、担任の教師は、きっと虫籠が狭かったからストレスで死んでしまったのだろう、ともっともらしいことを言い、生徒たちを宥めておりました。
事態は収束したものの、それでもしばらくの間、私はクラスメイトたちからの非難から晒される日々を送りました。そんな様子を重く見たのか、この一件以来、担任教師が動物の飼育に許可を出すことは、ただの一度もありませんでした。
その後、中学と高校を卒業した私は、慣れ親しんだ地元を離れて東京の大学へ進学することとなりました。
大学生活と共に始まった質素な一人暮らしにも慣れ始めたある日のこと。私はふと、ペットを飼おうと思い立ったのです。
何故そのような考えに至ったかは、明確にわかっておりませんでした。その頃の私は授業に追われ、休日さえも返上して課題を消化する日々を送っておりました。従って、一人きりの生活に寂しさを覚える余裕すらなかったのでございます。
ただ一つ心当たりがあるとするならば、やはり小学生のとき目の当たりにしたトカゲの死が、どこか胸の奥に深い傷として残っており、それを払拭したかったのかもしれません。
そうは言っても、前述した忙しさに加え、当時私が住んでいたのは狭い安アパートでしたから、必然的に飼育できる動物は限られておりました。なるべく手がかからず、鳴き声のうるさくない小動物……。
悩んだ末に私は、一匹のモルモットを飼うことに決めました。
モルモットは手頃な値段で買うことができ、気性もおとなしく懐きやすい、ペットに相応しい動物でございます。私はモルモットの飼育を通じて、トカゲの世話をできずに過ぎ去っていった、あの幼少の日々に対する無念を晴らそうとしたのです。
しかしそれから一月後、大学から帰宅した私が見たものは、ケージの隅で腹を上に向け、冷たくなっているモルモットの姿でした。死骸の周囲には破れたペットシーツや血の混じった糞尿が散乱し、それはひどい有様でした。もがき苦しみながら死んだとしか考えられないその様相に、私はあの日、死んだトカゲを目にしたときと同様のショックを受けました。
██様もご存知かと思われますが、モルモットは五年から七年ほどで寿命を迎えます。毎日餌と水を与え、室温管理を怠ってさえいなければ、よほどのことがない限り、一月という短さで死ぬはずがないのです。
私は困惑と後悔を覚えつつも、硬直の始まったモルモットの死骸を、大学の裏庭に埋めました。それから数日の間はぽっかりと穴が空いたような心持ちでしたが、それはすぐに研究や論文の制作といった忙しさに埋められ、私の中には、もう金輪際動物を飼うことはしない、という誓いだけが残りました。
数年が経ち、大学を卒業した私は都内の小さな印刷会社で働き始めました。身体を壊さない程度の労働で、希望する最低限の金額を頂けさえすれば、どんな仕事でも良かったのでございます。
しかし、同じ学部を卒業した同期生たちは、大企業のビジネスマンとして、はたまた株式上場を目指す起業家として、そのほとんどが出世意欲に取り憑かれた人間になっていくようでした。
私は誰しもが自分と同じような、どこか虚ろな感情で就労に従事していると考えておりましたが、そうではないということを、働き始めてから知ることとなりました。必然的に、大学時代に交流の多かった相手とも、徐々に疎遠になっていきました。
印刷会社に籍を置いて一年が経った折、私は事務職の女性と恋仲になりました。彼女は二つ歳下の後輩でありながら、私とは違って何事にも積極的な人間でありました。
彼女に引っ張られるような形で、私たちの関係はとんとん拍子に深くなっていきました。互いに資金を出し合って借りた部屋で幾月かの同棲生活を経たのち、婚姻を結びました。
あの頃の私は、確かに幸せでした。
しかしそれと同じ時期に、先述した誓いは破られることとなったのです。
妻は大変な愛猫家でした。
そして婚姻という人生の節目に、猫を飼いたいと言い出したのです。
私は妻の全てを愛していました。交際していた当初から、猫が好きで一度飼ってみたい、という話は幾度となく聞いておりました。しかし先述の誓いのことからも理解頂ける通り、妻のその願望は私が唯一相容れない部分でありました。
私は二晩ほど考えに考え抜き、妻にこれまでのことを打ち明けることにしました。
小学生の頃のトカゲのこと、大学時代のモルモットのこと、そして動物を飼うことに抵抗があるということを、必死に説明しました。
しかし最終的には、日頃の世話は自分が行う、という妻の言葉に押し切られる形で、近場のペットショップへと足を運び、一匹の子猫を迎え入れることとなりました。
そして無情にも、私の不安は的中したのでございます。
ある日曜の朝、私は妻の絶叫で目を覚ましました。慌ててリビングへ向かうと、口元を手で覆い、目を見開いたまま絶句する妻の姿がありました。その視線の先には、つい昨日まで妻の膝の上で喉を鳴らしていた子猫の死骸がありました。
その光景を見て、私は思わずトイレに駆け込み嘔吐しました。
首がなかったのです。
猫の首は、物凄い力で切断されていました。それはまるで、何かに食いちぎられたかのようでした。断面からこんこんと流れる鮮血が、フローリングの床へゆっくりと広がっておりました。
妻の通報で駆けつけた警察は、心底面倒臭そうに現場検証を行い、ものの数十分で帰っていきました。当然、犯人はおろか、切断された猫の首さえ見つかることはありませんでした。
その日を境に、私たち夫婦の仲は急速に冷めていきました。いえ、正確に言えば、私はまだ妻のことを愛しておりました。しかし妻の目に映る私の姿は、もはや人の形をした怪物以外の何者でもございませんでした。
ほんの数日前まで、私に笑顔を向けてくれていた妻から、畏怖の対象として見られる悲しみ。それは何にも例え難い苦痛でございました。
永遠の愛を誓ったはずの相手と、一言二言の会話すら交わすことのできない生活の中で、私もとうに正気を失っていたのかもしれません。
その頃から私は、足繁くペットショップへ趣き、手頃な値段のハムスターなどを複数匹購入して帰宅するのが日課となっておりました。
私が飼った小動物たちは、どんなに手を尽くして世話をしようとも、やはり一月以内、早いときには一週間足らずのうちに、血と糞尿にまみれ、もがき苦しんで死にました。
残酷かと思われますが、当時の私にはこの方法しか、自らに課せられた異質な力を証明する手立てがなかったのでございます。
何度も、何度も、何度も何度も何度も、口から血の泡を吹き出している死骸をゴミ袋に入れては、新しく買ってきた小動物をケージに入れ替える……そんな奇行を繰り返す私の姿を見る妻の目は、まさしく死に際の、怯え切った子猫のそれでした。
子猫が死んだ年の冬に、私たちは離婚届に判を押しました。
妻は子供を身籠っておりました。私のこの特異な力が、いずれ自身や子供に降りかかることを恐れたのでしょう。至極賢明かつ合理的な判断に、涙を流すことすらできませんでした。その後、私たちは数日かけて荷物をまとめ、揃って仕事を退職し、互いの実家へと戻りました。
部屋を引き払う際、何度擦っても落としきれなかったリビングの赤黒いシミが、妙に目につきました。
N県の実家に戻った私は、しばらく貯金を切り崩しながら、自堕落な生活を送りました。
両親からは、離婚の理由や再就職の検討などを度々問い詰められましたが、どちらにも前向きな返答をできずにおりました。
ある夜のことでした。
その日は珍しく、両親と祖母と私、家族全員が揃って食卓を囲んでおりました。無為に日々を過ごしていた私には食事中の、不意に無言が訪れる瞬間さえも、自分が原因ではないかという恐れにも似た心苦しさを感じておりました。
恐らく私以外の家族も同じことを考えていたのでしょう。祖母がおもむろにリモコンを手に取り、テレビを付けた、そのときでした。液晶画面に映し出された動物番組を見るやいなや、父が祖母の手からリモコンを奪い取り、チャンネルを切り替えたのです。
その一瞬の最中、私は父の、画面に映る動物たちを忌々しげに、まるで汚物でも見るかのような表情を、確かに見ました。
そして悟ったのです。私の特異な力について、家族は何かを知っているのではないか、と。
安堵したのは一瞬で、すぐに底の知れない恐怖が襲ってきました。私の持つ力は、私が考えているよりもずっと根深いものなのだと、父の態度がそう告げているようでした。
夕食を済ませると、父はすぐに風呂へ向かいました。それを見届けてから、私は台所で食器を片付けている母に声をかけ、そこで初めて、離婚に至る遠因となった忌まわしい出来事を打ち明けたのです。
全てを話し終えたあと、私は母に、何か知っていることはないかと尋ねました。母はシンクに目を落としたまま、何も知らない、ペットが死んだのもただ偶然が重なっただけだろう、と答えました。
私にはそれが、すぐに嘘だとわかりました。数年間別居していたとはいえ、実の息子である私が、血の繋がった肉親の表情や声色から伝わる僅かな緊張に、気付かないはずがないのです。
しかし、こんなにもわかりやすく嘯き、我が子にまで隠し通したい内容であることと考えますと、私の中の恐怖は先ほどよりも遥かに増幅し、それ以上問い詰めることはできませんでした。
そうして、明らかに動揺の色が浮かんだ母の顔をしばらく見つめてから、私は静かに自分の部屋へ戻りました。
自室へ戻り、母の見せた態度について考えを巡らせていると、不意にノックの音が聴こえてきました。扉を開けるとそこには、恐らく先ほどの私と母の会話を聴いていたのでしょう、神妙な面持ちをした祖母が立っておりました。
祖母は黙ってベッドに腰掛けると、どこか全てを察したかのように、私の生前に起きた、ある恐ろしい出来事について話し始めました。
██様。
次に記す話は、ここまで綴ってきた私の奇怪な半生よりもなお信じ難く、常人には到底理解の及ばない内容かもしれません。
私の人生を歪めたこの特異な力が、どのようにして生まれ、どのようにして私の中に発露したのか。その顛末が、祖母の口から語られたのです。
かくいう私も、それを聞いた当初は信じられませんでした。しかし、老いた身体を必死に起こし、たどたどしくも真っ直ぐに話す祖母を前にすると、年寄りの戯言と一笑に付すことは、到底できなかったのでございます。
██様、どうか最後までお読みになってください。あなたにも、知る権利があるのです。
祖母は、私のこれまでの体験に心当たりがあると言いました。そして、次に口にしたのは、意外にも祖父の名前でした。
嫌な予感がしました。何故なら冒頭にも記した通り、祖父は私が産まれる前に他界していましたから。その予感を知ってか知らずか、祖母は私に、祖父の死因を尋ねました。
幼少の頃にしてもらった祖父の話を記憶の片隅から手繰り寄せ、彼の死因は病死ではなかったか、と答えました。
すると祖母は首を横に振り、祖父の本当の死因は自殺だと、私に告げたのです。
祖父は一本筋の通った、厳格な人間だったといいます。
自他共に厳しく、無口で頑固だが、困っている者の頼みなら必ず引き受ける……一昔前の世代を象徴するような人でしたが、それ故に地元の住民からの信頼も厚かったそうです。
祖父は本業の傍ら、猟師としても活動を行っておりました。現在よりも更に山が多かった当時、イノシシやクマによる作物への被害は甚大であり、そういった害獣が現れるたび、祖父と他数名の猟師が駆り出されていたのです。
そしてある年の冬、事件は起こりました。
近隣の住民から、イノシシのような動物が畑を荒らしていると通報があり、やはりそのときも、祖父に白羽の矢が立ったのです。
先に記した性格故、祖父は自治体からの駆除要請を二つ返事で引き受けました。そのとき既に、祖母はどこか嫌な予感がしたと言います。
祖父の背中を見送り、三時間ほど経ったときのことでした。突然、玄関が乱暴に開けられ、続けざまに何かが倒れ込むような音が聴こえてきました。驚いた祖母が居間を出ると、そこにはひどく狼狽した祖父がへたり込んでおりました。
こんなにも取り乱した祖父の姿を見たのは、後にも先にもこのときだけだと、祖母は言いました。ただならぬ出来事に慌てふためきつつも、なんとか祖父を居間まで引っ張り込んだそうです。
しばらくして落ち着きを取り戻した祖父は、何が起きたのか、そして何を見たのかを語り出しました。
駆除に駆り出されたのは二人。祖父と、祖父よりも少し若い猟師でした。
指示された場所へ行くと、畑の連なる開けた場所の中央に、黒い毛に覆われた何かがいたそうです。二人は獲物の背後、三十メートルほど離れた場所に身を伏せました。そしてライフルを構えたところで、祖父は恐ろしいことに気がついたのです。
その動物がいつの間にか振り向き、二人を見ていました。その容貌はオオカミや犬に近い姿であり、逃げる素振りも見せず、身動きひとつとることもなく、まるでその周辺だけが静止画として切り取られたかのように、じっと二人を凝視していたのです。
ひょっとすると自分は、とんでもないものを撃とうとしているのではないか。祖父は初めて、動物相手に恐怖を覚えたそうです。それはもう一人の猟師にも伝播し、彼は完全に怖気付いた様子で、祖父に向けて、あんたが撃ってくれ、と繰り返していました。
祖父は震える手で引き金を引きました。
胸の辺りに弾を受けたそれは、いとも簡単に倒れました。二人がその死骸に恐る恐る近寄ると、それは突然黒い霧のような粒子となり、忽然と消えたそうです。
祖父は震える声で続けました。
あれは野犬なんかじゃなかった。畜生め、消える間際に人の声で笑いやがった。
翌日、祖父は腹が痛いと言ってこれまで休んだことのない仕事を欠勤しました。
それ以降、祖父は寝床から出られない日々が続きました。襖越しに声を掛けても、入って来るなの一点張りで、どうしようもできなかったと言います。
昔堅気な祖父は、痛みや苦しみで声を上げることを恥だと考えている人間でした。そんな祖父の呻き声が寝室から聴こえるたびに、胸が張り裂けそうだったと、祖母は目に涙を溜めながら語りました。
そうして一月が経とうとした頃、祖父は精神に変調をきたし、件の動物を撃ったその場所で、自らの頭を撃ち抜き、命を絶ちました。祖父の遺体の傍には、何匹もの小動物が死んでいたそうです。
祖母が話を終えたあとも、私はしばらくの間、絶句することしかできませんでした。
自分の身体が、内側からどす黒く染まっていくような感覚でした。
祖母は静かに、呪いを解く方法は必ずあるから、祖父のようにはならないでくれと呟きました。
呪い。祖母ははっきりとそう言いました。
どうしても認めたくなかった、目を逸らし続けてきたその言葉が、私の中でいつまでも渦巻いておりました。
思い返せば、初めて飼ったモルモットも、妻と飼っていた子猫も、私にはまったく懐いておりませんでした。
恐らく、私の中に巣食う何かが、獲物を捕らえるために私を利用し、無意識の内に動物と引き合わせているのでしょう。
私は祖母に礼を言って、そのままベッドに倒れ込み、泥のように眠りました。
そうして翌朝には荷物をまとめ、その日のうちに、再び実家を出たのでございます。
██様。
貴方は既にお気づきになっているはずです。私が何故、このような奇怪な手紙を貴方に宛ててお送りしたのかを。そして、我が一族を取り巻く忌まわしき呪いを貴方に知らしめたのかを。
事実、この話を赤の他人に打ち明けたのは、██様、貴方が初めてでございます。
そして当然、そこには明確な理由がございます。
どうかお気を確かに。休みを取りながら、少しずつで構いませんので、しっかりと読み進めてください。
昔話はもう充分でしょう。ここから先は、この手紙の佳境とも言える部分……私と貴方を繋ぐ因果について、お話しさせて頂きます。
実家を出て数年の間、私はアルバイトを転々としながら、必死に呪いを取り去る術を探しました。
暇を見ては霊媒師や祈祷師の元を訪ねましたが、誰一人として私の中に巣食うものの正体はわかりませんでした。
それと並行し、私はもう一つ重大な調査を取り進めておりました。それは、祖父の死に関わる全ての人間を調べ上げることでした。あの日の祖父について僅かでも知る者がいれば、それを足掛かりに解決策が見つかるかもしれないと、そう考えたのです。
そうして持つだけの情報網を張り巡らせ、辿り着いた先に待っていたのは、ある恐ろしい事実だったのです。
祖父があの動物を撃ち、一族に呪いの芽が植え付けられたあの日……祖父と共に駆除に駆り出された、もう一人の猟師の名を知る者が現れたのです。その名を聞き、愕然としました。私はその男の姓に見覚えがあったのです。
それをどこで見たか、思い出すのは容易でした。何故ならその姓は、私にとって一番印象深い出来事と重なり合うようにして、常に記憶の片隅に眠っておりましたから。
██様。
もうお察しかと思われます。
祖父が呪いの権化を撃ち殺したあの日、祖父に同行していた猟師こそ、貴方の祖父だったのです。
そして彼には孫がおりました。調べを進めると、私と同じ年に産まれ、私と同じN県の小学校に通っていたことがわかりました。
私が冒頭で記した、あの夏の日、トカゲを捕まえて教室に戻ってきた少年こそが、██様、貴方なのです。
我が一族に呪いを植え付けた遠因が貴方の祖父であり、私自身の呪いを発芽させたのがその孫である貴方だとは、何という因果でしょうか。
正直に申し上げますと、私は██様のことを恨みました。あの日、貴方の祖父があれを撃っていたらと、毎晩のように考えました。
しかしそれも、遠く過ぎ去った過去に過ぎないのです。貴方の祖父も既に他界しておりますし、もはや私も、貴方のことは恨んでおりません。
ただ一つ、ここからが本題となるのですが……私は、私の半生を知って頂いた貴方に一つの提案があり、この手紙を綴ってきました。
次が最後の便箋になりますので、どうかお読みになってください。
私は呪いを解く手がかりを求めて奔走し、気づけば年齢も三十半ばとなりました。
未だ顔すら知らぬ子供への養育費も払えず、実家には弁護士からの督促状も届いているそうです。
いよいよ祖父と同じ最期を迎えようとしていた折、私の最大の理解者である祖母の訃報を受けました。
そのとき私の中で、張り詰めていた糸がぷつんと切れるような感覚があり、この手紙をしたためるに至ったのでございます。
██様。誠に勝手ながら、私は貴方のことも全て調べさせて頂きました。
どうか不快に思わないでください。貴方は因縁のあるお相手でしたので、仕方のないことだったのです。貴方の情報は非常に速やかに得ることができました。貴方の祖父の情報から芋づる式に、という形だったので、当然と言えば当然でございます。
私と同じ年月を生きた貴方は、これまで順当にキャリアを積み重ね、さぞかし順風満帆な人生を送ってきたことでしょう。
まさか貴方が、日本全国に店舗を構えるペットショップの代表取締役をしているとは、予想だにもしませんでした。
██様。改めて、貴方に提案があります。
どうか私を雇って頂けないでしょうか。
いいえ、あなたの店の従業員としてではありません。
あなたが目障りに感じている他のペットショップ、いわゆる競合他社に、私を送り込むのです。
貴方が発芽させた私の呪いを活用し、貴方は邪魔な他社を潰すことができ、私は報酬を頂く……絶好のアイデアではございませんか。
この計画を思いついたとき、私は大学時代の同期たちを思い出しました。彼らが口にしていた、働く意欲というものが、ようやく私にも理解できた気がします。
もちろん私は、貴方に奥様と可愛らしい娘さんがいることも存じ上げております。
貴方の返答次第では、私の呪いがどこまで発露するかを、貴方の大切なお二方で試すことも可能でございます。
無論、そのようなことは私もしたくありませんが。
██様。
いや、██君。
前向きな返事を、期待しているよ。
弊社に届けられた差出人不明の手紙について 高巻 渦 @uzu_uzu
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