マッドバーナー
逢巳花堂
序章 紅蓮の中で
第1話 悪魔の囁き
なぜ、自分は殺されるのか。
椅子に縛り付けられたアキラは、脱出しようと必死でもがきながら、ほんの一瞬だけ、そんなことを考えた。
だけど、すぐに、余計なことは考えられなくなった。
いまや周囲は火の海だ。
ついさっきまで、家族団らんの場であった、リビング。
その空間が、一気に地獄へと叩き落とされた。
「誰かー! 助けてー! 助けてー!」
必死で叫ぶも、燃え盛る炎の音で、声は掻き消されてしまう。
外からサイレンの音が聞こえてきた。きっと消防隊がやって来たのだ。早く来て、早く来て、と心の中で救いを求める。
床には、父と、母と、妹が、ものいわぬ焼死体となって転がっている。みんな、焼き殺された。アキラと同じように椅子に縛り付けられ、抵抗もできないまま、燃やされた。
妹に至っては、まだ六歳だった。それなのに、容赦なく、火だるまにされた。
怒りが湧いてくる。許せない。絶対に許せない。
「殺してやる!」
アキラは、十歳の少年とは思えないほど鬼気迫る勢いで、呪詛を吐いた。
目の前に立つのは、一人の青年と、一人の大男。
青年は、ブルーの瞳と、透き通るような白い肌、落ち着いた色合いの銀髪が印象的な、若い西洋人だ。スラリと背が高く、彫像のように完成された肉体を持っている。
一方で、大男は、ガスマスクを着けていて、人相がわからない。その手には火炎放射器を持っている。
家族は、この二人の男達によって殺されてしまった。
突然のことだった。
わけもわからない内に、気を失わされ、椅子に縛り付けられ、順番に一人ずつ殺されていった。手を下したのは大男だ。火炎放射器でみんな燃やされた。西洋人の青年は、主に指示を下していた。どうやら主従関係にあるようで、青年が主人らしい。
「殺してやる! 殺してやる!」
アキラは、何度も、二人の男に向かって、憎悪の言葉を叩きつけた。
青年はフッとほほ笑んだ。こんな残虐な振る舞いをしておきながら、そのことに微塵も罪悪感を抱いていないような、無邪気な笑みだった。
「いいね。いい言葉だ」
朗らかに、歌うように、透き通る声音。明らかにこの状況を楽しんでいる。
「殺意とは、人が人である証だ。人が抱く感情の中で、最も美しい」
青年は、アキラの背後へと回り込むと、耳元に唇を近付け、涼やかに囁きかけた。
「僕は、この世界を殺意で満たしたいんだ」
「お、お前は、いったい……?」
震え声でアキラは尋ねる。この青年は何者なのだ。
「みんなにはこう呼ばせている。『魔王』と」
それから、青年はパチンと指を鳴らした。
その音に合わせて、火炎放射器を持った男は、噴射口をアキラへと向けてきた。
死が目前まで迫ってきている。
最後の抵抗とばかりに、アキラは縛られたまま、体を必死で揺さぶった。しかし、それが、かえってよくなかった。椅子ごとアキラは床に倒れてしまった。もう身動きが取れない。
「ああ! あ! あああ!」
恐怖の声が漏れ出てしまう。命乞いなんてしたくないのに、助かりたい一心で、泣き喚く。
「やめて! 殺さないで!」
哀願するも虚しく――火炎放射器は火を噴いた。
全身が炎に包まれる。
痛いほどに熱い。
強烈な異臭が鼻を刺激する。肌が、肉が、焼けていく。
もはや言葉にならない悲鳴をギャアギャアと上げ続ける。それも、やがて喉が焼けて、ヒュウヒュウとかすれた音に変わっていった。
いつの間にか、『魔王』と火炎放射器の大男の姿は、消え去っていた。
(いやだ! 死にたくない! このまま死にたくない!)
せめて、あの二人に罰を与えてからだ。
その復讐さえ果たせれば、あとはどうなってもいい。
再び、殺意が蘇ってくる。
(殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!)
そして、焼け死ぬ寸前となり、意識が無へと落ちようとした、その時だった。
「殺せる力を与えてやろうか」
何者かが、アキラに語りかけてきた。
それは、悪魔の囁きであった。
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