嵐の峡谷 5
足を踏み入れた瞬間から、嫌な感じがする。峡谷の風はただ冷たいだけじゃない。体の隙間に入り込むような妙な感触だ。ここが嵐の峡谷。以前のダンジョンより格段に難易度が高いと聞いていたけれど、ここまで空気が違うとは思わなかった。風の音が耳元で囁くみたいだ。ストームブレイカーをしっかり握りしめる。
通路は思った以上に狭い。足元の砂利が踏まれるたび、わずかな音が風に飲まれる。壁際には古い風化した岩肌が剥き出しで、ところどころ苔が張り付いている。進むたびに胸の鼓動が大きくなる。誰もいないはずなのに、視線を感じるのは気のせいか。いや、気のせいであってほしい。
広間に入った瞬間、鋭い気配を感じた。目の前にいたのはエアハウンドだ。風のエネルギーをまとった犬型のモンスター。岩陰からこちらをじっと見ている。小型だが、動きは速い。あの風を纏った尻尾から繰り出す風刃は、過去の記録でも厄介だと聞いた覚えがある。どうする、どう動く。考える暇はない。エアハウンドが低い唸り声を上げ、地面を蹴って一気に飛び出してきた。
こいつらの動きが素早いことはわかっている。まずは一匹の動きを封じる。ストームブレイカーを構えて、相手の動きを追いかける。鋭い風刃が飛んでくるのを横に飛んでかわすと同時に、剣を振り下ろした。が、エアハウンドの素早い動きで刃がかすっただけだ。硬い毛皮を持っているのか、それとも風の力が守っているのか。手応えが薄い。
次はどうする。深追いすれば周囲のエアハウンドに囲まれるのは目に見えている。慎重に、一撃で仕留められるタイミングを待つしかない。エアハウンドが再び動き出す。こちらに向かって跳びかかってきたその瞬間、カウンター気味にストームブレイカーを突き出す。鋭い刃が相手の脇腹を捉え、エアハウンドが悲鳴を上げて地面に転がった。
だが、まだ終わりじゃない。後方から二匹が動き始める。こっちを取り囲むようにじりじりと間合いを詰めてくる。ここで焦って動けば、逆に自分が不利になるだけだ。呼吸を整え、もう一度剣を握り直す。風の音が一層強くなり、視界の端で砂が舞い上がる。気を抜けば負ける。それはわかっている。
次の二匹が動き始める。エアハウンドはただ素早いだけじゃない。風を纏う尻尾が動くたびに、細かい風刃が周囲に飛び散る。これが厄介だ。一撃で仕留められないと、攻撃が連携してこちらを削ってくるのが目に見える。焦るな、慎重に行け。相手の動きを観察するんだ。
まず一匹が横から回り込んでくる。風の音に混じって、わずかな足音が近づいてくるのを感じる。ストームブレイカーを構え直し、その動きを追い続ける。いきなり尻尾を振り上げ、風刃を放ってきたのを見て、反射的に体を捻ってかわす。同時に剣を振り下ろすが、相手はすでに後方に跳んでかわしていた。速い。やはり一瞬の隙を狙うしかない。
もう一匹が前方から接近してくる。連携して攻撃してくるつもりだろう。囲まれる前に、一匹を仕留めなければならない。まず近づいてきた方に狙いを定める。剣を構えたまま一歩前に踏み込む。エアハウンドが尻尾を振り上げた瞬間、体を低くしてその攻撃をかわすと同時に、剣を突き出す。刃が胴体を貫き、エアハウンドが呻き声を上げて倒れる。
残り一匹。さっきより警戒しているのか、慎重に距離を取って動いているようだ。こちらの攻撃範囲に入らないようにしながら、隙をうかがっている。追いかければ罠にはまりそうだ。どうする。こちらから仕掛けるべきか、それとも相手を引き寄せるか。
エアハウンドが再び動き出す。今度は跳びかかってくるのではなく、風刃を連続で放ってきた。剣を盾代わりにして風刃を弾きながら、一歩ずつ距離を詰める。相手が焦り始めたのがわかる。動きが少し乱れている。このタイミングだ。
最後の一撃にすべてをかける。エアハウンドが近づいてきた瞬間、剣を全力で振り下ろす。刃が肩口に深く入り、エアハウンドの体が地面に崩れ落ちる。広間が静まり返り、風の音だけが再び耳を支配する。
息を整えながら、足元に転がる素材を拾い上げる。硬化した毛皮の感触が手に伝わる。こいつらの素材は間違いなく次の装備の役に立つだろう。だが、まだ始まったばかりだ。峡谷の風はまだ静まらない。この先に待つ敵はさらに厄介な存在だろう。準備を整え、次の通路へと足を向ける。
次の広間への通路は、さらに風の流れが強まっている。肌を刺すような冷たい空気が、これ以上進むべきではないと警告しているようだ。でも、ここで止まるわけにはいかない。さっきのエアハウンドですらあれだけ手強かった。次に現れる敵がそれ以上の相手だということくらい、簡単に想像がつく。
通路の先にはまた別の広間が広がっていた。中心には岩が積み重なり、風の渦がそれを囲むように回っている。そしてその渦の中に見えたのは、先ほどのエアハウンドよりも一回り大きな個体。いや、これはエアハウンドじゃない。ストームハウンド。明らかに強化された個体だ。全身を包む風の流れが見えるほどはっきりとしている。
ストームハウンドがこちらに気づいた。低く唸り声を上げながら、鋭い目で動きを追っている。まずどう動くか。こちらの力量を測るように、一歩も動かずに様子を伺っているようだ。あの尻尾、さっきのエアハウンド以上の威力があるだろう。動きも速いはず。攻撃の間合いに入る前に、相手のリズムを崩す必要がある。
一歩前に踏み込む。ストームハウンドがその動きに反応して前足を踏みしめた。同時に尻尾が動き、広間に風刃が飛び交う。かわしきれるかどうか。体を低くしながら剣を構える。風刃の一つがかすめた。軽い痛みが腕を走るが、まだ動ける。これ以上の接近は危険だ。まずは相手の動きを引き出す。
ストームハウンドが前方に跳び出してくる。地を蹴る音とともに風が吹き上がる。その瞬間を狙い、剣を横に薙ぐ。刃が腹部を捉えたが、思ったより浅い。硬い鱗が風で強化されているのかもしれない。一撃で仕留めるのは無理だ。落ち着け。ここで焦ったら命取りになる。
広間を駆け回るようにしてストームハウンドがこちらを取り囲む。風がさらに強まり、動きが鈍る。だが、相手も疲れているのがわかる。一瞬の隙を狙い、決定的な一撃を加えるチャンスを探るしかない。全身の感覚を研ぎ澄ませ、相手の次の動きを見極める。
ストームハウンドが尻尾を大きく振り上げた。次は風刃か、それとも突進か。瞬時の判断が必要だ。
ストームハウンドの尻尾が大きく振り上がる。次にくるのは風刃、それとも突進か。迷うな、動け。全身に力を込めて横に飛び退く。間一髪、風刃が背後の岩壁を削り取る音が響く。次の瞬間、ストームハウンドが低い姿勢から一気に突進してきた。こいつのスピードはエアハウンドとは段違いだ。踏み込みが深すぎる。剣を構え直す時間もない。
ギリギリで体を捻りながらかわす。ストームハウンドの尻尾が風を切り、こちらの脇腹をかすめる。痛みが走るが、致命傷には至らない。冷や汗が額を伝う。ここまでの戦いで少しずつ削られている感覚がある。ポーションを使いたいが、隙を見せれば次で終わる。耐えろ。反撃のチャンスは必ず来る。
ストームハウンドが方向を変え、再びこちらを狙ってくる。素早い。その動きに追いつくのは難しいが、相手のパターンがわかってきた。突進の直後、一瞬だけ動きが鈍る。そのタイミングが勝負だ。呼吸を整え、剣を構え直す。次で仕留める。
ハウンドが突進してくる。今度は真正面からだ。視線を外さない。ギリギリまで引きつけて、一気に横に跳び退く。尻尾が振り下ろされる直前、全力で剣を振り上げる。刃が胴体の柔らかい部分を捉えた。ストームハウンドが苦痛の声を上げて転がるが、まだ動きを止めない。
しぶとい。だが、これで確実に弱っているはずだ。剣を握る手に力を込め、最後の一撃に備える。ハウンドが立ち上がり、再び尻尾を振り上げる。その動きが明らかに遅い。勝負だ。
一気に距離を詰める。風刃が飛んでくるが、すべてを無視して突き進む。剣を高く振り上げ、全力で振り下ろす。刃が深く食い込み、ストームハウンドが動きを止めた。静寂が広間を包む。
息が荒い。全身が痛むが、勝てた。足元に転がる素材を拾い上げる。硬化した鱗と風袋、そして中心部に残っていた結晶。これが今日の収穫だ。深呼吸をしながら、次の通路へと視線を向ける。まだ終わりじゃない。峡谷の風は、これからさらに厳しく吹き荒れるはずだ。
◯獲得アイテム
・ストームハウンドの結晶核 ×1
・ストームハウンドの硬化鱗 ×2
・ストームハウンドの風袋 ×1
・風の結晶 ×3
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます