嵐の峡谷 4
ギルドホールの換金所に足を踏み入れると、いつものざわめきと熱気が体にまとわりつく。この空気、嫌いじゃない。戦果を持ち寄り、それぞれが達成感を胸に誇らしげに素材を見せている。それに混じって、私もこの袋を持ち上げる。この重みが今日の成果を物語っている。さて、どれだけの価値があるのか。期待と少しの不安が混じるのも、いつも通りだ。
カウンターに進むと、受付係が鋭い目をこちらに向けた。慣れた手つきで袋の口を開けると、中からエアゴーレムの核が最初に姿を見せる。光を放つ核――こうして改めて見ると、実際に手に入れた自分の苦労が実感できる。あのゴーレムを倒すまでの戦いが、頭の中で鮮明に蘇る。風を切る音、硬い拳の衝撃、そして最後に剣を振り下ろした感触。重みのある一撃だった。
核を手に取った受付係が「見事な品だな」と呟いたのが聞こえた。ああ、やっぱりそうだよな。こういう評価を聞くと、多少の疲れなんて吹き飛んでしまう。次に取り出したのは風塵結晶だ。手にした瞬間、その冷たさと独特の透明感が心地よい。結晶の中に閉じ込められた風の流れが、今にも解き放たれそうな気がするのは、気のせいだろうか。
さらに、硬化の破片も並べる。頑丈そうな破片の質感を指でなぞると、またあのエアゴーレムの巨体が思い浮かぶ。まるで峡谷そのものが動いているようなあの存在感。こうして形になった素材を見ると、改めて生き残れたんだなと実感する。
次はエアスピリットリーダーの核を取り出す。これには受付係も目を見開いたようだった。「リーダーの核、よくぞ手に入れたものだ」と呟いたその声は、周囲の冒険者たちにも聞こえただろう。他の冒険者たちが興味深そうにこちらを見てくる気配がある。核を置いた瞬間、頭の中にはリーダーとの激闘が蘇った。竜巻の中で見え隠れするその姿、絶え間なく放たれる風刃。ギリギリの攻防の末に得た、この小さな輝き。これが、あの戦いの証だ。
小型スピリットの核や風刃の破片も並べ終わると、カウンターの上には素材が所狭しと並んでいた。「これは鍛冶職人や魔道具職人が欲しがるだろうな」と受付係が呟く。その言葉を聞くたびに、達成感がじわじわと胸に広がる。冒険は苦しいものだが、こうして形になる瞬間があるから、次も挑む気になれるんだ。
査定が終わり、提示された金額は712,000円。なるほど、これだけの収益があれば、次の挑戦に向けた準備も万全だ。ポーションの補充に加えて、新しい装備を整えることもできるだろう。この金額には、私の努力と戦いの全てが詰まっている。カウンターに手をついて少し息をつく。よし、次の準備を始めるとしよう。
ギルドホールを出ると、その足で街の鍛冶屋へと向かう。金属の響きと炭の匂いが漂う店内に足を踏み入れると、目を引くのは壁一面に並べられた武器の数々。ここは街でも評判の鍛冶屋「アイアンテイル」。新しい武器を手に入れるなら、この店が信頼できる。
店主に挨拶を済ませ、陳列された武器の中から特に目を引いたのが「ストームブレイカー」。鋼の刃に風の結晶が組み込まれ、風圧を利用して一撃の威力を増幅する効果があるという。その説明書きに目を通すたびに、これまでの戦闘が頭に浮かぶ。エアスピリットやゴーレムと戦う中で感じた、風を断ち切ることの重要性。この剣があれば、次の挑戦でもきっと役立つはずだ。
「これは今朝、仕上がったばかりだ」と店主が誇らしげに話す。その価格は350,000円。決して安くはないが、この性能なら納得の値段だ。迷うことなく購入を決意し、店主に頼んで細かな調整も加えてもらった。握り心地や重量感も申し分ない。試しに素振りをしてみると、風を切る音が心地よく耳を打つ。これだ、これなら間違いない。
続いて訪れたのはアクセサリー専門店「エレメンタルジュエリー」。ここは風属性の魔道具を多く取り扱う店として評判だ。ショーケースに並べられたアクセサリーの中で、特に目を引いたのが「ストームリング」。風属性の防御力をさらに高めるだけでなく、持久力を強化する効果もあるという。価格は250,000円。これもまた高価だが、次の冒険での価値を考えれば惜しくない。
店主の説明を聞きながら、リングを実際に装着してみる。指にはめた瞬間、ほんのりとした風の流れが手を包むように感じられる。その感覚が、これがただの装飾品ではないことを物語っていた。これなら、長時間の戦闘でも余裕を持って戦い抜けるだろう。こちらも即決で購入する。
鍛冶屋とアクセサリー店を出る頃には、手元に残った金額は十分な範囲で消耗品を補充するだけの額に抑えられていた。ポーションをいくつか買い足し、少しばかりの生活用品も購入する。次の冒険に向けた準備が整うごとに、心の中に充実感が湧き上がる。
食べる時は静かに、自分だけの世界に浸れるのが一番いい。今日の飯はここで食べるとしよう。レストランのテラス席。陽の光が温かい。頼んだ料理が運ばれてくる。グリルされたサーモン、レモンバターソースがかかっていて、蒸し野菜が彩りを添えている。
まずは香りを楽しむ。バターの香ばしさにレモンの爽やかさ。シンプルだけど、それが良い。こういうのだよ。こういうのが食べたかったんだ。ナイフを入れる。皮はパリッと、中はふっくらと柔らかい。フォークに刺して口に運ぶと、サーモンの脂が舌の上で溶けるようだ。
野菜もいい。ジャガイモはホクホクで、ほんのりと甘い。ブロッコリーの歯応えもちょうどいい塩梅だ。
なるほど。焼き加減も塩加減も文句なしだ。こういう丁寧な仕事がわかると、料理人が見えてくる。パンも頼んで正解だった。バターを塗る。これもまたいい。香ばしくて、噛むほどに小麦の甘さが口に広がる。
ああ、これだよ。余計なものは要らない。シンプルでいいんだ。むしろシンプルな方が、料理そのものの価値が際立つ。サーモンを一口ずつ、ゆっくりと味わう。バターソースの風味が次第に馴染んでいく。最後の一切れを口に運ぶと、少しだけ名残惜しい気持ちになる。
……よし、満足した。これでまた頑張れる。テラスの風が心地よい。料理の余韻を楽しみながら、カップに残ったコーヒーを飲み干す。濃いめに淹れられた一杯が、サーモンの余韻を引き立ててくれる。こういう静かな時間、大事にしたいものだな。支払いを済ませ、店を後にする。
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