大阪のベッドタウン

大鐘寛見

大阪のベッドタウン

後悔してこそ人生って感じがする。

部屋の換気扇の下で煙草を吸いながらそんなことをふと思った。

間違いとかそういうのじゃなくて、もっと根本的に何かが違った。

他人と比べてオレに何か足りないとか、逆に何か余計だとか色々難しいことを考えるのは苦手だ。

それでも、オレが真っ当な人生を歩んでいないことだけは周りの目から察せられた。

別に意味はないけど、この一本を吸い終わったら死のうと思った。

親に対して申し訳ないとか、また周りの人に迷惑をかけるとかそんなことより、オレが死んだらこの部屋は事故物件になるのか否かの方が気になった。

まあ全部どうでも良いことだ。

オレは灰が勝手に落ちるまで煙草を吸い切ったあと、灰皿にテキトーに放り投げた。


クソみたいなことしか載せていないインスタのアカウントを削除した。

最後に誰かにLINEしようかと考えたがやめた。

飛ぶ鳥跡を濁さずってやつだ。

アルバムも見られたらやばそうなやつは全部消していく。

例えば元カノと大人なことをしている時の動画とか。

スマホに保存された写真を見ていると昔を思い出して少し泣けた。


そこには高校で初めてスマホを買ってもらってからの思い出が残っていた。

親父が小4の時に浮気して出て行ってから、うちの実家はずっと貧乏だったからスマホをなかなか買ってもらえなかったんだったか。

中学で親父の置いて行ったギターを弾き始めて、絶対に音楽で売れて母さんに親孝行するとか息巻いてたと思う。

結局、東京に出てきてバンドを組んで、こんな有様な訳だが。


高校時代のバンドメンバーと撮った写真を見ながら、あの頃はただ曲を合わせてるだけで楽しかったなあとか思った。

初めてバンドを組んだからか、やることなすことの全てが新鮮で輝いていた。

みんな、大学に進学して、オレだけが音楽を続けている。

3月にまた合わせようとか言って、それっきりだ。

最初の頃は見ていたみんなのインスタのストーリーも最近は全く見てない。


初めてできた彼女とユニバに行った時の写真もあった。

正直オレみたいなヤツと別れて正解だと思う。

多分オレは親父みたいなクズになると思うから。


そして、スクロールしていく中で小学校からの親友の写真が目に止まった。

渡部幸樹、縮めてわたこう、さらに縮めて「わこ」の写真。

多分、近所の公園で花火やったときのやつだ。

両手に花火を持ったわこから逃げながら撮った動画。

線香花火を互いに落としあっている動画。

そんな柄じゃないのにはしゃぎ倒している、今のオレにはカケラも残っていない無邪気なオレがいた。

わこは小中学校でオレのことを1番笑わせたヤツだ。

真面目なくせして、ぶっ飛んでるやつ。

落ち着いてて大人っぽいのに、たまにガキ。

そんなやつ。

少なくとも地元、(わこ曰く大阪のベッドタウンらしい)三国でわこよりも仲がいいやつはいなかった。

今のオレを見たらなんて言うだろう。

「終わってんな!」って笑い飛ばしてくれるのか。

「大丈夫か?一回三国帰って来い。」って心配してくれるのか。

今、オレが考えても意味のないことだが、そんなことを考えていたらバンドメンバーの拓哉から着信が来た。

そういえば今日ライブだったか、とか思いながら着信拒否して、LINEをブロックした。

今から死ぬ人間のやる気のないギターなんてだれも聞きたくないだろうし、オレに弾く気もない。

オレはため息を吐いて煙草にもう一本火をつけた。

こういう先延ばし癖も良くないよな、なんて思いながら。

そして、またLINEの通知が来た。

わこから「同窓会行く?」とだけ。

わこのことをブロックする気は起きなかった。

オレは「行く訳ないやろ」と返した。

そして、火をつけたばかりのタバコを灰皿にグリグリと押し当てて、財布とイヤホンをアウターのポケットに押し込んで、マフラーを首に巻きつけた。

部屋の主である女に別れの挨拶はしない。

そもそも寝てるし。



夜行バスに揺られて、気がついたら梅田にいた。

そんなに金がある方ではないが、夜行バスの片道代くらいはあった。

バスの中でわことは少しやりとりした。

どうやらまだ大阪にいて一人暮らししてるらしい。

オレが転がり込むことを快く了承してくれた。

三国駅から徒歩10分。

そんな立地の部屋。

「着いたで」とLINEすればアニメのキャラが了解!と言っているスタンプが送られてきた。

しばらく駅前で待っていると手を振りながらあんまり見た目の変わっていないわこが走ってきた。

わこは「久しぶり、あんま元気じゃなさそうやな。」とあっけらかんとした様子で言った。

オレは「まあそんな感じやな。」と返した。

朝8時の三国は快晴なのに、オレたちの間には重くどんよりとした空気が漂っていた。

わこは俯いたオレを見て「とりあえず飯食って寝ろ」と笑いながら言った。


そのままの足でオレ達は駅前のラーメン屋に入っていた。

「金借りだしたらオレらの仲終わりとか言うてなかったっけ?」

オレは昔を思い出しながらわこに問いかけた。

多分中学とかのころだと思う。

部活帰りに貧乏なオレにわこはよくジュースを奢ってくれていた。

その時にオレが「また今度返すわ」と言うとわこはいつも決まって「これは奢りやから。今度余裕ある時に奢ってくれたらええから」とか言うのだ。

昔からわこの中では「金の貸し借りを始めたら友達じゃない」という信念にも似た何かがあるようだった。

わこは今日も「今日は俺の奢りや」と笑って言った。

食べ終わったら、久しぶりに腹が満たされた感覚がした。

わこに「ごちそうさま」と言うと、わこは「ほな、帰って寝よか」と言って代金を支払って店を出た。


起きたらもう外が暗くなっていた。

わこはモンハンをやっている手を止めて「よう寝てたなあ」とまた笑った。

机にはアルコールの缶が何本か開けて置いてあった。

オレはそれを指差して「まだある?」と聞いた。

わこは「冷蔵庫に結構あるで」と謎のドヤ顔を見せた。


引き出しにあったカップラーメンを啜りながらかなりのペースで飲んだ。

もともとそんなに酒に強くないため、すぐにベロベロになった。

「わこは今何やってんの?」

「配達」

「ちゃんと働いてんねや、偉いなあ」

「もうそろやめるけどな」

「なんでやめんの?」

「いじめ」

「まじかよ」

そんなことを言いながらも、わこは笑ってたし、オレも笑ってた。

でも、昔みたいな笑いではなかった。

「けんちゃんは?」

「あー、オレはバンドやってたよ」

「ええやん、昔から言うてたもんな」

「もう辞めたけどな」

「けんちゃんも辞めてるやん」

ひとしきり笑った後、わこはオレの方を見ずに「一緒に芸人やらへんか」と言った。

その一言で昨日までの不安が消えた気がした。

オレはわこの方を向いて「ええで」と返した。




そんなことがあったのを唐突に思い出した。

あれから何年経ったのか計算が面倒だが、今年で28になると考えると8年経ったのだろう。

いまだに同窓会には一回も行っていないしこれから行くつもりもない。

俺は緊張を落ち着かせるためにタバコを大きく吸って、煙を吐いた。


わこと合流して、「けんちゃんなんか緊張してる?」と笑われた。

「してへんわ」と強がったが、なんだか今日は緊張していた。

昔のことを思い出したからだろうか。

出囃子がなっているのを聞きながら舞台袖で待つ。

出囃子はサカナクションのグッドバイ。

わこがハマって俺もハマった曲。

この手持ち無沙汰な時間にネクタイをギュッと締め上げるのはいつもの癖だ。

照明がついて舞台が明るくなり、俺たちは2人で勢いよく飛び出す。

「どうもー!」と2人で声を張る。

あのころの惨めな俺のまま8年経った。

変わらず、未来に希望は、ない。

絶望も不安もない。

でも何か起こりそうな気はした。

これくらいのワクワクがちょうど良いのかもしれない。

お客さんの方を向いて背の低い俺にマイクの高さを合わせながら「大阪のベッドタウンです!よろしくお願いしまーす!」と挨拶をした。

隣をちらりと見ると、あの頃とはまた違う楽しそうなわこがいた。

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