痔持ちの聖女(男)は、偽物だとバレたくないようです

上殻 点景

痔持ちの聖女(男)は、偽物だとバレたくないようです

大きな街の中に、小さな教会がありました。


空は透き通るような蒼さで、太陽が元気よく照っています。外に出るには絶好の、心地よい天気です。


教会からは、カランカランとうつくしい鐘の音を鳴り、街の隅々まで朝が来たことを響かせていました。


それは勿論、教会の中にも。


「いい天気だ、そして────」


朝日が差し込む、教会の部屋。


照らすは可憐な、ドレスを着たようなシルエット。


これぞまさしく、王国にて“聖女”と呼ばれる人物なのです。


「────おしりが痛い」


そんな“聖女”と呼ばれる少年は、聖女らしからぬ事を、ぼやきます。


病気の一つに脱肛というモノがあります。これは、おしりに腫物ができて、とにかく痛いのです。特に座ると地獄のような激痛がはしります。


「何故こんな時に痔になるのか、神は死んでんのか、俺が悪いのか」


今回の件については、圧倒的に聖女が悪いです。


事の原因は1週間前、激辛な物が食べたくなって3食激辛料理を食べたことに由来します。


いくら、神様でも人々の横暴な食生活までは止める事が出来なかったのです。


「しかも、回復魔法は効き目が薄いし……」


回復魔法は万物を治療できる魔法です。


ですが同じような事を繰り返している聖女の体は、治療のしすぎで、回復魔法に耐性が出来ています。


まさしく聖女の“病気になっても回復魔法で何とかなるやろの精神”の弊害です。


「回復魔法くん、君より豊乳おっぱい魔法の方が使えるレベルだよ」


魔法は万物に通ずるので、当然、胸を盛る魔法も存在します。


もちろんそんな宴会魔法よりも、回復魔法の方が優秀なのですが、聖女にとっては違うようです。


「(毎回大きさを調整するのも面倒だな)」


聖女の脳内をそんな思考がよぎり、口から出た言葉は、


「いっその事、大きめのブラに変えて────いやいや、何を言ってんだ俺は……」


聖女を襲うは絶望感です。


お気づきかもしれませんが、この聖女の性別は女ではなく、男です。


そして、無意識に出てきた“ブラを変える”という選択肢は、男の発想ではありません。


「(俺は男、俺は男、俺は男……)」


そんないつも通りルーティングを済ませ、聖女はいつも通りの結論に行きつきます。


「(ああああああっ! これもアレも全て姉貴が悪いっ!!)」


実は本物の聖女(姉)は2年前に謎の失踪をとげました。


顔がうり二つの弟の部屋に残されたのは[バレたら殺す]と手紙と聖女の服。


土下座するレベルの国王の説得もあり、弟こと聖女は今日まで頑張りました。


具体的には────


最初の周囲の凍えるような視線を越え、愛と勇気と平和をはぐくみ、周囲の信頼も厚くなり、


────みたいな感じです。


そんな平穏が訪れようとした矢先、


「(どうしてっ、おしりに痔ができるんだよっ!!)」


聖女の嘆きはもっともです。


この世界の聖女は病気になりません。


説によりますと聖女の受ける神の寵愛が、悪魔の囁きである病気を弾くから、だそうです。


ですが、ここにいるのは偽物の聖女。

風邪にはかかりますし、頭痛だって起こります。

そして毎回、魔法で誤魔化し頑張ってきたのです。


「いっそのこと急病で聖女を止めても────」


そんな計略を考えた数秒後、一つしかない木のドアが叩かれます。


「聖女様、ミサの時間までもうそろそろです」


司祭の声。扉の向こうからでも分かる年季の乗った声です。


「えっ、もうそんな時間ですかっ⁉」


ミサ。それは休日に神様に感謝する行事です。


この世界でもミサは行われており、王国が信仰する神様に聖女共に祈りを捧げます。


「時間はだいぶ早いですが、準備があるかと思いたずねた次第です」

「では、支度をするので先に聖堂でお待ちください、司教様」


この後、支度といいながらも部屋から出て、色々な場所でこそこそする聖女が見られるのでした。


◇◆◇


ミサは大聖堂で行われます。

大きさは100人ぐらい入るサイズでしょうか。


豪華なステンドグラスと、装飾豊かなオルガンが神秘的な大聖堂を一層引き立てています。


そんな内部には、街の人間が既に集まり、感謝をささげている人もいます。


「(2年も経つと、変わるもんだな)」


最初は隙間風で冷えていた大聖堂も、今では人だけで温かくなっています。


つまるところ、聖女の顔見知りが沢山増えたという事です。


「聖女様、びじんー」

「あはははー、そうですねぇ」


「聖女様、いいにおいー」

「あははっはは、ありがとー」


「聖女様、結婚してくれぇ」

「あははっはぁ、死んでください」


そんな会話もすぎて、小さな子供と、大きな子供が混じったミサは問題なく始まります。


いや、少しの問題はある気がしますが、聖女は気にせず進めます。


理由は簡単、本当の問題はだからです。


「聖女様、オルガンをお願いします」


聖女によるオルガン演奏。


声でバレるので始めた演奏ですが、魔法が上達し声を偽るようになった今では、賑やかしの一つとして楽しまれています。


「(普段は楽しくやるんだけどなぁっ)」


そんな客寄せパンダの聖女は、嫌な顔を見せず、心の中で憎悪を叫んでいました。


「(あーあ、演奏したくねぇ)」


始めたのはお前だろ、と言われそうですが、今回の聖女にはオルガン演奏をしたくない理由がありました。


それこそ、オルガンの演奏に必要な行程────座るということ。


聖女は、おしりに痔があるのに座らないといけないのです。


「(だがぁ、その程度は予想済みだ、ボケぇっ)」


もはや聖女とは思えない内心。


姑息な聖女は、準備中にオルガンの椅子を隠していました。


あとは内心高笑いでもしながら、申し訳なさを演じれば完全勝利とでも思っていることでしょう。


「どうかなされましたか?」

「司祭様、実は椅子がですね」


申し訳そうに言う、聖女。


心の中は悪役でも真っ青になる顔です。


「(勝った────)」

「大丈夫です、椅子なら予備を準備しておきましたぞ」


司祭様は笑顔で答えてくれました。


「ころ────ははは、なんでもありませんわァ」


聖女は思わず物騒な言葉が口から滑りそうになります。


心境としては、馬鹿やろォ、お前が準備した椅子は、俺が必死に隠したヤツだよォ、といった感じです。


「どうかなされましたか?」

「いえなんでもないです」


司祭様はコレを善意でやっています。


悪意があるなら聖女様パンチが数回は入っていたことでしょう。


「えっと、その、まだ指が温まってなくって……」


聖女はこれでもかと、指を震えさせます。


指を震えさせすぎて、逆にあったかくなってきましたが気にしません。


気持ちとして、こんな指だと綺麗な演奏ができないなー、と伝わればいいのです。


「(完全勝利、後は撤収して────)」

「大丈夫です。鍵盤を温めておきましたぞ」

「うんうん、やはり、はいっ⁉」


聖女は疑問が浮かべて、司祭様は笑顔で答えます。


「えっと、この長さの鍵盤ですよっ」

「なに私めの体で包み込んでおきました」


司祭様は体を張ってそう答えます。


つまるところ、裸で鍵盤の上に寝そべってという意味です。


「衛兵、この司祭をっ」

「はっはっは、冗談です。もちろん魔法ですぞ」


司祭は指先から炎を出します。


実際のところは炎魔法で、時間をかけて少しだけ温くしてくれていました。


聖女的には、ありがたいですが、ありがたくないです。


「それよりも、皆が待っておられますぞ」

「わ、わかっています」


聖女は仕方なしと皆に笑みを返し、


これでもかとばかりに過剰に手を振って、


悟られぬように限界までスローペースで足を動かします。


つまるところ、牛歩戦術に近い動きです。


「(考えろ、考えろ、考えろ……)」


ですが聖女のちっぽけな頭では妙案は思いつきません。


「(こんな時、世に伝わる伝説の勇者がいれば……)」


あまりにも苦しい思考。


ですが、そんな祈りが通じたのか、


聖女の脳内に現れる、イマジナリー勇者(知能:聖女レベル)。


デフォルメした聖女と二人で会話を始めます────


勇者「馬鹿だなぁ、聖女君は」

おれ「でも、どうしても座るしか……」

勇者「逆に考えるんだ、座らなくてもいいじゃないかと」


おれ「でも、それじゃあ、演奏がッ!」

勇者「別に座らなくても、オルガンは弾けるだろう?」


勇者「ここまで言えばワカルねー」


─────勇者は華麗に脳内から去っていきます。


「(さ、流石勇者様っ)」


聖女は感激していますが、結局は脳内の会話なので自分で勝手に思いついた事です。


そんな事は気にせず、聖女は凛々しく一歩を踏み出します。


「皆様、それでは演奏を始めたいと思います」


一歩を踏み出す先は、オルガンではなく、皆の前ですが。


「聖女様、演奏は……」

「できますよ」


聖女は空中で指を動かしました。


一回、二回、三回、それままるで弦をはじくような動き。


周囲は一体何をしているのかと首をかしげます。


「────ポロリン♪」


聖堂内にオルガンの音が響きます。


コロリン♩ ポロリン♪ カロリン♫


簡単な音は、リズムにのり、気づけば親しみ深い音楽となっていました。


首をかしげていた子供たちも、そんな事すら忘れ、彼らの精一杯の歌が聞こえてきます。


ですが、傾いた首を戻せないのが、大人たち。


「(歌いたくなるのは分かる)」

「(聖女様の演奏が上手いのも分かる)」

「(だが、俺達の疑問点はそこではない)」


「「「「(一体どうやって弾いているんだッ⁉)」」」」


座らずに奏でられるオルガンなぞ聞いたことがありません。


そもそも離れた場所でオルガンの音が鳴るのであれば大規模な設備は必要ありません。


そんな疑問を解決するように、聖堂内には一陣の風が吹きます。


締め切った聖堂内で吹く、風です。


「これは……」

「まさか魔法かッ」

「でもそんな風魔法は聞いたことがないぞ」


閃き。司教様は眼を見開きます。


「ま、まさかッ、聖女様はッ」

「分かったのですか、司教様っ」

「感じて見よ、この風の流れを─────」


大人たちは風の行方を、肌で感じます。


そして彼らの視線は一点に固定されました。


一点とは、パイプオルガンの空気送入口。


「聖女様は、風魔法でオルガンパイプに直接空気をッ」


「「「「な、なんだってぇッ⁉」」」」


大人たちが驚くのも無理はありません。


オルガンのパイプは軽く見積もっても1000を超えます。


それに適切に風を送るというのは超が付くほどの高等技術です。


「王国の親衛隊でも出来るかどうか分らんぞ」

「じゃが汗一つかかず制御をおこなっておる」

「流石は王国最強美少女と呼ばれているお方」

「やっぱり結婚してくださぁい、聖女様ァッ」


それを目の前で難なくやって見せる聖女。


周囲にうつる姿は、窓から差しこむ後光もあいまって、神の使いの如く。


見る者を唖然と圧巻と圧倒に包んでいきます。


「「「「ばんざーい、ばんざーい、聖女様、ばんざーい!!」」」」


謎の聖女様コールも巻き起こり、いよいよ聖堂内が震えだすほどです。


─────なお本人もプルプル震え、


「(これ、クッソ辛えェ、これ早くおわってェ......)」


なんて情けない声を出しそうになるのを我慢していました。


「すごーい、聖女様」

「もっともっと見せて―」

「歌わないとダメでしょー」


そんな事を知らない無邪気な子供たち。


今だけは彼らの純粋な笑顔が辛い聖女でした。


◇◆◇


時間は経ち、聖堂内に人影はありません。


「うおおおお、やり切ったァー」


そんな中、聖女は喜びの咆哮をあげます。


「あーあ、疲れた、疲れた」


だらだらと口から出てくる今日の愚痴達。


周囲の目がないのをいいことに、聖女の皮は完全に禿げ、疲れ切った仕事終わりのおっさんが爆誕していました。


「まあ、とりあえず、座るか────」


聖女はふと思います。


あれ? 自分は今日なんのために頑張ったんだっけ、と。


脳が異常に気付いたのは、ケツと椅子の距離3mmの時。


つまるところ“もう手遅れ”という訳です。


「────きええええええええっ!!」


声にならない悲鳴というのは、こういうことでしょう。


せめてもの救いは魔法が聞いたおかげで悲鳴が甲高い音に変わったことです。


「何事ですか、聖女様ッ」

「だ、大丈夫でひゅ、司教様ぁ」


後日、椅子に聖女様を傷つける悪質な罠があるということで、


聖堂内だけではなく、国中の椅子が廃棄され、それはそれで一騒動が起こるのは別のお話です。

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