第2話「迷子の迷子の女の子」
(メモ帳と鉛筆、持ってきて良かった)
今日の夕飯の材料を求めてなのか、明日食べるものを求めているのか。
お客様の目的は分からないけど、お店の人と直接言葉を交わしながら買い物をするっていう様子に新鮮さを感じた。
この光景を本当はスケッチブックに書き残したいけど、荷物持ちという都合上メモ帳で我慢したいと思う。
(スーパーやコンビニとは違う良さがあるよね)
野菜も魚もお肉も揃っている市場を眺めながら歩くだけで、絵を書き残しておきたいという気持ちが湧き上がってきて仕様がない。
前世でも絵を描くのは好きだったけど、異世界にやって来てからは、好きという感情が加速しているような気がする。
「うぅ」
画材屋さんか何かないかと思って、一歩先へと足を進めようとしたときのことだった。
アルカさんが私のためにと寄付してくれた洋服の裾を引っ張る何者かが、私の行動を阻んだ。
「って」
「うぅ……ママ……」
今にも泣き崩れてしまいそうな小さな小さな女の子。
異世界に黒い髪の女の子がいるところに親近感が湧きそうにもなるけど、お母さんが結ってくれたであろう三つ編みが可哀想なくらい乱れてしまっている。
より女の子の悲壮感を訴えかけてきて、胸が痛い。
「ママ……ママ……ママぁ」
いっそのこと涙を流して声を上げた方が両親も見つけやすいだろうとは思ったけど、女の子は強い子だった。
必死に泣くのを堪えながら、掴んだ裾を離すまいと手に力を込めてきた。
「コレットちゃんか」
「ミリちゃん……」
市場の人混みから抜け出して、人気が少ない街の入口へと戻ってきた。
自己紹介が終わって、私たちは互いの名前を呼んで名前を確認し合う。
「ママのおてつだい……」
二人で市場の人混みから抜け出したら、私は誘拐犯扱いされてしまうんじゃないかと焦ってしまった。けど、コレットの話が本当に正しいのなら、家で待っているように言われたけど、お母さんの手伝いをしたくて勝手に付いてきてしまったということ。
(この推測、どうか間違っていませんように……)
誘拐犯扱いされて、投獄されて、異世界での人生終了という展開だけは迎えたくない。
「お家、近く?」
「うん……」
幼い女の子が長距離歩けるはずもなく、私の質問は無駄に終わってしまった。
気の利いた言葉を投げかけてあげたいと思っても、私のコミュニケーション能力なんてこの程度。
早く交番にコレットを連れて行きたいけど、異世界に交番的なものがあるのかも分からない。
「ママ、探しにいこっか」
「うん……」
お母さんを探しに行くのは、当たり前のこと。
そんな当たり前のことを再び投げかけてしまって、自分のコミュニケーション能力の低さに愕然としてしまう。
「ミリちゃん……」
「ん?」
「ありがと」
まだ、お母さんは見つかっていない。
私がコレットのためにしてあげたことなんて、人混みに押し潰されそうになっているコレットを救い出したことくらい。
それなのに、コレットは私に丁寧なお礼の言葉を伝えてくる。
「ミリちゃん?」
「なんでもない! ママ、見つけようね」
「うんっ」
地主と借地人という関係のクラリーヌ様と違って、コレットと言葉を交わすのは今日が最初で最後になるとは思う。
その、今日が最後って感覚を、急に寂しく思ってしまった。
(異世界に来てからの私、涙もろすぎる……)
そりゃあ生きていればいつかはコレットと会うことはできるだろうけど、一期一会という言葉の意味を噛み締めていく。
「ミリちゃん」
「ごめんね、ちょっと目にゴミが……」
「いたいのいたいの、とんでけ」
せっかく異世界に転生したのなら、前世と違う生活を歩むことができた方が楽しいかもしれない。でも、前世と共通しているものがあるおかげで、私の心は安心という感情を抱えることができている。
「お母さんに教えてもらったの?」
「うん……」
別れは寂しいことでもあるけど、異世界を通じて知り合うことができた素敵な出会いに改めて感謝の気持ちを抱く。
「コレットちゃん、ちょっと待って」
数えきれないほどの人が集まる市場に向かおうとしていたコレットのことを呼び止める。
「コレットちゃんの似顔絵を描かせてほしいな」
「にがおえ?」
「コレットちゃんのお顔、この紙に書いてもいいかな」
コレットはお母さんとはぐれたのではなく、勝手にお母さんを追いかけて家を出てきてしまった。
お母さんがコレットを探している可能性は非常に低いと悟った私は、やみくもにお母さんを探すのをやめようと思った。
「よし、コレットちゃん、おいで」
「ん」
幼いコレットが大人たちに押し潰されないように、コレットを抱きかかえるという作戦に変更。
小さな女の子の重さを初めて知るのと同時に、コレットを無事にお母さんのところに帰すことへの責任の重さを感じる。
(まずは、話し相手になってくれそうな人を探さなきゃ……)
コレットを抱きかかえることで、コレットは私をなだめるように頭を優しく撫でるために手を伸ばしてきた。
私の考えはなんでもお見通しみたいなコレットの行動に、私は大きな勇気をもらっていく。
(コミュ障とか、言ってられない……)
コレットとの別れに感傷的になるのも、初めての人に話しかける恥ずかしさも、それらの感情はコレットには一切関係ない。
コレットは私に別れを惜しむ暇すら与えずに、身振り手振り、そして言葉を通して私を励ましてくれる。
そんな想いやりある女の子が、自分の傍にいるってことを忘れてはいけない。
「すみません、この子のお母さんを探しているんですけど……」
コレットの似顔絵を複製する技術も魔法もないから、簡易的な似顔絵を何枚も用意してから人混みへと挑んだ私たち。
簡易的とはいっても、コレットの特徴は掴むことができているはず。
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