4食目 地主様と仲良くなるための『マグカップで作るハムエッグ』
第1話「目指すはコミュ障からの卒業」
「どこの世界でも、お金を納めるって大変なことなんですね……」
太陽が高い位置に昇る頃、私とアルカさんは辺境の地ヘブリックの畑を訪問した。
日焼けの心配をしてしまうほど太陽が眩しすぎるのに、借用地の畑を耕す私の気持ちは少しも晴れやかになってくれない。
「本当に申し訳ございません……」
「アルカさんは悪くないんですよー……。悪いのは、人間平等に土地を与えてくれなかった国です!」
国が、誰しも平等に土地を配ってくれたら、毎月お金を返さなきゃいけないという悩みから人類が解放される。でも、そういう世界にならない理由はどこかにあって、そこを改革しようなんて思いには至らない。
「ということで、今月末までに地主様に借用料を支払ってみせます」
「ディナと地主様に美味しい食材届けないとね」
「ご協力お願いいたします」
「うん、こちらこそよろしく」
前世では経験できなかったことが、異世界では可能になる。
そんな夢と理想を叶えてくれた、神様的存在がいる。
私は私を支えてくれる人の優しさには全力で乗っかって、自分は努力を積み重ねて願いを実現させていきたい。
「しっかりと畑を耕して、美味しい作物を育てていきますよ!」
「よう! お嬢ちゃん! 今日も頑張ってるね!」
「おはようございますっ! 今日も素敵な一日を送りましょうね!」
前世にはコミュ障という言葉があったけど、まさにそのコミュ障という言葉が当てはまるような人生を送ってきた私。そんな私が、こんなにも多くの言葉が交わせるようになるなんて思ってもいなかった。
「あんたが来てくれてから、ヘブリックが活気づいてきたよ」
「私なんて、まだまだですよ」
やたらと話しかけてくる人がいることに、もちろん始めは抵抗があった。
でも、今ではヘブリックに住んでいる人たちが私の心の支えになっている。
人間、慣れるって凄く大事。
「若者が謙遜するんじゃないよ」
「ヘブリックを活性化させるために頑張りたい。ただそれだけのことなので」
「ミリ、あんたって子はなんて良い人なんだい……」
人は甘やかして、甘やかされて、何歩も何歩も前進していく生き物なんだということを学ぶ。
「ミリ! 朝飯は、ちゃんと食ったか?」
「あ、はいっ! みなさんのご厚意に甘えさせてもらって……」
「どうだ? この村の農畜産物で作る飯は上手いだろ?」
「とても美味しいです!」
辺境の地ヘブリックと呼ばれているけれど、ヘブリックで生活をしている人たちはとても生き生きとしている。
ほかの地域からやってきた私ですら優しく歓迎してくれて、慣れない畑仕事にも力が入る。
「今の若い人の口に合うか心配だったんだけど……」
「そんな心配いらないですよ、いつも美味しい食事をありがとうございます!」
けど、私の前世はコミュ障。
いきなり言葉数が増える展開に、なかなか心が付いていかない。
嬉しいことは嬉しいはずなのに、心の成長はなかなか追いついてくれない。
「ミリちゃん、無理しないでね」
「ありがとうございます」
ヘブリックの人たちに聞こえないように、アルカさんとこそっと会話する。
人と話すことが苦手だった前世の私をアルカさんは知らないはずなのに、こうやって細やかに私を気遣ってくれるところが凄くありがたい。
「ミリっ!」
「…………」
「今日も、取り立て屋が来てあげましたわよ」
「…………」
「さっさと借用料を納めてくださいませ」
丁寧な喋り口調なのに、物騒な単語しか並んでいない。
それに気づいているのかいないのか、私に農地を貸してくれている地主のクラリーヌ様は私の微々たるお金を狙いにやって来た。
「早いです! 早すぎます!」
大柄で太っちょのおじさんが地主っていう私の予想を裏切ってくれたのは、まるでお姫様のような金色の巻き毛が特徴的なお金持ち様だった。
「地主様に対して、その態度はなんですか」
「私が訪れるたびに、ご苦労様です……」
「ミリが土地を貸してほしいと言ったから、会いに来てあげているのですよ」
「素直に寂しいって言いなよ、リーヌ」
「アルカ、お黙りなさい」
金色の髪が美しすぎて、どこからどう見てもお姫様と呼ぶに相応しい高級そうなお召し物。
そして実家がお金持ちということが判明しているアルカさんと、私に土地を貸してくれている地主のクラリーヌ様はお知り合い。さすがはお金持ち同士。
「ミリ、お金の準備はできていますか?」
「なんとか明日中には……」
「それは、何よりですの」
目を細めたくなるくらい眩しい笑顔で、とても恐ろしいことを言ってくる地主様。
農民にとっては恐喝と言っても過言ではないけれど、地主様に借用料を払うのは義務でもある。
ここは文句を言わず、おとなしく借用料を納めようと思う。
「土地を借りてくれてありがとうなのです、ミリ」
「……こちらこそ、土地を貸してくれてありがとうございます」
地主様という立場上、クラリーヌ様と呼んでいる。
けれど、見た目は前世でいう小学生の高学年くらいの女の子ということもあって、年下ならではの可愛らしさがあって強く出ることはできない。
「辺境の地ということもあって、誰も土地を借りてくれない寂しい日々だったのです」
「くじ引きで引き当てても、借りてくれなさそうですね」
「だから、私にとってミリは救世主ということなのです」
嬉しいことを言ってくれている割に、別の人たちから回収したお札の束を数え上げる地主様……。
「救世主だなんて、大袈裟ですよ」
「ミリが来てくれたことで、私の物語は始まったのですよ」
アルカさんが、私たち女性同士の会話を温かい眼差しで見守ってくれている。
その視線を感じているからこそ、恥ずかしさを感じてしまう。
私との会話に恥ずかしさを感じないクラリーヌ様の若さを羨ましいと思うくらい、私はアルカさんの視線が恥ずかしくて仕様がない。
「本日の分は、回収完了ですわ」
「お疲れ様でした……」
「…………」
「…………」
用が済んだはずなのに、クラリーヌ様は私の傍を離れない。
むしろ、畑を耕すしか脳のない私に視線を注ぎ続けている。
(私、クラリーヌ様に監視されてる?)
畑を耕しているところを見られるなんて、これはこれで非常に恥ずかしい。
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの、クラリーヌ様?」
長すぎる沈黙に耐えかねた私は、自らの意思でクラリーヌ様に話しかけた。
クラリーヌ様が何か反応を返してくれることはなく、私は一体どうしたらいんでしょうか状態に陥ってアルカさんに助けを求める。でも、アルカさんは口の動きで頑張れって言葉を送ってくる。
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