第7話

「うぅ……頭が痛い……」

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」


 なんとか登校時間までに掃除を終え、学校へ続く道を三人で歩いていく。何の変哲もない住宅街だが、

 もちろん朝食を作り直す時間なんて無かったので、全員揃って朝食抜きだ。


「はぁ……一応無事だった食パンだけ持ってきたから、二人で食べなさい」


 トースターの中に入っていて、辛うじて無事だった食パン2切れ。それを二人に渡して、再び歩き出す。

 まかり間違っても朝食とは呼べない代物だが、お昼までの繋ぎにはなるだろう……なるかなぁ?


「コレに懲りたら、意味もなく喧嘩しないこと」

「意味なくないでしょ!? お姉ちゃんのパジャマだよ!?」

「もっかいチョップされたい?」

「あさがおちゃんからの愛のムチだと思えば、むしろウェルカムかも……!」

「おまえら無敵か?」


 道の端っこへ移動して、変態二人と距離を取る。円香の発言で夜鷹もインスピレーションを刺激されたのか、二人揃って淫らに顔をニヤけさせていた。

 痛みを快楽に変えるとか、完全にマゾじゃん。変態でマゾとか、救いようがねぇな。


「まったく……」


 その場で笑う変態二人を置き去りにして、学校への道を急ぐ。その道中で、ふと思った。

 今って、原作どのあたりの時系列なんだろうか。


(円香が変身できるって事は、プロローグは終わってるんだろうけど……それにしては戦い慣れてた感じするんだよなぁ)


 昨日の戦いを見る限り、少なくともプロローグが終わって結構経ってるんじゃなかろうか。

 となると、2章か3章か……4章までは行ってないだろう、流石に。


「あでっ!」

「ふぎゅっ!?」


 なんて考え事をして歩いていたら、曲がり角で人とぶつかってしまった。身長が同じくらいだったのか、額と額をごっつんこだ。

 いや、なんだそのベタな展開。ノベルゲームかよ──ノベルゲームだったわ。


「いてて……ごめん、ちょっと考え事してて……」

「ふぐぅ……こ、こちらこそ、考え事してまして……」


 おでこを押さえながら、たった今ぶつかった人の姿を確認する。

 紫色の髪をした、陰鬱そうな空気を纏った少女だった。

 一昔前のアニメだったら、瓶底めがねを掛けて白衣を着ているような──そんな、研究者じみた雰囲気を醸し出す子だった。


「っ!?」

「あ、え、ど、どうかしましたか……?」


 その特徴的な容姿を見て、咄嗟に飛び退く。

 まさか、こんな所で出くわすとは。


(すごい偶然……いや、むしろ運命か?)


 ゲームのお色気要素を一手に引き受ける触手騎士・狂った帽子屋マッドハッター──その正体がこの子、御堂彩子みどうさいこだ。

 触手型の使い魔を操り、あらゆるルートで幾多の女の子を辱めてきた、エロゲ界のレジェンド。

 かくいう自分も、前世では彼女に大変お世話になった──今世では絶対にお世話になりたくないが。


「あ、あなた……同じクラスの昼神朝顔さん……ですよね」

「し、知ってるんだ、ボクの事」

「は、はい……可愛い女の子は、常にチェックしておりますので……ふへへ」

「そ、そうなんだ~」


 懐から手帳を取り出し、パラパラとめくる彩子ちゃん。原作でも手にしていた『彩子の手帳』には、数多の女の子のデータが記されている。

 そう、何を隠そう御堂彩子は、筋金入りのレズビアンなのだ──自分の周りに居る人間、全員そんなんばっかじゃないか?


「そ、そういうあなたは、御堂彩子ちゃん……だよね?」

「えっ」


 確認の意味も込めて、彩子ちゃんの名前を呼んでみる。すると、彼女は驚いたような顔をして固まってしまった。

 あ、この反応は……7章で主人公にしてたのと、まったく同じ反応じゃな?


(やっべ、ミスったかも)


 御堂彩子は、自己肯定感が地の底に埋まってるレベルのキャラクターだ。自分は誰にも関心を持たれてないと思ってるし、自分自身も自分の事をどうでもいいと思っている。

 その心の弱みに付け込まれて、悪魔の守護騎士になっちゃったんだけど──まぁ、それはいい。重要な事じゃない。


「…………」

「え、えっと……名前、間違えちゃったかな〜、なんて……」

「かみさま」

「へ?」


 彩子ちゃんの目が、虚ろに輝く。濁ったビー玉のような瞳には、僕の顔がくっきりと浮かび上がっていた。

 あ、これヤバいやつだ。


「かみさま、やっと私を見つけてくれたんですね」

「え、あの、ちが、今のナシで──」


 どこからともなく、彩子ちゃんが変身アイテムを取り出す。それだけで、この先の展開が予想できてしまった。

 うむ、すっ裸にひん剥かれる覚悟をしといたほうが良さそうだな。


「お姉ちゃーん、お待たせー」

「あさがおちゃん歩くの早すぎだよ〜」

「ふ、二人とも、助け──」

「一緒に新しい世界へ行きましょう、かみさま」


 後ろから円香と夜鷹が近づいてくるが、もう遅い。周囲に紫色の光が満ちると共に、目の前の少女は歪な騎士の姿に変身していた。

 ボロボロの三角帽子、杖のような見た目の剣。その姿は騎士というよりも、どこか魔法使いを彷彿とさせる。


「ふへへ……えへへへへへぇ!!!」

「ぎゃ〜〜〜!?!?!?」


 不気味な笑い声を上げながら、彩子ちゃん──狂った帽子屋は剣を一振り。

 すると、虚空からピンク色の触手たちが顔を出す。一匹や二匹ではない。文字通り大量に、だ。

 うわ、近くで見るとすっごいヌメってるぅ……こんなエロモンスターに襲われたら、そりゃトラウマになるよ……誰か助けて。


「守護騎士!? なんでこんな所で!?」

「なっ!? お姉ちゃん!」


 そんなエロ触手に手足を縛られ、空中に張り付けられる。気分はまるで、処刑前のキリストだ。

 明らかに非力そうなのに、意外と力が強くてビックリしちゃったな。これは纏わりつかれたら、ムキムキマッチョマンでも振りほどけないかもしれん。


「お前っ! お姉ちゃんをどうするつもり!?」

「さぁ、まずは二人の愛の巣へご招待しますねぇ……ふへへ」

「完全シカトされてる〜、ムカつくなぁ〜」


 二人が変身アイテムを構えるが、狂った帽子屋は全く意に介していない。ボクの身体を舐めるように見つめて、恍惚とした表情を浮かべている。

 流石は本場のレズビアン。視線だけで孕まされそうだ。


「ふぅー……二人とも、必ず助けに来てね! 信じてるから!」


 努めて明るい口調で、こちらを見つめる二人に発破をかける。無力なボクに出来る事は、これくらいだ。

 なるべく早く助けて欲しいなー、具体的にはエロ触手の粘液で服が溶かされる前に。


「さぁ、かみさま……行きましょう」


 狂った帽子屋が虚空に手をかざすと、その場所を起点に空間が歪んでいく。

 強者にのみ許された、謎のワープ方法だ。これを使えるキャラは大体強いと相場が決まってる。


「お姉ちゃん!」

「あさがおちゃん!」


 手を伸ばす二人を嘲笑うかのように、狂った帽子屋と触手たちは空間の歪みに飛び込んだ。

 それと同時に、ボクの意識も闇へ堕ちていくのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る