第6話

 えー、はい。

 案の定、元に戻ってませんでした。

 目が覚めても美少女のままでした。


「あ、朝食作らなきゃ」


 男だった頃のルーティンをなぞり、ねぼけ眼で台所に立つ。ただの現実逃避とも言える。

 転生する前はアパートに一人暮らしだったからなぁ……でもそのおかげで、家事は一通り出来るようになってる訳で。


「食材は、と……普通にベーコンエッグとかでいいか」


 冷蔵庫の中にあった卵とベーコンを取り出し、そのまま熱したフライパンにシュート。

 その間トースターに食パンをセットし、同時並行でトーストも作っていく。

 円香も食べるだろうし、ちょっと多めに作っておくか。


「いいにおい……」

「おっ、起きてきたな」


 まずリビングに姿を見せたのは、妹である夜鷹だった。昨日はストレートに流していた筈の黒髪が、今はめちゃくちゃボサボサになってる。

 これは梳かすのが大変そうだ。なんて、そんな俗っぽい感想を抱いた。


「おはよー、お姉ちゃん……」

「おはよう、夜鷹」

「早起きしてるの珍しいじゃん……」

「そ、そう?」


 マズった、転生する前は姉妹揃って低血圧だったのか。やっぱり普段から一緒に暮らしてる人間には、長く隠し通せるものじゃないな。

 それに昨日、後で説明するって約束しちゃったし。観念して、洗いざらい話すとしようか。


「朝ごはん食べたら話があるんだけど、いいか?」

「んぇ? 別にいいけど?」


 上手に作れたベーコンエッグを皿に乗せ、ダイニングテーブルに置いていく。

 その際、ベストタイミングでトーストも完成した。


「あれ、なんで三つもあるの?」


 デーブルの上に乗った料理の数に、夜鷹が疑問を呈する。

 あ、そういえば円香が寝てること、言ってなかったか。


「ああ、それは──」

「おはよ〜」


 切り出そうとした瞬間、階段の方から円香の声が聞こえてきた。

 反射的に振り向いてみると、そこには──


「いいにおいする〜」

「な、ななな〜〜〜!?!?!?」


 何も身につけていない、全裸の円香が立っていたのだった。


「なんで裸なんだ!?」

「え、あれ、あさがおちゃん? なんでウチにいるの?」

「ここはボクんちだよ!」


 トンチンカンな事を宣う円香に、思わず全力のツッコミを入れてしまった。

 こいつ、昨日のこと何も覚えてないのか。というか、寝かせる時ちゃんと服着せたよな。なんでまた全裸になってるんだ。


(裸族ってやつなのかな……いやでも、原作ではそんな設定一回も出てないし……)


 いや、そもそも自分や夜鷹が出てる時点で、この世界は原作そのものではないと確定している。

 うーむ、実にめんどくさい。原作知識が有効活用できる場面もあれば、まったく出来ない場面もあると来た。これは既プレイ勢でも油断できないぞ。


「あんたこそ、なんでウチに居るのかしら円香」

「ストップストップ! 喧嘩を売るな!」


 懐からこっそり変身アイテムを取り出すな。戦うにしても、まずは円香に服を着せてからだ。

 いや、そもそも戦おうとすんな。何も知らないお姉ちゃんが居るんだから、ちょっとくらい隠す努力をしろ。


「あれ〜、なんで夜鷹ちゃんまでいるの〜? わたしの夢なのに、あさがおちゃん以外が出てくるなんて変なの〜」

「そっちもそっちで煽るな!」


 口元に手を当て、 嘲笑うような表情で夜鷹を煽る円香。主人公がするとは思えないレベルのゲス顔だ。

 なんでお前は全裸なのに、そんな偉そうに出来るんだよ。いますぐ玄関から外に放り出すぞオラ。


「ああもう! とりあえずこれ着ときなさい!」

「わ、あさがおちゃんの着てたパジャマだ〜」

「ちょっとお姉ちゃん!? そんな国宝級の聖遺物を泥棒猫に渡すなんて、どういうつもり!?」

「身体を隠すために決まってんだろスッタコがぁ!」


 恍惚とした表情でパジャマを抱きしめる円香と、その光景を恨みがましく見つめる夜鷹。この場にはバカしか居ないのか。

 そもそも、それはただのパジャマだよ。聖遺物でもなんでもねぇよ、ただの整形された布だよ。


「ああもう、恥ずかしいんだけど……! とりあえず部屋行って着替えてくるから、喧嘩しないで待ってること! いいね!?」

「はぁ〜い❤」

「ちょっ、このっ! お姉ちゃんのパジャマから手を離しなさい泥棒猫!」

「さっそく喧嘩してんじゃねぇよ!」


 野良猫みたいに争う声を背に、一息で階段を駆け上る。激しく移動したせいで、ブラジャーに支えられた胸が激しく揺れていた。

 人前で下着姿になるのって、かなり恥ずかしいんだな──女の子の身体だと、特に。これは人前で全裸になるとか、考えたくもないな。


「まったく……」


 自分の部屋のドアを開け、そのまま中に入る。すると、まず脱ぎ散らかされた衣服が目に入った。

 おそらく、円香が起きぬけに脱いだものだろう。


「……いやいやいや、それは流石に変態すぎだって」


 散らかった衣服をスルーして、そのままドレッサーを開ける。その中に入っていた制服を掴み取り、素早く袖を通した。

 よし、これで一安心だな。さっさと朝食を済ませるとしよう。


「というか、散らかし過ぎだろうに……」


 落ち着いた所で部屋中を見回してみると、ぐちゃぐちゃになったベッドが目に入った。脱ぎ散らかされた服も合わせると、汚部屋の数え役満だ。

 流石にそれは困るので、軽くするベッドメイキングをし、床に散らばった服を抱えて部屋を出た。


「ああもう、世話が焼ける……!」


 そのまま勢いよく階段を降りて、まずは洗面所に直行する。流れで洗濯カゴに抱えた衣服を突っ込んだら、返す刀でリビングへ急行する。

 あいつら、また喧嘩して朝食を台無しにしたりしてないだろうな──と、そんな風に考えたのがマズかった。


「さっさと返せ、この泥棒猫!」

「や〜だよ。てか、泥棒猫しか罵倒の語彙が無いのかな〜?」

「殺す!」

「やってみな〜!」


 リビングへ入った瞬間、目に飛び込んできた光景──それは凄惨の一言に尽きた。

 ひっくり返ったダイニングテーブル、倒れた観葉植物、そこら中に飛び散った朝食の残骸。

 そして、昨日の夜に見た黒とピンクの騎士たち。


「…………」

「あ」

「えっ?」


 まさに大惨事。

 その光景を前に、僕は──


『笑って流す』


『お仕置きする』


 当然。


「お前ら──」

「ひっ」

「あ、あのっ、ごめんなさっ」


 お仕置きするに決まってる。


「何しとんじゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「「ギャ〜〜〜!?!?!?」」


 自分でも驚くようなスピードで、鋭い手刀が二人の頭に炸裂する。

 黒い甲冑は砕け、ピンクの鎧は爆散する──いや、そうはならんやろ。


「はぁ、はぁ……ちょっと落ち着けお前ら!」


 気絶した二人に向けて、聞こえてるか分からないお説教をした。

 とりあえず、これで少しは溜飲が下がった気がする。


「…………」


 さて、落ち着いたからって目の前の大惨事が元に戻るわけでもない。幸い、壁などは傷ついていないようだが。

 え、マジでこれ全部一人で片付ける系ですか。誰も手伝ってくれない感じですか、そうですか。


「はぁ……片付けるかぁ」


 傍から見た僕はきっと、女子高生らしからぬ哀愁溢れる背中をしてるのだろうなぁ……なんて、他人事のように思うのだった。

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