クラスメイトの仙石美雨と偽装カップルになることになった話
愛内那由多
プロローグ
人生で一番ひどかった思い出って?
僕のはそう、中学のとき、友達ふたりとその恋人と一緒に水族館に出かけることになった。
この日、僕は浮かれていた。久々の、小学生以来の水族館でテンションは高めだったし、新しいスニーカーを履いて、どこまでも歩いていけそうな感覚だった。
別々に個別に行動することになった。
僕にはもう少しじっくり見ていたかったが素通りしてしまったクラゲやウミウシのブースに行きたかったので、好都合だった。
僕はそそくさと、魚がメインのブースから移動して、すぐに軟体動物がいるブースに移動する。
それから、もう一度みんなと再会するために、集合場所のベンチに向かった。
気分がよかったのか、足は軽くスキップしそうなくらいだったし、ハミングをしていたかもしれない。
先に友達とその恋人がベンチに座っていた。目の前にふたりがいて、背後から近づいていった。
彼らは僕に気が付いていなかった。
そして、聞こえてしまったんだ。
「ねぇ、なんでアイツ連れてきたの?」
足が止まる。水銀が絡みついてくるような感覚に襲われた。
「あぁ、桜井?いいやつだろ?」
友達はフォローをいれるが、言葉に熱と重みが感じられない。
「そうは見えないけど?っていうか、わたしたち4人でよくない?別に。いらないでしょ?」
僕は少し後ろに下がって、ふたりからは完全な死角になる、水槽の太い柱の裏に隠れた。
「そもそも、アイツが行きたがってたんだよ。水族館」
「でも、空気読めって話じゃん。なんでいんの」
友達は気圧されて、なにもいえずにいた。
「だって、どう考えても、わたしたちのデートにアイツがいるって感じでしょ?邪魔だって~。わたしたちの時間を楽しみたいでしょ?」
せめて、友達には5人で来ても楽しかったと、それでもよかったいってほしい。このメンツがいい。そういってほしい。
けれど、友達の答えは――残酷だった。
「それは……そうかもなぁ」
考えてなかった。
僕にとって今日は、友達5人で『水族館』に行く日だった。
けれど、僕以外の4人にとっては、友達3人と『恋人』とで水族館に行く日だったんだ。 そして、恋人同士の事情に敏感になれない僕は、恋人同士の時間という考えがない僕は
――邪魔。
僕はそのベンチから離れて、別の展示場にいった。とにかくその場にいたくない。その一心で、ふらふらと力なく、その場を後にした。
好都合だったのは、彼らにとってなのだ。
恋人がいるって、そんなに価値があることなのか?
でも、恋人がいれば、仲間外れになることも、疎外感を覚えることもない。
もし、恋人がいたら、ここでこんなに苦しい思いをすることはなかったんだ。
だから、恋人が必要なんだ。
僕は彼らと再会したのは、集合時間を15分過ぎてからだった。けれど、ベンチからそんなに遠くにいたわけじゃない。割と、すぐ近く、ベンチから立ち上がって、10歩も歩けば見つかるような場所にずっといた。
探しにも来てくれないんだな。
僕は――その程度の価値しかない。
恋人がいないだけで、この扱いか……。
その15分間は、絶望的だった。
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